第8話 こちらも破棄された婚約◆第三者視点
ある日、その令嬢は当主に呼び出された。こんな時期に呼び出されるなんて、一体どんな用事なのだろうか。疑問に思いながら、令嬢は当主の部屋へと向かった。
部屋に入ると、当主は厳しい表情で令嬢を睨みつける。その眼差しを見て、令嬢は良い話ではないだろうと察した。叱られるのは嫌だ、という気持ちが頭をよぎった。
重苦しい沈黙の後、当主が口を開いた。
「――家の長男とお前の婚約を破棄することになった」
「……え? ど、どうして急に!?」
それを告げられた令嬢は愕然とした。婚約相手の男性とは、悪い関係ではなかったはずだ。婚約破棄に至るまでの理由が、彼女には思いつかなかった。
「レイモンドという、ラザフォード男爵家の長男と関係を持ったそうだな」
「!?」
淡々と、隠していたはずの事実を明かされる。どうしてそれを知っているの!? 令嬢は動揺を隠せなかった。レイモンドとは隠れて会っていたのに、バレているとは思わなかった。
いえ、まだ全部を知っているわけではないはず。知らないフリを突き通せば、このピンチを逃れられるかもしれない。そう考えた令嬢は、とぼけることにした。そんな名前の男、私は知りません、と。
「それは、どなたでしょうか? 関係を持った? 勘違いではありませんか?」
「……全部、把握しているぞ。知らないフリをしても無駄だ。お前が毎日のように、その男と会っていたことも、隠れて仲睦まじく戯れていたことも」
「――ッ」
隠そうとしたけれど、ダメだった。全部バレている。令嬢は諦めかけた。だけど、最後のあがきとして、まだ言い訳を試みる。隠れて会っていたのは事実。でも、それぐらい問題ないはず。
「お、思い出しました。確かに、レイモンドとは親しくさせてもらっています。ですが、それは友人としてです。貴族の令嬢として、人脈づくりに励んでいたのですよ。私とレイモンドは、男女の仲ではございません。 信じてください!」
必死で訴える令嬢。彼は、ただの友人。そして、彼と親しくすることは令嬢として必要な行動だったと。だから、私は何も悪くないと。
「ふん、ただの友人だと? 男女の仲ではないと? 笑わせるな。お前たちの親密な様子は、多くの目撃者によって確認されているんだぞ。友人だったと言っても、誰も信じたりしない」
「……」
当主は冷たく言い放った。令嬢の言葉は、全く受け入れてもらえなかった。これはまずい。どうにかして、婚約破棄を阻止しないと。だって、あれは遊びだったから。ちょっとした気分で仲良くしただけで、もちろん本気じゃないのに。
「婚約破棄は決定事項だ。もう、手続きを進めている。お前のような愚かな娘を嫁に出せば、相手方に対し失礼であろう。だから、こちらの都合で婚約を破棄させてもらった」
「そ、そんな……!?」
ちょっと遊んだだけなのに。それだけのことで、婚約を破棄するなんて酷すぎる。令嬢は、怒りに震えた。バレてしまうなんて。私のせいじゃないわ。レイモンドにも原因がある。
「こんなことになるなんて……」
レイモンドと一緒に過ごした日々を後悔する令嬢。
「浮気するようなお前は、後妻として引き取ってもらうか、愛人として選んでもらうかしかない」
「い、嫌よ! 後妻なんて、酷い! 娘を愛人にすることを認めるだなんて、もっと酷いわよ!」
「お前の行いのせいで、そうなったんだ。自業自得だろう」
このような話し合いが、他の貴族家でも行われていた。レイモンドと仲良くしていた事実が発覚して、関係を持った女たち全てが婚約を破棄されることになったのだ。
レイモンドの不始末によって娘の婚約を破棄せざるを得なくなった貴族家たちは、激しい憤りを感じていた。
遊び感覚で若い令嬢たちと関係を持ちながら、結果に対する責任を取る様子のないレイモンド。そんな彼に対し、各家の当主たちは怒りを隠せない。
「こんな事態になったのは、全てラザフォード家の責任だ。うちの娘にも非はあるが、レイモンドという男に誑かされたのは事実。傷物にされた娘の将来を考えれば、慰謝料の一つや二つ請求されて然るべきだろう」
「そうだ。例の男によって娘は婚期を逃してしまった。これでは、他家への申し開きができない」
「れっきとした貴族の娘を、まるで娼婦のように扱うとは許せん」
「ラザフォード家には、それ相応の代償を払ってもらわねばならんだろう。うちも、少しでも損害を取り戻すために、徹底的に追及するつもりだ」
怒れる当主たちの声が、貴族社会に響き渡る。
こうして、レイモンドの不始末によって婚約を破棄することになってしまった令嬢たちの家が一丸となり、ラザフォード家に対する慰謝料請求の裁判が起こされることになった。
「ラザフォード家の当主も、息子の教育をなおざりにした責任から逃れられないだろう。徹底的に追及し、相応の償いを求める」
傷つけられた娘を抱える貴族家たちは、団結して行動を起こした。
「あの子も、婚約を破棄したらしいわよ」
「みんな、レイモンドとの関係がバレたのね」
「よかった。私は誘われても断ってたから。巻き込まれなかった」
「顔はカッコよかったけれど、遊び人ぽくて危なそうだったからねぇ」
「こうなるって、わかっていなかったのかしら?」
「女性と話す時は紳士的だったもの。あれで、騙されちゃうのよね」
「あんなに堂々としているのに、遊んでいるだけって無理あるわよ」
「彼と仲良くしていた女たちって、色々と面倒くさかったし。いい気味だわ」
レイモンドとの関係が露見し、婚約を破棄された令嬢たちの噂は、学園内でも瞬く間に広まっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます