妖刀物語02

 私は遥か昔の武士が戦いを繰り返していた時代に作られた刀。しかし人を斬り殺す世の中で作られたその刀は人間を斬るためではなく、妖怪を斬るために作られた。歴史の表舞台には出てこない「妖斬り」という人が専門で使った。人々の生活を脅かす天災や流行り病は妖、人ならざるものの存在によるものだと信じられていた時があった。その天眼通は正しく、実際引き起こされていたこともあった。私は数多の妖怪を斬り、その世に平定と平和をもたらしてきた。しかし文化と科学の発展により迷信が巻物の中だけの存在に成り果てた頃には、私は無用の長物で厄介物だった。蔵の奥底に追いやられて埃と共に、過ぎゆく時代の一切を目にできぬまま眠り続けた。



 令和という時代になって、私は再び人間の手に渡りそうなことがあった。つい最近のことだ。しかしその用途は妖怪退治ではなく、私欲のために悪用を試みたものであった。伝説とか、幻とか、そういう言葉好きな人間であったのだろう。私を見つけるなり大興奮していた。無論、私はその人間を拒絶した。その人間には簡単に私を掴むことができないようにした。しかし、それがより一層その人間の興奮を増加させた。私は憤怒した。私はその冒涜を許せなかった。今度はわざと掴ませ、その瞬間に私はその人間から魂を奪い取った。そしてその男を消滅させた。この世から消したのだ。私は人間の魂を手に入れたことで、人間と同じような体を作ることができるようになった。もちろん、私の刀史上初めてのことである。



 私はその姿で街を歩いた。時代が変わった世界は、見たこともないものばかりで困惑した。何も分からなかった。私はその時代の人間の姿も、着ているものも当然分からなかった。だから私の姿は真っ暗な影の姿だった。あとから聞いた話だが、それはすぐに噂になったらしい。私を奇異な目で見ることでようやく私の見た目が人間ではないことに気がついた。私は私が知っていることしか再現できなかったので、性別を女性とし、着物姿にした。それでも多少注目されることはあったが、問題はないようだった。



 宛のない私は、何をしたらよいかわからなかった。ふと、私は人間の負の感情を認識できることに気がついた。鬼だ。その姿は隠であったが、紛れもなく鬼のなりそこないであった。災厄をもたらすかもしれないと思い、人目を気にして死角や人気のないところで隠を見つけては斬る行為を繰り返した。鬼退治だ。他にできることはなかったし、やることもなかった。体を手にしても、魂を手に入れても何もいいことはなかった。憧れの人間になっても楽しさは全くなかった。思っていたことは違った。これでは刀の身であった時と変わらないじゃないか。私は途方に暮れ、元に戻りたいと思ったが自分では刀だけの姿には戻れなくなっていた。人々は夜や暗がりで私を見ると、必ずと言って「妖刀だ」「妖刀使い」だと恐れた。私は悲しくなりながらも、人間の魂を斬ることしかできなかった。己を嘆いた。

  


 しばらく活動して、ある日その報いを受けることになる。魂を手にした報いだ。それは私にとっては願ってもいないことで嬉しいことでもあった。元に戻ることができる。喜んだ。私は人間ではない。人間になってはいけない存在だ。人間に使われるための道具だ。だから罰を受けた。その魂は没収され、人間が二度と目にできないようにされた。誰に? それはもちろんこの世界の理だ。ルールだ。規則は私を許さなかった。ありきたりな表現をすると、神様とかだろうか。いずれにしても私はこの世の中から存在を消された。はずだった。



 私は少しの間眠り、そしてすぐにこの世に戻された。私は驚嘆した。何が起こったのかわからなかった。私は人間によって発見され、そして掴まれた。私を掴んだその人間に拒絶反応はなく、さも当然のように私を手にした。私を手にできるのは過去、私を使っていた「妖斬り」の限られた人間だけだ。普通の農作業をして生活をしている庶民のような人間には手にすることすらできない。そういう刀だった。だから、なおさら私は言葉がなかった。何百年ぶりに私は人間の手に渡ったのだ。それが久瑠実。彼女は言うまでもなく特別だった。



