混沌非存在02
ルルシュシュ・リラ・ルシエは魔法少女である。そして二千二十三年の年末へと向かう秋の夜、その姿をこの街に現していた。ちなみにコンカフェはもう辞めた。その店も程なくして潰れたらしい。今はオシャレなカフェのバイトを始めている。
今回出没した目的は、これも変わらず妖刀使いの妖刀、桜木坂の鍔(つば)が目的である。今夜も妖刀使いが現れるという情報を掴んだ。ちなみに鍔とは柄と刀身の間にある金属でできている刀装具のことである。欲しいのはそこに秘められた魔の珠。あれには膨大な魔力が秘められており、私を魔法少女に変えた精霊が欲している。手に入れれば私を魔法少女から開放し、元の生活に戻してくれるという。どこまで信じていいかわからないし、もちろんそんな精霊の言葉など信用できないけど、信じるれなくても、残念なことに今はそれを信じる以外に道がない。方法がない。よって、魔法少女ルルシュシュ・リラ・ルシエは、毎日妖刀使いを追っていたのであった。奇遇にも毎夜毎夜現れるので、探す手間は省けていた。しかし毎回撃退されてしまうのも、最近はお決まりになりつつあった。
妖刀使いを探している途中、違う相手に遭遇した。それはいつの日か妖刀使いが話していた特徴を持った、非存在だった。(省略)ルシエは魔法少女であるため、その魔力ゆえにそのような生物や存在を認識することができる。できれば会いたくはなかったけど。
「これが、妖刀使いの今回の相手……?」
それは赤黒いミミズのようであった。影のように蠢き、不気味にこちらの様子を伺っているように見える。明らかに妖しの類、人ならざるモノ。人外生物。いや、生物かどうかもわからない。生き物のようで生き物ではない、実は心臓は持たない、脳も持たない、そんな存在かもしれない。妖刀使いはすすきの方面にいると聞いている。このまま商店街付近にいても彼女と出会うことはないだろう。そして、ちょうどこのミミズは(省略)ルシエの行く手を阻んでいる。さっさとこいつを退けて、本命のところへ向かいたいものである。
「あんたなんか、お呼びじゃないのよ! どっかに行きなさい!」
魔法陣を生成して、光線を放つ。しかし敵はくるりと輪を描くようにしてそれを避けた。苛立って、乱暴にいくつか魔法陣を生成して、より多くの光線を撃った。しかしどれも、するり、するり、と躱されてしまう。
「もう! なんなのよ! いったい! 攻撃もしてこないし、何がしたいわけ!」
その問いかけになにか答えるように、なにか言葉を話しているような仕草に一瞬の間、それは見えた。しかし、何かを確かめたそいつはぬるぬるとその場を去っていこうとした。
「あ、待ちなさいよ! どこ行くのよ! 妖刀使いのところなら、案内しなさいよね!」
この「蛇やろう」。彼女はそう呼んだ。ミミズではなく、蛇、と。たしかに蛇の方が的を得ているような表現であるかもしれないと彼女は口に出して初めて気がついた。
※ ※ ※
「これが、妖刀使いの今回の相手……?」
妖刀使いは凡人の俺でも非存在生物を認識できるように、妖術を施してくれた。効力は一時間で切れる。今日は相手を確認するだけだから、それで十分だった。妖刀使いも勝てないような相手に、策なしで戦おうと思えるほど俺は勇敢じゃない。妖刀使いは相手に勝つことはできないが、一時退けて逃げる時間を作ることはできると言った。相手を確認して、特徴を覚える。そして逃げる。作戦を考えるのはそれからだ。
相手は聞いていたとおりだった。しかし聞いていないこともあった。その生物は、あまりにも巨大だった。この街にはビルの屋上に観覧車があるが、それをゆうに超える大きさだった。街などその一撃で潰れてしまう。幸いにも、現実世界にはまだ干渉できるチカラがないみたいなので、災害は免れている。奴が動き、移動しても被害はない。
しかし、「それ」を認識したモノは例外だ。お互いがお互いを認識したのであれば、干渉できる。非存在生物は、俺がその対象であることを確認したかのように襲ってきた。
「やべえええ」
奴と俺の間に瞬間移動した妖刀使いが、その刀で倒れ込む黒ミミズの胴体を受け止めてくれた。彼女と視線を交わしてすぐに走った。作ってくれたその隙を無駄にはできない。もう見るものは見た。会敵してから撤退までかなり早かったが、あれは無理だ。逃げるしかない。
俺は商店街に逃げ込んだ。夜の商店街は人が少ない。観客のいない弾き語りライブをする若者がいるくらいだ。俺は走った。
アーケードは丁目で区切られ、間に横断歩道がある。この時間だから少し車道を見て信号無視をした。いつ追いつかれるかわからないのだ。妖刀使いの話では、理由はわからないが奴は中心部でしか動いていないらしい。つまり、逃げ切るには街の中心から出ればいい。タクシーも考えたが、すぐに見つからなかった。自転車がある駐輪場は商店街を抜けた先だ。
しかし俺はすぐに急ブレーキをかけることになった。また奴に出会ったのだ。俺は焦った。奴はついさっき妖刀使いと戦っていたはずではないのか。それを取り逃がすほど、ようは弱くない。そうなると、まさかコイツは別個体か。おいおい、二体もいるなんて、それこそ聞いていないぞ。
「どうなってるんだよ、これは」
奴はその横断歩道に居座り、商店街の中を覗き込むようにゆっくり蠢いていた。
何か打開策は。少ない頭と時間で探しても、あるはずがなかった。万事休す。
諦めたその時、光が通った。
魔法陣のようなものが次々に現れては光を放った。それはなんと奴にダメージを与えている。奴は後退し、塞がっていた俺の退路が開けた。さらに、そこに可愛らしい姿の女の子が走り込んで、横断歩道の真ん中で止まった。魔法陣を作っていたのは彼女だった。彼女もまた、あちら側の世界の住人なのだろう。非存在を、あの黒ミミズを認識できるのだ。だから攻撃している。逃げるためではなく、きっと倒すために。
奴はその攻撃に耐えられなかったのかどこかに消えてしまった。攻撃は止み、闇夜を切り裂いていた光は消えた。
俺は彼女に感謝しつつ、妖刀使いが戦っている奴がこちらに来る前に逃げようとした。しかし、今度はその魔法少女が立ちはだかった。両手を腰に、仁王立ちで俺を指差す。
「あんた、妖刀使いの仲間でしょ。あいつはどこ。教えなさい」
俺は今夜、自分の街のことなのに何が起きているのかさっぱりわからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます