白黒バイナリー07

 タカは逃げていた。



 羅白黒という男を追っているはずだった。正さんが直接会っていた小物を、氷永会のタカは喫茶店から逃げたその男を追っていた。路地から路地、繁華街の裏へと逃げたので追いかけた。その最中で不運にも、そいつに遭遇した。闇夜に紛れて月夜で光る妖刀。百戦百勝百戦錬磨、無敵。誰が見ても人間ではない、着物をはためかせるアイツと遭遇した。妖刀使い。冗談じゃなかった。



「ったく……何なんだよ、今日は」

  

 

 まったくもって最悪の日だった。

 

 

 そんなつもりはなかった。氷永会のタカは妖刀使いから逃げるも、逃げた先に妖刀使いが瞬間移動して前を塞いだ。瞬間移動を繰り返す相手に痺れを切らして用心の拳銃を一発撃ってしまった。その音は妖刀使いの出現よりも街を騒がしくしたかもしれない。ビル裏の陰の路地裏の露地。まったく、こんなんで息が上がっているなんてらしくない。今更だろ。この手の稼業も半分グレから本物になって何年経っていると。それこそ銃声にはとても念を置いて、慎重に慎重を掛けて気をつけてきたが、その脅威に危機を感じてあっという間に鳴らしてしまった。通報があるだろう。今相手しているやつの方が、よっぽど通報されそうな存在だけど。

 

 

「くっそ…………」

 

 

 そいつは逃場を無くした俺にゆっくりと歩いて来た。始めは影のように暗くて黒い服を着ているのだと思ったが、あれは暖色の着物だ。そう思った直後、一気に間を詰められた。そのまま刀を振り下ろされたからたまったものじゃない。持ち前の反射神経で躱すも、すぐに予想しない角度で刀が飛んできた。あれは日本刀のようにみえて人間が知っている刀ではない。人間業じゃないもの。こちらに拳銃があることを再三相手に見せたが、まったく脅しにもなっていなかった。人間の武器では倒せない。くそっ。追いかけっこしたいのはお前なんかじゃないのに。次威嚇しながら距離を取るためにもう一発放った。しかしその銃弾はいとも簡単に妖刀で弾き飛ばしやがった。大谷でも当てられないぞ、あんな小さいやつ。

 

 

 あの刀。本当に生きてるのか。

 

 

 互いに銃刀法違反だが、そんなことは言ってられない。向こうは妖刀使い。人間の法律が適用されるかどうかも怪しい。僅かでも隙を見せればすぐに斬りかかってくる。くそ。路地だから足元が悪い。足を取られた時、ついに一振り貰ってしまった。しかし斬られたのに出血はなかった。その代わり体が重くなった気がする。どこまで人外なんだよ、この化け物は。

 

 

「くそっ、なんでこんなことに。噂の妖刀使いに出くわすとは。遂にツケが回ったか」

 

「やはり、噂になっているのね……」

 

 

 妖刀はそう言うと、刀を鞘に戻した。そして構えを取り、宙を切り裂いた。斬撃は空を切り裂き、そして二人の間で静止した。間に別の人間が入り込み、そして斬撃を受け止めた。誰だ、こいつ。コイツも人間じゃないのか。

 

 

「今度は何? 誰、お前」

 

「キエン」

 

 

 ガタイのいい男だった。

 

 

「行け。俺が相手をする。それと、スーツを着た人間が何人か気を失っていたが、あれは仲間か」

 

 

 妖刀使いの刃を受け止めるように二人の間に現れたこの男。彼の言葉は疑問符のない質問で、そして“いつの間に”、“どこから”と言う疑問を塞いでいる。タカはすぐに気を失っている男たちを確認した。あの中国人もいる。妖刀使いに斬られたか。「一人は違うが、それ以外はうちのだ。それこそ、こっちでなんとかする」と絞り出し「そうか、ならいい」とキエンと短く言葉を交わす。

 

 

「こいつは異能のモノだ。本体はあの刀で、人の形をした物はカゲである。刃を折らぬ限りやつは止まらん」

 

「お前は?」

 

「超能力者だ。色々できる。リバーサイドのひとりだ」

 

 

 超能力者? おいおい、また浮世離れしたはなしを。リバーサイドってことは、成哉の手下か。それは助かる。

 

 

 と、そこへ見覚えのある金属がくるくると回りながら飛んできた。それは水道管に刺さり、薔薇の花のようにみえた。

 

 

「こっちだ」

 

「創! おい、これはいったいどうなってーー」

 