 その日、久瑠美は施設の裏庭で遊んでいた。ふといつもそこにある倉庫を目にし、気になったので忍び込み、そして倉庫の中に放置されていた私を見つけた。妖刀、桜木坂。外に持ち出された妖刀は掴まれた主の願いに応えるように一つの影を生み出し、そして人の姿を模した。艶やかな着物姿の影はひざまずいてこう言った。



「汝が我があるじか」


「なんじ? あるじ? 今は、ごごよじくらいかな」


「言い方を変えよう。あなたが、私の持ち主か」


「ううん。さっき倉庫で見つけたの」


「私を見つけて下さったのか」


「うん。それはそうだね」


「私は普通の人間には見ることが出来ない存在だ。ずっと倉庫で眠っていた。そなたは特別だ。私を救ってくれた、恩が今ここに生まれた。ぜひともあなたのために尽くし、誠意を見せて行きたい」


「よくわかんないけど、いいよ。遊んでくれるんでしょ」


「そう望まれるなら、そのようにいたしましょう。私は名を桜木坂と言います。お嬢さんの名前は何と」


「茨戸久瑠美。年は九歳。特別学校小学生の三年生」


「では、久瑠美。その遊びとやらを私に教えてはくれないだろうか」


「いいよ。こっち来て」



 こうして二人は、いや、ひとりと一刀は遊び始めた。それは素朴な遊びで、質素な遊びだった。流行のごっこ遊びでもなく、みんながやっているドッチボールでも砂遊びでも鉄棒でもない。ヨーヨーでただ淡々と遊んでいた。



 そうやってしばらく遊んでいたときであった。私は園の外側、道路の向こう側に怪しい黒塗りの車の影を見た。それはこちらを監視しているようであった。



「ちょっと待っていなさい」


「うん」



 ネタバラシからすると、それは氷永会の組員であった。茨戸久瑠美の名付け親にして育て親である茨戸創に、忙しくて見に行けない時に見守ってほしいと頼まれた幼馴染である氷永会のタカが組の者を使っていただけであった。しかし、その事情を知っている他の人から見ても、彼らはあからさまに怪しかった。園の先生方とかはよく知っているので、特に通報もせずに過ごしているのだが、妖刀使いには敵に見えたのだ。それは仕方なかった。妖刀使いは久瑠美の元に戻り、「少し用事ができた。また明日会いに来る。構わないか」と言うと、やれやれという顔をされながら送り出された。



 妖刀桜木坂は、張り切ってその姿を追ってしまった。



 無論、そんなものが追いかけてきたら逃げる。逃げる黒服。追う人外、妖刀使い。



 その追いかけっこは夜まで続き、そして妖刀使いは賭場理場に着く。賭場理場。賭場が行われる時間、つまりとばりが下りた頃と掛けて賭場理場。利益の利を当てはめて賭場利場と呼ばれることもある。



 黒服が今度は車から降りて走り出す。車も走る。どちらを追うか。逡巡して、徒歩の方を追った。



 やがて男たちはとある場所へ入って行った。そこが賭場理場だ。中の様子を外からの見ているうちに怒号が聞こえた、と思ったら人が飛び出してきた。彼は隠ではなく、既に鬼を宿していた。鬼になりかけていた。ターゲットを変えて、私は追いかけっこを続けた。


 一本道であったため、行く手は明らかだった。瞬間移動で先回りし、男を待ち伏せた。



「誰だ! くそぅ、もうこっちに人が回ったか」



 一瞬。間合いをゼロ距離にまで詰めて、そして刀を振った。



「な、なんだ! 敵か!」



 その言葉は正しかった。彼にとって私は敵で間違いない。私にとってもこの人間は敵だった。



 男は私の姿を見ると、あまりに驚いたのか体勢を崩して尻もちをついた。そして慌てふためくようにして、おっとり刀で逃げ始めた。



「た、助けてくれ」

 

 

