少女怪異遊戯
卯月 絢華
Prologue
――つまらない。
私は教室の窓を見ながらそう思っていた。
黒板にはよくわからない数式が書かれていて、それをノートに書き写す人間なんて皆無である。というか、そんなモノなんて授業が終わってから消される前にスマホで撮影すれば済む話である。
やがて、授業の終了を告げるチャイムが鳴って、先生が教室から出ていった。私はスマホでそれを撮影して、「家でノートに書き写そう」と思っていた。黒板を撮影したついでにスマホの時計を見ると、11時41分と表示されていた。――まだ、3時限目が終わったところか。
仕方がないと思いつつ、私は4時限目の授業の準備をした。――次は、化学か。ひたすら計算式を解くだけの数学よりは面白いかもしれない。
休憩時間ということもあって、両隣の席はガラ空きである。私は「人と接触すること」を嫌っているので、休憩時間に出来ることといえば――次の授業の準備をすることだけだろうか。
授業の準備が終わったところで、授業開始のチャイムが鳴って、先生が中へと入ってきた。
「――起立」
先生がそう言ったので、私たちはそのまま立ち上がって、礼をして、着席した。
*
「――これで、今日の授業を終わる」
授業終了のチャイムが鳴って、4時限目が終わった。――昼休みである。
両親が共働きであるが故に、私は常に高校の近くのコンビニでその日の弁当を買っている。だから、「手作り弁当」というモノが羨ましくて仕方がない。事実、私の隣の席に座っている子は、毎日のように手作り弁当を持ってきている。
そんな中で、隣の子が私に話しかけてきた。
「ねえねえ、これ――あげる」
唐突に言われても、どういう反応を示せばいいのか分からない。
私は――困惑しつつも、その子の言葉に返事した。
「唐揚げ? ――それなら、もらおうかしら」
「うふふ。この唐揚げ、梓ちゃんにあげようと思って多めに持っていったの」
「そう。――相変わらず、私のことが気になるの?」
「気になるも何も、隣の席なら付き合って当然よ。梓ちゃんって……どこか冷たいからさ」
「――まあ、あなたが言うなら私は『冷たい』性格なんでしょうね」
「でも、私は常日頃から『梓ちゃんと友達になりたい』って思ってる」
「ふーん。――私と友達になっても……つまらないと思う」
「どうして?」
「私、他の人よりも『何か』がズレているから」
「えーっ? そんなこと、ないと思うけどなぁ……」
そういうくだらない長話をしつつ、私は「昼休み」という虚無時間を過ごしていた。
*
兵庫県というのは、南北に広い。南北に広いが故に、北部と南部とでは月とスッポンじゃ済まされないぐらいの差がある。
そして、私が住んでいるのは――北部の豊岡という街である。残念なことに、豊岡というのはいわゆる「地方都市」の一角に過ぎず、神戸や西宮と比べると田舎でしかない。だから、大抵の人間は大学進学を機にこの街を捨てる。
市立豊岡商業高校。私――
そもそもの話、私が中学校の内申点で良い結果を残せなかった理由は――中学2年生の頃にいじめられて、そのまま不登校になってしまったからである。学校に行こうとすると過呼吸を起こしたり、風邪を引いていないのに体温が上がったりしていた。過呼吸は防ぎようがないから仕方ないとしても、体温に関しては学校の疫病対策で「37度5分以上の熱がある場合登校を控えてほしい」とのお達しが出ていたので、当時の担任の先生からは「そんなに熱を出すぐらいなら退学してしまえ」と言われてしまったぐらいである。
とはいえ、勉強自体は嫌いじゃなかったので――私は自宅でそれなりに勉強していた。特に理科が好きで、化学に関して言えば今でも空で簡単な化学式が書ける。
そして、進路相談の結果「小田島さんの内申点ならどんなにがんばっても豊岡商業高校が限界でしょう」と言われたので、仕方なくそこへ進学した。
その結果、豊岡商業高校では入学してから常に成績順位で1位をキープ。1年生の先生からは「我が校創立以来の天才」ともてはやされるようになった。――まあ、特に何か努力をしているかといえば、何もしていないのだけれど。
現在の私は――2年B組に在籍している。当たり前の話だけど、この高校に「中学生の頃のいじめの首謀者」はいない。それだけでも、私の心は少し軽かった。
そんな2年B組で、私の隣の席に座っている子が――
「それ、もしかして……京極夏彦の『
「そうなの。――分厚いけど」
「良いのよ、分厚くても。分厚いってことは、それだけ読み応えもあるってことじゃん?」
「確かに……」
私が読もうとしていたモノ。それは瀬川杏奈が指摘する通り京極夏彦の『巷説百物語』だった。ザックリと説明すると、「化け物を操って江戸に
瀬川杏奈のおしゃべりは止まらない。
「ところでさ、梓ちゃんって『怪奇現象』とか信じるタイプ?」
「怪奇現象? どうして急にそんなことを私に聞くのよ」
「うーん、なんとなく?」
「まあ、京極夏彦の小説が好きである以上、そういう怪奇現象は信じているというか、気にしている方だけど……」
「そっか。――実は、梓ちゃんに相談があって」
「私に? 相談?」
それから、瀬川杏奈は私に対して深刻そうな顔で話しはじめた。
「この高校の近くに、今にも崩れ落ちそうな廃墟があるのは知ってるよね?」
「それは知ってるけど……」
「じゃあ、話は早いわね。実は、数日前に廃墟の中で動画配信してた子が、突然姿を消しちゃって……。これが、その子が最後に残してた映像よ」
そう言って、瀬川杏奈は私にショート動画アプリの画面を見せてきた。スマホの画面には、確かに廃墟の中の映像が映し出されていて――動画は途中で途切れていた。
そして、動画が途切れる前に映っていたのは――白い服を着た女性の姿だった。スマホのカメラに幽霊が映るなんてあり得ないとして、この女性は一体誰なんだ?
動画を一通り見せたところで、瀬川杏奈は話す。
「――そういう訳で、今日の夕方、廃墟の前で待ってるから」
それって、正気なのか? 私は困惑した。
「廃墟で待ってるって、まさか……幽霊退治に行くの? 掃除機とか持っていったほうが良いかしら?」
「流石にそれはいらないわよ。確かに『掃除機のようなモノで幽霊を退治する映画』は私も好きだけどさ。――廃墟の場所、分かるよね?」
「知ってる。この高校がある山の麓っていうか、坂道の下よね」
「そうそう。表札こそないけど、あまりの不気味さで、地元でも『心霊スポット』として悪い意味で有名になってるからさ」
「分かった。――チャイム、鳴っているけど」
「しまった! えーっと、5時限目は……英語か。急いで準備しないと」
そういう訳で、私は瀬川杏奈と共に幽霊退治と消えた生徒の謎を追うことになってしまった。
*
――そういうのって、ただの「ふざけた子供のお遊び」だと思っていたのに、謎を追っているうちに「ふざけた子供のお遊び」と言える状況じゃなくなってしまった。
どうしてそうなったのかはよくわからないのだけれど、今から思うと……多分、「祟り」の一種だったのかもしれない。
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