辺境勤めの魔剣教官 ~不正の加担を拒否したら大国を追い出されたので小国に移り住んだけど、将来有望な若者たちが多すぎる~

鈴木竜一

第1話 追放

 エルダイン王立ウォルバート魔剣養成所。


 国を守る騎士団や魔法兵団のメンバーを育てるため、創立から百年以上という長い歴史と伝統を持つ学び舎だ。


 俺――グラント・マクガイヤーはこの養成所で教官生活をはじめてもう二十年になる。


 十六歳の時に夢だった魔法兵団入りを果たし、それから二年近く前線で戦ってきた。

 しかし、仲間を守ろうとした時に足を負傷してしまう。


幸い、日常生活に影響は出ないそうだが、怪我の影響からか魔力がまったく安定しなくなってしまい、それは怪我が完治したあとも治らなかった。

おかげで魔法使いとして戦場に出ることはもうできないだろうと医者から告げられて引退を勧められてしまう。


 エース級の活躍をしていれば魔法兵団から慰留されたかもしれない。


 だが、平均よりもちょっと下程度の実力しかない俺は用済み扱いとなり、あっさりとクビを宣告されて職を失った。


 憧れていた魔法兵団でろくな働きもできず、役立たずとして追い出されたわけだが、そんな俺を不憫に思ったのが魔剣養成所に勤めるハリソン教官だった。


 教官の助手として養成所で働き始めていくうちに、いつしか俺も彼のような教官になりたいと新たな道を見出し、勉強を始めた。


 おかげで二十歳の時に資格試験を突破。

 晴れて正式な教官として若者たちへの指導を許されたのだった。


 ――しかし、まさかそれから二十年後に再び失職の危機を迎えようとは。

 試験に合格したあの時は夢にも思っていなかったな。



  ◇◇◇



「私はそんなに難しいことを頼んでいるわけではないと思うのだがねぇ、グラント教官」


 下卑た笑みを浮かべながらそう告げたのは今年度から新たに養成所のトップとなったテイラー・ウォルバート所長。


 養成所の運営はひとりでも多くの国民に身分の垣根を越えた教育を受けさせたいと願い、国王を説得し、私財を投入してまで創立までこぎつけた初代所長長であるマーク・ウォルバートの一族に一任されていた。


 彼はその五代目にあたるのだが、どうも所長の存在意義をはき違えているようにしか思えない。


 その最たる愚行が、今まさに俺へと求められている不正への加担である。


「君がつけたこの成績表だが……それをほんのちょっと修正してもらえればいい。簡単なことだろう?」

「はあ……」

「こんな簡単な作業ができないようでは、君の今後についていろいろと考え直さなくてはいけなくなるなぁ」


 ついには脅迫か。

呆れて物も言えないとはまさにこのことだな。

 確かに、書類の数字を変えるくらいなら小さい子どもにだってできる。


 ――だが、それによってもたらされる多大な悪影響を見過ごすわけにはいかなかった。


 俺はもう一度テイラー所長が持ってきた成績表へと目を通す。


 そこに記されていた生徒の名前はジャレス・ウォルバート。


 そう。

 所長は自身の息子の成績を上げるために不正を依頼してきたのだ。


 ちなみに、俺は魔法科目を担当しているのだが、ジャレスに五段階評価で最低の「1」をつけた。


 これは正当な評価だ。

 テストはほとんど白紙で赤点だし、実戦演習はサボってばかり。

 おまけに他者に対する態度も最悪で、自分が所長の息子だからと周囲には威張り散らしている。


 当然、他の教科も同じような成績なのだが、なぜか俺の担当する魔法科目以外の成績は最高評価を受けていた。


 もちろんこれは忖度だ。

 みんな俺と一緒で所長室へと呼ばれ、お願いという名の脅迫を受けて成績を捻じ曲げているのだ。


 他の教官たちにも生活があるからな。

 やむを得ず成績を変えてしまったのだろう。


 彼らが不正に加担した理由は他にもある。


 この大陸にはエルダインと同等規模の国があとふたつ存在している。

 かつては軍事的な衝突も多かったが、現在は三国の間で不戦条約が結ばれ、関係は良好となっていた。


 つまり、今すぐ戦力が必要な状況ではなくなっているのだ。

 そういった事情もあり、騎士団や魔法兵団という国防組織の形骸化が著しくなっている。


 貴族や金持ちたちが自分の家柄や子どもに箔をつけさせるために騎士や魔法使いといった肩書きを欲しがり、何の目的もないまま「なんとなく」という感覚で養成所へ入ってくるケースが増えている。