 その人間の事情としては借金に身を包み、ヤクザから逃げるに逃げられなくなったため、その宵最期の賭けに出た。しかし失敗した。だから逃げた。それこそ絵に描いたように逃げ出したわけだが、この男は逃げ足が速かった。ヤクザも半グレも取り立て屋も足が速かったが一歩追いつかなかった。その手の稼業を生業とする人間は、小説や漫画のようなお決まりのような場面に周囲や外野が思うよりも遭遇しがちだ。だから頻繁に起こる“追いかけっこ”にはある程度自信のある奴が多い。腕力とか走力の方が頭脳より長けていることが見た目の通り多いのだ。ツッパリも不良も街から姿を消し、過去の遺物となった現代。勧善懲悪と犯罪を許さない意識が無駄に根付いた現代では生きづらくなった人間もいる。少し前まで流行り病の感染対策として暴走族よりもマスク装着を徹底した世の中であったが、それもクスリやらワクチンやらで、乗り越えつつあった。病による災禍のおかげで虫の息だった彼らも新しい「仕事」を手にできたので生活を安定させつつあった。

 

 

 流行り病が周期的に世襲するのは、歴史を見ると分かりやすい。天然痘、ペスト、コレラ、結核、インフルエンザ、コロナウイルス……。どれだけ収集がつかなくとも、終始をつけてきた。そう、それこそ根絶または対策にて克服するその度に、しばらくして新しいのが湧いて出てくる。人類は総じて追いかけっこをしてきた歴史といえよう。どれだけ相手が新しくなろうと、弱点を見つけて対処してきたことは誇らしい限りだ。各時代の死者へ哀悼を、忘れずに新しいビジネスに励んでいる。今宵の追いかけっこにも、そろそろ終始をつけたいところである。

 

 

「う、噂を聞いたことあったが、まさか……お前が……!?」

 

「噂?」

 

 

 アロハシャツの腰を抜かした男は、顔の見えない和服姿の美人に向かって、きっとそう見えた影に向かってそう言い出した。

 

 

「妖刀使いの、噂」

 

「あれ? なに。やっぱり私は噂されてるんだ。やはり世の中ってのは、存外ほっとかないものね」

 

 

 男が言うには、黒い影の妖刀使いを見たら死を覚悟しろと言うものらしい。私は殺人現場や未遂現場に居合わせたことは多々あるけど、殺したことは一度も無い。悪名高く仕上がっている。不本意だ。


「そなた、私のことを死神”って言ったが……殺しはしない。命は奪わない。そなたの言うとおり、これは妖刀だ」

 

 

 妖刀。妖かしい刀。妖刀といえば、徳川家に仇なす刀として『村正』が有名だが、この刀は無名。作者不詳、愛刀者不明。鬼を切った伝説だけが残っている。現代のこの街では伝説と語られることはなく、精々噂のいいネタというところか。妖刀使いが彷徨いている、と。

 

 

「そうか、令和になると妖刀の意味も変わっちまうのか」

 

 

 

 人は鬼を見ることができない。巻物に描かれている姿は、人間の想像とこの目で見たと嘘をついたか勘違いしている者の曖昧な証言によるものだ。妖怪を切り続けてきたこの刀の化身である私がそう言うのだから、それは間違いない。しかし、ヒトの鬼に対する認識は間違っていない。流行り病の事を昔の人は“鬼”にたとえた。タトエただけでなく、鬼の仕業によって被害を被った話も作った。それは、実際に起きた事でもあり、また同時に作り話でもある。妄想といえばそこまでだが、もう誰も覚えていない昔話では“オン”が転じて鬼となったと言われる。正しくその姿を認識したヒトなんていないだろう。

 

 

「や、やめてくれ……」

 

 

 すっかり怯えてしまっているが、その男の体に憑依し、その姿を現実のモノとしようと試みている悠然と厳しい表情の鬼の姿を私ははっきりと捉えていた。私は刀を構える。

 

 

「鬼に化ける前に、隠であるうちに成敗する」

 

 

 負の感情が怨みとなって、怨念になりかけている。隠がまだオンであると同時にインと呼べる内に潰す。

 

 

 なに、痛いあのは一瞬だ。現代で言えば予防接種みたいなもの。私は一瞬で間を詰めて正確にそれを斬った。

 

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