混沌非存在05

 俺はキエン・マツシマに電話をかけた。事前に話すと言いながら急な連絡になったことを詫びて。決行日は今日にしたいと言った。彼は文句ひとつ言わずに「了承した」と一言。



 夕方、俺は久瑠美を迎えに行った。そして妖刀使いを呼びつけ、奴の、ファドの特徴と弱点を手短に話した。誰からの情報かは言わなかった。情報の出どころという情報は彼女にとって不要だ。いくつか想定したパターンを話し、決着を今夜つけようと提案した。対して彼女は静かに言った。



「炎に当たるかどうかわからないが、この刀の一振りで妖炎を出すことができる。現実世界の炎ではなく妖怪の世界の炎だ。奴、ええと、そのファドか。ファドには一度も使ったことがないから、通用するかわからないが」


「構わない。お前にも切り札があるなら、是非とも手札に加えて場に出して行こう。どれだけいいカードをデッキから手札に加えても、使えなければ意味がない。発動して無効にされても同じだ。もしも効かなくて、無効にされてもこちらにはさらなる切り札、秘密兵器がいる。炎を操る超能力者を召喚して相手のライフをゼロにしてやろう」



 俺は正体不明の敵を倒してやろうぜと、妖刀使いとグータッチをした。今のところ、そのファドは俺たちに対してほとんど何もしていない。俺たちが奴らを見つけて「あっ、なんだあの黒いのは! 敵だ! 倒すぞ!」って騒いでるだけ。どっちが無慈悲で理不尽なのか。大災害を防げればそれに越したことはないが、そもそも大災害を起こすつもりはない可愛いミミズくんなのかもしれない。それだと少し俺たちが横暴なのかもしれないと思いかけたが、黒いミミズは可愛くなかったのでどのみち駆除。








 ※ ※ ※










 その日もいつものようにいつもの夜が訪れた。妖刀使いに前回と同様、ファドが見える妖術をかけてもらった。長期戦を覚悟してより強力で長く効くやつ。妖術が切れたあと多少副作用があるが、命にかかるようなことではないから安心しろと言われた。マジかよ。



 意気込み、意を決して向かった現場にいたのは三体に分裂したファド。えっ、それは聞いてない。人数不利、さらにこれ以上増えるなんてことになったら勝てない。そう危ぶんだところに仲間が増えた。魔法少女だ。



「妖刀使い! 今夜だけこのあたしが救世主になってあげるから喜びなさい。あいつとの決着をつけるのにあたし抜きじゃあ、勝ち目ないでしょ」


「助かる、魔法少女。あいつの弱点は炎だ。炎系の魔法は使えるか?」


「当然。あたしを誰だと思ってるのよ。不本意ながら魔法少女をやる羽目になっているけど、手に入れたこのチカラはこの街最強よ。あらゆる魔法を使えるんだから。つまり、あいつを倒すには、あの黒をより黒くなるまで焦がして、まるまるっと焼けばいいのね?」


「その通りだ。焼け焦げて焼失すれば、消失する。二体はこっちで相手する。とりあえず一体頼む」



 彼女は頷いた。キエンも、妖刀使いも集中する。三体のファドは寄り合って並び、こちらを試すように悠然と俺たちを窺っている。



「ゴオゥッ!」



 俺が叫んだのを合図とした。魔法少女は即座に百を超える大量の魔法陣を生成、燃え盛る炎を放った。膨大な量の炎は一瞬で一番左のファドを包み、焼きあげた。声なき悲鳴をあげたように見えた。



 魔法少女の攻撃と同時、キエンと妖刀使いが攻撃。妖刀使いはバツ印に空を切り裂き、その斬撃を具現化して相手に放った。その斬撃は赤紫の炎を纏い、一瞬で敵に到達。ファドの身を切り裂きながら燃やした。



 キエンは地面に両手を突き、ファドの直下、地面から炎の渦を巻き起こしてその身を包囲。燃やした。



 炎を使った攻撃は事前の情報通り、三者三様見事に的中した。これまで苦戦していたのが嘘のように、ファドはなすすべなくその身をよじって苦痛にあえぎ、燃え尽きて焼失。跡形もなく消失した。消えた。燃えかすさえ残さずに完全燃焼した。


 勝った、のか?



 俺はみんなと顔を見合わせた。振り返って奴がさっきまでいた場所を確認しても何もおらず、何も起こらず。何事もなかったかのようにいつもの街があった。そのままガッツポーズをしようとしたが……フラグ回収。俺は拳をつきあげて固まった。中途半端なポーズでさっきよりもずっと見上げることになった。



 燃え尽き、消えてなくなったはずのファドは再誕。音を立てるような小さな振動と無音で地面から再びその姿を現した。さらに三体がひとつに融合して巨体化、その姿形を大きく変えた。再度俺たちの前に立ちはだかった。



 ボスを倒したと思ったら突如形態変化、最終形態としてラスボスが降臨する。ゲームではよくある、お決まりの定番の流れかもしれないが、俺はあまりテレビゲームをやらない。攻略本に書いてないことされるとフリーズするんだよ、こっちは。



 ファド最終形態は、黒ミミズの姿より鱗の全てが黒く光る暗黒の龍だった。さらにその胴と対照的に白くて大きな翼を有した。頭はさらに細かく造形、双頭。建仁寺の双龍、雲龍のようだ。風神雷神図屏風もあるところね。



 すかさずキエンが連続して炎の球をいくつも放つ。しかし、新たなファド、最終ファドの新能力、真っ黒な円が現れてキエンの攻撃を吸い込んだ。無効化された。妖刀使いも続いて先ほどと同じ斬撃を放ったが、同じように無効化された。それを見た魔法少女は、俺に向かって叫んだ。しかし想定外の事態に、これまで有効だった攻撃が無効化された現実に、俺の頭は真っ白。どうする。どうしたらいい。ひとまず逃げるか。しかし、あんな状態のヤツを放っておいて大丈夫なのか。闇の市場に現れた専門家の話では「ファドがいなくなる条件はふたつ。巨大災害を現世に引き起こして消滅するか、焼き払われて消えるかの二択だ」と言っていたはずだ。巨大災害を引き起こすとしたら、この最終形態じゃないのか。嫌な予感がする。今止めなければ、この街が危ない。そう直感した。



 俺は妖刀使いに命じて、攻撃を続けてもらった。相手の気を惹きつけて、動きを制限しようと思ったのだ。これまでとは異なり現実世界を破壊されるようなことがあってはたまらない。必死に続けている妖刀使いの攻撃は当然のように、そのすべてが生み出された黒の円に無効化された。まるでブラックホールが光を吸い込むかのように。黒いミミズの本性が黒の龍。これが奴の本当のチカラ。あれが闇の力か。



 俺はキエンに駆け寄り、炎以外の攻撃的な超能力はあるか確認した。キエンは風、竜巻、地面の隆起、岩を無から生成して上から落とすなどができた。俺はそのすべてを試してもらった。



 しかし、風や竜巻はなぜか最終ファドに到達する前に弱くなって消えてしまい、岩や隆起の物理攻撃はその体をすり抜けてかすりもしなかった。次元が違う、この地球には存在しないようであった。一部の特別な人間には認識できるのに。



 魔法少女も攻撃を再開した。先ほど効果があった炎は黒円に消され、水流も電撃も切り裂く花びらなどで攻撃を試すもすべて新能力・黒円に消された。背後からも、直上からも、どの角度から攻撃しても届かない。こんなにも近いのに何も効かない。その黒い体に白い翼。圧倒するその姿は、神に近い存在だと言われたら盲目に信じるだろう。芸術に近い。きっとこのファドは初めから最終形態になることが目的で、あの黒ミミズの姿でこの街を徘徊してその機会を待っていたのではないか。宇宙の遥か彼方、異次元の世界から地球という世界の次元に干渉を成功させて、大災害をおきみやげに消失する。その任務を成し遂げることだけを目指して。誰に言われたのだ、そんなこと。そんなことをして何になる。宇宙の塵みたいな存在の俺には到底宇宙規模の出来事などわからない。それは間違いなかった。



 俺はやけになっていつも持っている手裏剣をデタラメに投げた。そして刺さった。……刺さった?



 俺は裏社会を生きる者といえば忍者だと子供の頃から思っていたので、成哉に何か仕事に必要なモノはあるか、と聞かれて手裏剣と答えた。この街の表も裏の社会も生きる身分としては、忍者スキルは必須だと思ったのだ。俺は一時期、その手の人の下で修行していた。結果、いつも得意げに手裏剣を持ち歩いている。法的にはアウトだろうけど。



 そんな厨二病もドン引きな隠し玉が、最終ファドに刺さった。



 手裏剣が、刺さった?