 そういった連中は鍛錬や授業にも不真面目だし、咎めても「不戦条約があるのだから戦争は起きっこない」と高を括ってまともに話を聞かない。


だからジャレスひとりの成績を改竄したところで大きな被害は出ないだというという考えも後押ししていると思うのだが……だとしても、俺は成績を変える気はなかった。


俺はずっと危惧しているのだ。

 

 確かに不戦条約を軸にする平和同盟は結ばれた――が、その関係性がこのまま維持し続けられるという保証はないし、何より脅威は他国だけとは限らない。


 強力で凶悪なモンスターによる襲撃にだって備えなくちゃいけないからだ。


 だからこそ、国の未来を預かる騎士や魔法使いというのは必要不可欠な尊大なのだ。


 これは恩師でもあるハリソン教官からの教えでもある。


 五年前に病で亡くなってしまったが、仮に教官が今の俺の立場だったとしてもきっと所長の要求を突っぱねていただろう。


 ……だから、俺の答えは決まっていた。


「お断りします」

「なんだと!?」


 まさか断られるなどと微塵も想像していなかったらしい所長。

そのため、さっきまで見せていた余裕の表情は一気に崩れた。


「本気で言っているのかね……?」

「お言葉ですが、所長こそ本気で成績の改竄を要求しているのですか? 他の教官がどのような基準で成績をつけたかは分かりかねますが、ハッキリ申し上げますと本来ならば進級さえ危い成績です」

「き、貴様! 我が息子を侮辱する気か!」

「真実をお伝えしたまでです」

「黙れっ!」


 図星を突かれて動揺するテイラー所長。

 荒い息遣いで呼吸を整えると、冷静になったのか「うおっほん」とわざとらしく咳払いをしてから話を続ける。


「グラント教官……あなたの考えは十分理解できた」

「でしたら今回の件は――」

「君は息子の隠された資質に嫉妬し、現実を認められないようだな」

「は? 隠された資質?」


 たまらず聞き返してしまった。

 何をどう見たらそんな世迷言が口をついて出てくるのか、現実を見ていないのはどちらなのか……不思議でたまらないのだが、これが親バカってヤツなのか?


 俺は戦争で物心つくよりも前に両親を亡くしているので親子の情愛というのには疎いが、これはさすがに盲目というか、現実が見えていないと言わざるを得ない。


 どれだけ数字を変えようが、人間の本質までは変わらないのだ。


 ジャレスにとっては成績など飾り程度の認識かもしれない。


 それならばまだ説得できるかもしれないと思ったが、ここで所長はとんでもない話をぶっ込んできた。


「ジャレスには表に出ない素晴らしい才能がある。他の教官たちはそれを見抜いた上で成績をつけたのだ。あなたには分からないのか?」

「は、はあ……」


 言うに事欠いてとんでもない理論をぶつけてきたな。

 ……ただ、ここからの話は聞き捨てならなかった。


「身分の壁を取り払って平等に評価するというグラント教官の教育理念は実に素晴らしいものであると感銘を受けるが、じきにそれも無駄となる」

「……どういう意味ですか?」

「本決まりとまではいっていないので公表は控えていただきたいのですがね……我が所は来年度より平民生徒を一斉退学させ、貴族など一部の優れた人間のみで構成された超エリート校へと生まれ変わる予定だ」

「なっ!?」


 バカな。

 そんなのは愚の骨頂だ。

 先代から何も学んでいないのか?


