Phase 04 #拡散希望

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 結局、その日の授業は4時限目で打ち切りとなり、昼休みを待たずに下校を余儀なくされた。どうせなら幽霊屋敷に寄ろうと思ったけど、相変わらず野次馬が減らないので――諦めて帰宅することにした。


 *


「あら、梓。もう帰ってきたの?」

 母親がそう言うので、私は「うん」とだけ答えた。私の答えに対して、母親は話す。

「やっぱり、高校の近くにあるあの屋敷が関連しているのかしら……。一刻も早く騒動が収束しないと、まともに登校も出来ないわね」

「そこは、お母さんの言う通りだと思う。――まあ、私がどうこう言ってもどうにもならないんだけど」

「そうよね。――ところで、お母さん……仕事は?」

「今日は急遽休みになったのよ」

「そうなのね。――でも、どうして急に休みになったの?」

「これ、梓に話していいのかしら……」

 どうやら、母親の勤務先が急遽休みになったのは訳ありらしい。彼女は話を続けた。

「梓、お母さんは……もしかしたら、今の会社を辞める可能性があるの。厳密に言えば、『辞める』というよりも『辞めさせられる』と言った方が良いのかしら?」

「辞めさせられる? つまり、それって……会社ごとなくなっちゃうってこと?」

 私が言いたいことは、分かっていたらしい。

「鋭いわね。――実は、昨日……社長が逮捕されたのよ。容疑は『覚醒剤取締法違反の疑い』って言っていたかな」

「覚醒剤取締法違反って……要するに、お母さんの会社の社長さんって、そういう『悪い薬』を使ってたの?」

「まあ、そうなるわね。ウチの会社の社長、元々は東京の有名な広告代理店で働いていたらしいんだけど、『地元に貢献したい』とか言って数年前に豊岡に移住……というか、戻ってきたのかな? それで、Web制作会社を起業したのよ」

「なるほど。――それなら、悪い薬をどこかで購入していてもバレない可能性があるわね」

「ああ、確かに……こんな田舎町で、こういう違法薬物に手を出す人間なんて皆無だわね。――それで、この先どうすれば良いんだろうかって悩んでいたのよ」

 私は、なんとなく――母親に同調した。

「それはこっちも同じよ?」

「そうよね。梓だって、同じ気持ちだもんね。同情してあげるわよ」

 そう言って、私は切羽詰まった状況にある母親から同情されてしまった。――いくらなんでも、私の頭を撫でることはやり過ぎだと思う。


 *


 とはいえ、まともに学校に行けない状況でも宿題というモノは普通に出てしまう。私は自分の部屋でその日に出た国語の宿題をこなしていった。

 宿題をこなしつつ、立志館大学の赤本も読んでいき、分かる範囲で試験問題を解いていかなければならない。そういう日常を過ごしているうちに、私はなんだか「自分という存在」が分からなくなってきた。

 やがて、窓を見ると夕焼けが見えていた。――もう、そんな時間なのか。しかし、母親から「夕飯の支度ができた」という言葉はない。ここは、もう少し勉強すべきだろうか。そう思っていたら、スマホが短く鳴った。

 私は、スマホのロックを解除して、送られてきたメッセージを読んでいく。メッセージの送り主は、瀬川杏奈だった。

 ――梓ちゃん、あれからどうしてる?

 ――私は、一応……家にこもって勉強してる。っていうか、こんな状況で外に出たら生きて帰って来られるかどうか分からないじゃん?

 ――ああ、話がそれたわ。

 ――私、あれから色々と幽霊屋敷に関する噂を収集してたのよね。

 ――そうしたら、「あること」に気付いたのよ。

 ――一応、梓ちゃんにもこの情報は共有しとこうと思ってメッセージを送ってみたの。

 ――まあ、梓ちゃんがどう思うかはさておいて、一連の情報は信憑性が高いモノだと思うわ。

 ――それじゃ。

 瀬川杏奈からのメッセージはそこで終わっていた。

 私は、メッセージの中に貼られていたサイトを見ていく。

 彼女が送ってくれたサイトはいかにも怪しげな感じで、黒い背景に赤い文字で表示されていた。――正直、見づらいな。

 サイトが見づらいと思いつつ、私は「H県T岡市」と書かれたリンクをタップした。

 ――これって、もしかして……。

 私が「H県T岡市」のページで見た写真。それは紛れもなく、例の幽霊屋敷と同じモノだった。


 *


 ページを見ていくうちに、再びスマホが鳴った。今度は菅原慶次からメッセージが入ってきたらしい。

 ――杏奈から送られてきたサイトは見たか? オレは見たぜ?

 ――そのサイト、全国各地のオカルト話を蒐集しゅうしゅうしているらしいんだけど、そのページが作られたのって、つい最近とかそんなもんじゃなくて……10年ぐらい前らしいぜ? まあ、オレたちが小学1年生の頃だと思えば良いのか。

 ――そのサイト曰く「元々軍部の研究施設だったことは確かであり、どういう訳かある人間が面白がって『儀式』をしていた」とのことだったぜ。

 ――そして、面白がって「儀式」をしていた人間が、祟りか何か知らないけど……とにかく、何らかの理由で殺されたって話だ。

 ――オレ、当時のニュース記事を検索して見つけたから、お前にも送っておくぜ?

 メッセージの最後に、確かに「廃墟に侵入した男女が遺体で発見される」という神戸新報の記事が送られていた。


 *


【廃墟に侵入した男女が遺体で発見される 平成2×年10月31日 神戸新報】

 昨日、兵庫県豊岡市の廃墟で6人の男女の遺体が発見された。身元は不明であり、死亡推定時刻は2日前と見られている。

 遺体を発見したのは廃墟の近くにある豊岡商業高校の生徒であり、発見者の話によると「探検しようと思ったら男女が倒れていた」との話だった。兵庫県警では殺人の疑いで捜査を進めるとのことである。


 *


 こんなもんか。意外と短い記事だな。

 当然だけど、事件に関する続報は入ってきていないようだ。――いや、気付いていないだけで、事件は既に解決したのか。私はそう思った。

 しかし、この6人の男女はどういう理由があって屋敷に侵入したのだろうか? イタズラだとしても、地元以外の人間で例の屋敷の存在を知っている人間は少ないはずである。

 念の為に瀬川杏奈にこの記事を転送しておこうかと考えたが、多分――彼女は既にこの記事の存在を知っているはずだ。そう思った私は、そのままスマホの画面を消して、勉強することにした。

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