 どういうことだ、これは一体どういう意味だ。まぐれか? 偶然か? 俺はもう一つ投げた。するともう一個その黒く長い体に刺さった。最終ファドは顔色ひとつ、反応ひとつしなかったけど。その程度のダメージなど感じないと言わんばかりにその巨大さを変わらずに誇っていたが、しかし確かに当たった。



 俺は一瞬で考えを巡らせる。長考すればその隙に奴が最後の一撃をこの世界に与えるだろう。だから考えるのは一瞬だ。



 黒ミミズだった頃の奴への現実世界の攻撃は当たらなかった。そもそも奴がこの地球の次元に存在していなかったから。専門家の意見も踏まえるとそういうことだろう。しかし、今目の前にいる最終ファドはこの世界に干渉しつつあるのだ。その存在の半分くらいはこちら側の生き物になった。別次元にいたファドは現実の武器は効かずに異能力が通用した。こっちの次元に存在を移し始めたことにより異能のチカラが通用しなくなった。代わりにこちら側の武器が通用するようになった。そういうことか。全て憶測の域をでないが時間がないことはわかる。チャンスは残り僅かだ。覚悟と勇気を握りしめろ。



「集まれ。即席の作戦ができた」



 三人が最終ファドの動きに注意を向けながら俺の近くに集まった。



「魔法少女、日本刀を一本召喚できるか。それで奴を殺す」


「日本刀? どんなモノよ。長さとか」


「なんでもいい。一番いいものを頼む。できるか」


「あたしを誰だと思ってるの? この世界最強の魔力を誇る魔法少女よ。日本刀くらい、百本でも一万本でも召喚してやるわよ!」


「そうか。では一本だけ」



 俺は次にキエンと妖刀使いに言った。



「キエンは攻撃の手を止めないでくれ。少しでも奴の注意を俺から離すんだ。勝負は一度。それを逃せば同じ手はもう通用しない。攻撃を学習できないほどバカではないだろう」


「何をするんです?」


「妖怪退治だよ。妖刀は使わないけどな」


「茨戸創、私は」


「妖炎の妖術を俺に追加しろ。そして俺を斬れ。斬撃で奴の元へ一瞬で飛ばせ。文字通り一瞬で終わらせてやる」



 妖刀使いは俺の言いたいことを理解したようだった。しかし、よくも黙って俺の言葉を信じることができるな。こんなどうしようもない男の、この街に翻弄されるだけの男の言葉など、誰も信用しないほうが常識だというのに。



 魔法少女は詠唱をひとつ唱えた。俺の足元に魔法陣が現れ、地面から一本の刀が生えてきた。妖刀桜木坂が妖刀ではなく、武士の刀として作られたらこんな刀だったんだろうなと思った。俺はそれを掴む。



 キエンが攻撃を始めた。最終ファドの頭が動き、注意が逸れた。俺は鞘を投げ捨てた。淡いピンクと白の妖炎が俺の身体を包み込む。その刃を見る。異能半分、現実半分。どっちつかずも、どっちも手に入れようなんて姑息な考えも、これなら両断できる。最初からこうしていれば良かったような気もしたが、しかし最初の奴に俺の刃は届かない仕様だった。これは最終決戦仕様、俺も最終形態。閉じて開いた両目から燃え盛る淡いピンクの炎。妖刀使いをちらりと見て、彼女が頷いた。



 俺は勢いよくジャンプし、それに合わせて妖刀使いが空を切り裂いた。その斬撃は俺の体を吹き飛ばして一瞬で目標に送り届けた。いやぁ、ジェットコースターより怖かったぜ。人生で初めて瞬間移動したわ。



 覚悟しろよ白い翼の黒ヘビミミズドラゴン! 地球に来たことを後悔させてやるからな。



 俺は最終ファド最終形態を目の前に刀を握って叫んだ。妖刀使いの構えを真似して、その一撃を信じて。



 異世界とか異次元とか、妖怪とか非存在とか。最後まで理解できなかったが、当分はもうごめんだね。まったくもう懲り懲りだぜ。

 



 


 

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