第10話 暴君との衝突

 今にも爆発しそうじゃないか。嫌な予感しかしないな。

 アキラはムラサキに気付くとすぐにその場を離れようと背を向けハジメ声をかける。


「演習塔に行こうか」


 しかしハジメから返事が返ってこない。


「ハジメ……?」


「あーアキラ、ここから離れるの少し遅かったみたいだ」


 アキラはその言葉で事態を理解した。先ほどまで人ごみにあったはずの赤紫が目の前にあるのだから。

 完全に逃れ損ねたようだ。


「おいおいその反応は傷付くじゃないか。アキ」


 そこに立つのは圧倒的な存在感を放つ女生徒。

 淡いラベンダーの様な髪を首元で切りそろえ一部を後ろで纏めている。眼つきは鋭く薄茶色をした瞳の奥には獣を飼っているかの様だ。


 ブレザー型の制服に腕を通さず既に自分のファッションとして肩に羽織る形で載せている。

 

 どんな着こなしをしても似合うのは完璧な肉体を持つ上だろう。

 身長もアキラより頭2つ分ほど上にある。シズノ姉さんより少し高いくらいだろうか。


 そして外面だけでなく歴代最高の才能と言われる魔素放出量、測定不能を記録し恵まれた体格に成人男性をも圧倒しうる身体能力。


 世代最強を超え大和帝国の至宝とさえ言われている。

 英雄、天津姫、暴君。


 そんな彼女がアキラの髪に触れ「酷い乱れようじゃないか」と上から見下ろしてくる。


「触るなよムラサキ」


 アキラは髪に触れる手を払いのけ、ムラサキから距離を取る。

 先ほどまでの赤紫色をした魔素の漏出は無くなっている。


 機嫌は直ったようだが、ホントに面倒だ。


「酷いな。まあいいや、ところで……」


 ムラサキは手を弾かれた手を擦りながらアキラと視線が合うように膝を曲げる。


「アキは何故まで学園に残っているのかな?」


「はっ! どうしてボクが去らないといけないだよ」


「そんなの決まっているだろう。か弱い君にこの学園は向いていない」


 そうなのだ。理由は不明だがムラサキはアキラに学園から去るように迫ってくるのだ。

 

 たとえそれがアキラを心配しての事だとしてもいい迷惑だ。

 

「入学式の時にも言ったけどボクは辞める気はない。結局決闘までして決着ついていないんだから、お前の言う事なんて聞く必要ないだろ」


 ◇


 入学式当日

 アキラは家から学園まで近いことも少し早く着いてしまい門番の人からは「中にベンチがあるからそこで待ちな」と言われ入ったは良いものの。


「ベンチってどこよ」


 完全に迷っていた。

 地図があれば迷ったりはしないのだが、知らないところに行くとウロウロと動いてしまうため自分がどこにいるか分からなくなるタイプの方向音痴なのだ。


 幼い時にはシズノ姉さんからは「アキ君一人にするとどこに行くか分からないから」と常に手を握られていたものだ。


 アキラはどこかに案内してくれそうな人が探し歩いていると一人の後姿を見つける。


「すいませーん、げ」


 声をかけてから自らの過ちに気付いた。


「ん? 誰かなってアキじゃないか。どうしてここに? 魔導技術に興味とかあったっけ?」


 そこでアキラが声をかけた相手が選りにも選ってムラサキだった。

 ムラサキはアキラがこの場にいることに心底驚いている様子で近づいてくる。


 その言い方はまるでアキラが魔装士科に入るわけがないと言わんばかりだ。


「どうしてって普通に入学するからだが? 魔装士科に」


「は?」


 アキラのその一言にムラサキの雰囲気が急変し、黒色の魔素が溢れ出る。

 その急変にアキラは慌てて距離を取るが一瞬にして距離を詰められる。ムラサキはアキラの頬に手を当て覗き込むようにして問いかけてくる。


「誰がそれを許可した? アキがこの学園で何をするんだ?」


「お前の許可がどうして必要なんだよ」


 昔からなんでか距離感がおかしいんだよな、こいつ。

 アキラはムラサキの方を押して引きはがす。


「はあ……もう行くから」

 

 どんな問答をしてもムラサキが納得することはない。

 これは予感ではなく確信だ。昔からのムラサキを知るアキラの確信。


 だがアキラは一つ忘れていることがあった。


「行かせないよ。無理やりでもいいんだけど、学園内だしこの学園のルールに則ろうか。決闘だ。私が勝てばアキにはこの学園から去ってもらおう。代わりに君が勝てば、そうだな……なんでも1つ願いを聞こうか。御三家岩戸家長女に対するお願いだ。破格だろう?」