「すでに関係各位には通達済みで、国王からも正式に許可をいただいている」


 きっと、その「関係各位」とやらに平民の生徒たちは入っていないのだろうな。


「テイラー所長……今すぐそんなバカげた考えは捨ててください」

「息子の次は私の教育理念を侮辱するか! いいか! よく聞け! 優れた人間は優れた血のみが生み出すのだ!」


 その考えは一部貴族たちの間で崇拝されている血統至上主義。

 歴史を遡ってみれば決して正しいとは言えない思想なのだが……まるで何かにとりつかれているかのごとく、この手の人間は平民を毛嫌いする。

 

「どうかな、グラント教官。今ならまだ撤回し、誠心誠意謝罪をしていただければ先ほどの失言の数々を聞かなかったことにしてもよいのだぞ? 君が育てた生徒の中には時期大臣候補や騎士団のエースもいる。その手腕を息子のジャレスたちのような優れた人間のためだけに振るう気はないか? もちろん、給金は弾もう」


 勝ち誇ったような顔で言い放つテイラー所長。

 まさか職を失うのが怖くなって俺が訂正するとでも思っているのか?


 或いは……俺の教え子たちに忖度している?


 確かに、おれがかつて受け持った生徒の中には有力な若手政治家や騎士団期待のホープがいる。

 彼らに睨まれるのを恐れて、もしくはその地位を利用するため俺を養成所に留めようとしている浅はかな思考が見え見えだった。


 当然、そんな話に乗るわけがない。


「自分の考えを曲げるつもりはありません。何かのミスで誤った成績をつけてしまったというなら訂正しますが、今回のケースはまるで違いますからね」

「……そうか。しかし、君はこれまでに多くの優秀な生徒を育てたが、そのほとんどは貴族出身の者ではないか」

「私は生徒を選べる立場にありません。こちらが望んでその子たちばかり集めたわけではありませんし、平民出身でも今では騎士団や魔法兵団で出世した者もいますし、大臣の側近としてよりよい国づくりを目指し奮闘している若者もいます」


 そう。

 優秀な人間は血筋で決まるのではない。


 どれだけ努力したのか。 

 目的を果たすために頑張ってきたのか。


 それらがすべて報われるわけじゃないけど、真摯に取り組んで邁進してきた成果は必ずその者の力となる。


 俺は教官になってからずっとそれを訴え続けてきた。


 ハリソン教官がそうして腐りかけていた俺を立ち直らせてくれたように。


 ――だが、そんな俺の思いはテイラー所長に届かなかったようだ。


「君には他の教官と比べて飛び抜けた実績があったから期待をしていたのだが、どうやら私の見込み違いだったようだ」


 やれやれ、と言わんばかりに首を横へ振ってため息を漏らす所長。

 だが、これに関してはひとつ言わせてもらいたい。


「私の生徒たちが優秀なのは彼ら自身の努力の賜物です。教官である私がしてきたことなど微々たるもの……優秀な人間とは目的のために正しく努力できる者たちを言います。そこに身分など関係ない」

「まだそんなことを言っているのか……」

「あなたは間違っている。養成所に通う平民出身の生徒たちの中には、やがて世界をまたにかけて活躍できるだけの資質を持った者たちも大勢いるのです」

「バカを言え。平民風情に何ができる」

「大体、成績を改竄しているのになぜ優れた資質などと臆面もなく言い放てるのか、明確な理由を示していただきたい」

「っ! だ、黙らんか!」


 図星を突かれると途端にキレる。

 まるで子どもじゃないか。


 あと、どうしても認めるつもりはないらしい。

 このままではどれだけ話し合っても平行線のままだな。


 それからしばらく沈黙が続いたが、やがて、痺れを切らしたテイラー所長は再び俺に向かって怒鳴り散らす。


「貴様は今日限りでクビだ! すぐに荷物をまとめて今日中にここから失せろ! そして二度と私の前にその面を見せるな!」


 あまりにも一方的な思考。

 こんな人が養成所のトップになったなんて……我慢ならない。


「……分かりました。長い間、お世話になりました」


 激高する所長に軽くお辞儀をしてから、俺は部屋を出た。


 きっと、ジャレスの成績は俺の後任教官がつけるだろう。

 書長の意向に逆らわずに従う忠実なしもべみたいなヤツが。


 しかし……クビ、か。


 これからどうしようか。

 できれば次の仕事も同じ教職に就きたいのだが、少なくとも国内で雇ってくれるところはなさそうだ。


 それほどテイラー所長――というより、ウォルバート家の影響力は強い。

 

 となれば、国外に出るしかないな。


 今後の予定を考えながら廊下を歩いていると、目の前にひとりの男子生徒が。


「どうも、グラント教官」

「ジャレス……」


 このタイミングで先ほど話題にあがっていたジャレスに遭遇するとは。

 ……いや、きっと見計らっていたのだろうな。


 父親そっくりの下卑た笑みを浮かべながら、ジャレスは煽るように語る。


「浮かない表情ですねぇ。何かありましたか? たとえば……パパからのお願いを断って突然クビを言い渡されたとか?」

「っ!」

「あははっ! 当たりですか!」


 心の底から嬉しそうにはしゃぐジャレス。

 父親から知らされたのか、或いはこうなると予想していたのか。


 いずれにせよ、彼にとって俺が養成所を去るというのは腹を抱えて笑いたくなるくらい好都合で愉快なことらしい。


「あなたは堅物ですから、もしかしたら断るかもしれないと予想はしていましたが……まさか本当にやるとは」

「俺は俺の信念を貫いただけだ」 

「立派な心構えには感服いたしますが、四十歳を超えてからの再就職は厳しいですよねぇ」

「仕事はどうにでもなるさ」

「強がるなよ」


 突然ジャレスが変わった。

 さっきのにやけ顔は消え去り、一気に険しくなって口調も荒々しくなる。

 どう考えてもこっちが本性だよな。


「ここで土下座して俺に謝罪をし、成績を上げたらクビを取り消すようパパに掛け合ってやってもいいぜ?」


 そう語るジャレスだが、仮に土下座をしたところで掛け合うはずがないのは目に見えているのでやりはしない。


 まあ、最初からヤル気なんてさらさらないけど。


「悪いが、先を急ぐんで失礼するよ。職員寮からも出なくちゃいけなくなるから、荷造りをしないといけないし」


 俺が思いのほかあっさりしているのが気に入らなかったのか、ジャレスの目が一瞬にしてキッと吊り上がる。

 

 相変わらず怒りの沸点が低いな。


「あんたは必ず後悔することになる! パパが声をかければこの国でろくな仕事にはありつけないんだからな! あとで泣いて謝っても許してやらねぇぞ!」


 喚き散らすジャレスを尻目に、俺はさっさと廊下を歩いて職員寮へと向かう。


 本日は週に一日だけある休校日ということもあって、養成所内は閑散としていた。

 恐らく、俺のクビを生徒たちが知るのは休み明けになるだろう。


 ゆっくりと別れの挨拶をしていきたいところだが、テイラー所長から今日中に出ていけと言われている以上、それも許されないだろう。


 名残惜しさはある。

 でも、ハリソン教官の教えに背くことはできないし、何より俺自身が所長のやり方に賛同できない。


 このままここで教官を続けるよりも、新しい場所で新生活をスタートさせた方がいい。


 そう判断した俺は早速旅立つための準備を始めるのだが……その際、あるひとりの女子生徒のことが脳裏をよぎった。


「……そういえば、あの子には何も言えずじまいだったな」


 俺が魔法兵団にいた頃から知っている女の子で、とても優秀な魔法使いだ。

 実の妹のように接してきたので、別れることになるのは寂しいが……彼女も今年で十五歳になる。


 今日は友人たちと町へ買い物に行くと外出届を渡されていた。


 ……まあ、大丈夫だろう。

あの子は強い子だから、きっと俺がいなくてもしっかりやっていけるはずだ。


とはいえ、彼女も平民だから来年度には養成所にいられなくなる。

あれだけの人材を中途半端な形で外に出すのは非常に勿体ないな。


「っ! そうだ! 来年度に養成所を追われてしまう子たちのための受け皿となる場所をつくろう!」


まだぼんやりとしてろくに輪郭もない案だが、やってみる価値はある。

 俺の知る平民出身の生徒の中にはもっともっと学びたいと上昇志向の強い子もいるし。


「そうと決まったらまずは再就職先をしっかり決めないとな!」


 新たな人生の目標ができた俺は、それを叶えるために力強く一歩を踏みだす。

 いろいろと落ち着いたら、あの子に手紙を送って近況報告もしないとな。


 魔法兵団から教官に転職したのが第二の人生だったなら、今は第三の人生のスタート地点に立っているわけだ。


 そう思うと、なんだか心が晴れやかなになるな。





※本日はこのあと5話投稿予定!

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