「いいから。あれは相手にならない」

 

 

 それだけ言うと、茨戸創は手裏剣をいくつか追加で妖刀使いに投げ、視線を逸した隙にタカを連れて逃げた。妖刀使いのその立ち振舞からすれば、そのような隙は生まれる余地もないほどに見事であったが、手裏剣の軌道に乗って超能力者が火を吹いた。火は威力を増して炎となって妖刀使いを襲った。あれならいい勝負になっかもしれない。最後に見えたのはそこまでだった。タカはこうしてオーガナイザーに手を引かれながら戦線を離脱したのである。

 




 

 * * *

 



 

 さて、職業選択の自由から始まったこの話であったが、問題は早々に決着が着いた。もちろん、姉妹のお願い通りに依頼人を殺したわけじゃない。ただ、死ぬような思いはして貰った。この街のいろんなものを利用しすぎて、広げた風呂敷を畳めなくなりつつあったが、なんとか終わってよかった。

 

 

 母親はバイナリーオプションに手を出して破滅した。しかし本当のところは二人の娘を楽にさせたかったんだと思う。今の日本は身元不明の外国人親子に優しい社会ではない。異国から来た訳あり親子ならなおさら。敵視する日本人がほとんどかもしれない。同情はしても助けないのが現代日本だ。なりふり構ってなられない生活環境だったに違いない。自分たちだけでひっそりと生きなければいけない現実がまともな思考を奪ったのか。バイナリーで財産を失い、負債を抱えた母親は自殺。母親を失ったことで自動的に形の上で養子を組んだ父親扱いの男の元へ行くことになるのだが、姉妹はそれを拒んだ。母親を死に追いやった張本人とみなし、憎んだから。だから、殺人を依頼した。母親を殺した男を殺してふたりだけで生きていくために。



 姉妹はどこで手に入れたのか、拾った成哉への直通電話番号に連絡してきたと言う。その番号は即刻破棄したが、その幸運を讃えて我らのリーダーは彼女たちの言葉を聞いた。そして暑さで朦朧とした思考のおかげでjkのパンツを妄想する変態と化し、クーラーとアイスを求めるような俺に仕事が回ってきたのだった。概ね成哉の中では事件の全体図、見当はついていたのだろう。姉妹の拙い言葉だけであっても、否定せずに黙って聞き、それだけで全てを見抜く。さすが、社長。最初から全部言ってくれれば早いのに。

  


 当初の予定としてはあの父親をリバーサイドボーイズ達に拉致でもしてもらって、怖い目に遭ってもらおうと思っていた。しかし、そこに氷永会が絡んでいると知ったので路線変更。タカにバイナリーオプションの会話のついでに確認したら案の定。結果、彼らにお出ましいただこうと画策した。



 妖刀使いの出現は予定外であったが、予定的には都合が良かった。あれは見境なく人を斬る。あの中国人ビジネスマンの父親も斬られたんだろう。つまりこの街にこてんぱんにやられたというわけ。氷永会の友人も怪我する事態になったが、仕方ない。犠牲はつきものだ。最後に創成川リバーサイドボーイズの自称超能力者が来てくれたのでなんとか終息した。その後メイド服姿の女の子やら魔法少女のような女の子に妖刀使いは追われたらしいが、よくは知らない。あの妖刀使いが何者かは、それこそ本当に知らないがこの街ではとても有名な話である。誰もが聞いたことがあると思うぜ。この街は面白いことしか無い。退屈しないよ、ホント。



 あの姉妹は結局父親とは決別した。父親も妖刀使いと怖い人に恐れをなしたのか、手切れ金を素直に支払っていなくなった。姉妹は今後、正式に戸籍を取ることを目指して働きたいと言っていた。しばらくはリバーサイドガールズが面倒を見るらしい。成哉の保護下にあるのなら、法的にも違法的にも安心だ。戸籍も無理やりなんとかするだろう。



「知らない世界を知ることができた気がする。戸籍の法律も、投資の法律も、海外の法律もわからなかったけど。でかいだけの法律書は引き方がわからなければ、鈍器にもならない。なんにせよ勉強になる一件だった」


「そうか。それは良かったな。また働け」



 冷たい声のガキのグループのリーダーは、夏なのに冷え切った声で冷たく電話を切った。冗談も言い合えないのか。



 報告の電話を終えると、俺は二度と読まないであろう法律書を古本屋に売るため、それを自転車に縛り付けて走り出した。この話はここまで。また次の話がすぐに始まるからな。休む暇ないぜ。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る