 彼女は人の言う事など二の次。

 己の行いこそ絶対であり、正しいのだ。だからこそ暴君と呼ばれているのだが。


「勝手なこと言って、てっおい!」


 ムラサキはアキラの制止も虚しく魔導器装を起動する。


「アキも構えなよ」


「どうしてこうなるかな」


 アキラは戦うこと自体は寧ろ嬉しいぐらいなのだ。

 ムラサキとは家の関係で昔なじみではあるものの、しっかりとした戦闘は行ったことはない。

 

 だがここまで、後先考えていないとアキラも少し引いてしまう。


「噛砕け嵐牙らんが


「垂らせ天獄の糸」


 互いに起動鍵を実行し構える。

 正面に立つムラサキの両手に獣を模したガントレットを装着しておりそれ以外には目立った武装は見られない。


 ムラサキが腕を振るうと風を切る音と同時に牙が生まれる。


「あっぶない」


 風で作られた牙は地面を抉りながらアキラが元居た場所を通過し後ろに立っていた樹木を砕く。

 何気なく腕を振るっただけでこの威力だ。

 

 弾丸を基にしている遠距離攻撃ならまだわかる。

 だが魔素で風を生成しそれを飛ばす。言葉にするのは簡単だがどれほどの魔素が込めれているのか選ばれた者にしか出来ない行為だ。


「まだまだ」


 風の牙を避けたアキラの先には既に拳を振り上げたムラサキが待ち構えている。

 回避は間に合いそうにない。


「ちっ獄式ごくしきノ弐――黒縄こくじょう


 アキラの魔導器装、天獄の糸を扱うにあたって10の技術を獄式として戦技に昇華した。

 黒縄、天獄の糸を撚り合わせることで糸から縄へと変化させる。


 糸では弾くことが難しいのは先ほどの一撃で分かっている。

 振り下ろされるムラサキの拳に合わせて黒縄を叩き込む。


 風を纏う拳と黒縄はぶつかると破裂音と共に互いを弾き飛ばす。


「どんな威力してんだよ」


「アキこそ……でも、これはどうかな?」


 ムラサキが大きく腕を開きを作ると魔導器装に凄まじい量の魔素が集まる。

 

「喰い散らせ――乱牙らんが


 交差するように振るわれた量の腕から無数の風の牙が放たれる。

 数が増えても1つ1つに込められた魔素の量に違いがない。


「ここでそこまでするか!?」


 すでに抉れた地面や砕かれた樹木があるにも関わらずムラサキはその手を緩めることはない。

 放たれた無数の風の牙は地形を変える威力でアキラに向かってきている。


 アキラの出せる最大出力で魔素を天獄の糸へ送りだす。


「出血大サービスだ。獄式ノ壱――そう 黒縄網こくじょうもう


 獄式ノ壱は言わば糸操術の基本の極致。

 イメージを瞬時に形にするための鍵だ。


 アキラが作り出したのは黒縄で作り出した網。

 風の牙は網に抑え込まれる形で消滅すると同時に爆風を発生させる。


「アキ、そろそろ諦めたらどうだい」


「は! やっと楽しくなってきたところだろ」


 アキラとムラサキは互いの魔導器装に魔素を流し込み次の攻防へ入ろうとしていた。

 しかしそれは、一つの声によって止めれられる。


「おい! 君たち何をしているんだ!?」


 恐らく教官だろう。

 これだけの騒ぎを起こせば来るだろう。


 戦闘の途中では気が付かなかったがアキラ達と同じく新入生だろうか、人も集まってきていた。


「この私の邪魔をするのか?」


 ムラサキはどこまで行ってもムラサキだ。

 教官相手でもその態度を変えることはない。

 

「そりゃするだろ! この惨状を見ろ!」


 教官は傲慢不遜なムラサキに対して冷静な突っ込みをする。

 本来怒るだけでは済まない状況だと思うが教官も混乱しているのだろうか。


 後から来た教官陣から囲まれ事情聴取を受け、しっかりと叱責を受けた。

 その間もムラサキは悪びれる様子はなかったが……


 流石、暴君といったところか。


 こういった経緯を持ってアキラは2週間の停学処分。

 ムラサキは3週間の停学処分となっていたらしい。


 ◇


 教室の前でアキラとムラサキ、一触即発の雰囲気を出している。

 周囲の者の中にも異様なムラサキの様相に不安げにしているのが数人見受けられる。


 どうしようか。アキラが状況の打開策を考えていると鐘が鳴った。


 ムラサキの意識は一瞬鐘の音に向けられてことに気付いたアキラはハジメに声をかける。

 

「ハジメ走るぞ!」


 アキラはその隙を逃さずハジメと共に走り出す。


「アキ! どこに行くんだ」


 後ろからムラサキが声をかけてくるが今は気にしている暇はない。

 この鐘が鳴るのは訓練の開始と終了時。


「おい、アキラやばいよ」


「まずい!」


 この後めちゃくちゃ教官とライカに怒られた。


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