●episode.5 疑似デート

「同じグループのメンバーになってあまり経ってないので、まだ彼のこと、よく知らないんです。だから、この機会に距離を縮められたらなって思っています」


デートの始まる前に、カメラの前でそう言った。


コーキも同じようにインタビューを受けているだろう。


何と答えたか、気になる。


私は前のめりなのに、コーキは冷めていたら、などと考えて、振り払う。

さすがのコーキも、番組の趣旨も、もちろん今後のグループの見られ方も、考えているはずだ。当たり障りないことは言ってくれているだろう。


とりあえず、オンエアーを確認することにして、本番に臨むことにした。



デートのスタートは商店街の入り口だった。


デートにはいくつかのミッションが与えられる。今回は、クリアできたミッションが多いほど、宣伝時間が長くなると言う。


ディレクターにフリップを渡され、二人で持つ。


1から5まで番号が振ってあり、全てめくりがある。1から3は、今めくっていいと言う。


コーキがフリップを持ってくれ、私が一つずつめくる。


「“1、手を繋ぐ”、“2、二人で一つのパフェを食べる”、“3、ツーショット写真を撮る”……」


コーキの顔を見ると、何も言わずに見返された。


バラエティ番組として、これでは成り立たないと焦る。


「これだったらできそうかな?」


そう言いつつ、ディレクターについ目をやってしまう。


「じゃあ、これからは二人でデートを楽しんでください」


にこやかなディレクターの笑顔を見て、そんなつもりはないだろうが、突き放されたような感じがした。



カメラが遠くなる。

デートっぽくするため、極力近くのカメラをなくす演出らしい。



――困った。


よく接してるジョーは年上でリードしてくれるし、レオは年下だけどよく喋るし、やりたいことも明確だから分かりやすい。しかし、コーキはどうしたらいいのだろう……。


同い年だから遠慮なくいけるはずだし、そもそも私より後に事務所にも入っているのだから、同じグループのメンバーとしても、へりくだったり、気を無駄に遣う必要などないのに……。


「――じゃあ、行こっか」


「ああ」


「……早速、手、繋いじゃう?」


勇気を出してそう言うと、コーキは私が繋ごうとするより前に、私の手を取った。


ミッションだから手を繋ぐのだ。

分かっているのに、どきりとしてしまった。



この商店街は1㎞近くあると言う。

全く終わりが見えないほど長い。

お店のジャンルも豊富だ。


「ここには来たことある?」


「いや、ない」


手を繋いで歩き進める。


「コロッケの匂いだったんだ! おいしいそう! あっ、お団子もあるよ!」


ついついおいしそうなものにつられて、コーキの手を引っ張るかたちになっていたことに気づく。


嫌だっただろうかと不安になっていたが、コーキの目が一点に釘付けで、不快感は見えなかった。


「――たい焼き?」


ハッとした顔をして、コーキは私に振り向いた。


「たい焼き好きなの?」


「……」


「好きなんだね」


私は笑みがこぼれた。


違うことは否定するが、本当のことは黙るらしい。

そうと分かれば、分かりやすい。


「たい焼きが特別? 甘いものが全般好きなの?」


コーキは答えない。教えたくないということか、答えにくいのか……。


「私は甘いものは何でも好き。すぐ太るから、あんまり食べられないけど、だからこそたまに食べるスイーツはおいしい」


「ご褒美なんだな」


「そんな感じ」


コーキに微笑みかけると、コーキは少しだけ口角を上げる。


「……たい焼きは、よくおばあちゃんが買ってきてくれたから特別かもしれない」


「そうなんだ」


おばあちゃんっ子だったらしい。

一気に親近感がわいた。


「でも、しょっちゅう買ってきてくれたから、ご褒美って感じではないな」


「贅沢だね」


「今思えばな」


今のコーキの表情は柔らかい。

堅物だと思っていたが、そこまで融通がきかないわけでもないのかもしれない。


「パフェも好き? 食べることある?」


「ないな。一人でいて、パフェ食べにいこうとはならない」


コーキは顔をひそめる。


「……何で笑う?」


その言い方も面白くて、笑いが止まらない。


「だって、一人でパフェ食べてる姿想像したらおかしくて……」


「想像で笑うなよ」


「分かった。食べてる姿見て笑う」


「おい。一人じゃないだろ」


「え、そこ?」



ひとしきり笑った頃に、パフェの食べられるカフェにたどり着いた。


「どのパフェにする? 苦手な味ある?」


「いや。好きなのでいい」


どうやら私が好きなパフェを選んでいいらしい。


「じゃあ……これ!」


「マンゴーパフェ?」


「うん」


まるで本当のデートのようだ。


「――すみません」


隣を通り過ぎようとした店員に、コーキが声をかける。


「注文いいですか?」


頼んでくれるんだ……。


パフェとドリンクを注文してくれているのに見とれていたら、いつの間にか注文は終わっていたようだ。


「……何か?」


そんな言い方しないでいいのにと思う一方で、少し慣れてきている自分がいる。


「何も」


慣れてきたらやばいな、と直感的に思う。

この沼は深そうだと。



カフェを出て、次に向かう。


向かったのは、フォトスタジオだ。

そこは、自分たちでシャッターを押せるところが売りだった。


小道具のサングラスや花を持って撮るのだが、まだまだ写真を撮られ慣れていない私たちは、ポージングに迷いながらも、シャッターを押す。


私がシャッターを押してばかりだったから、コーキにも押してもらおうと、途中で渡そうとするが、「俺はいい。好きなタイミングで押してくれ」と言う。

よく言えば、私のいいタイミングで押させてくれる気のきく言葉だが、悪く言えば、私に任せっきりだ。


せっかく一緒に来たのだから、コーキもやってみてほしかっただけなのに……。


それが伝わったのか、シャッターボタンを押す手に何か温かいものが触れたかと思うと、コーキの手で、手の中にあったボタンが奪われた。


「押すタイミングが悪いって文句は言うなよ」


「……分かった」


文句を言われたくなかったのか。

少しだけ可愛いと思ってしまった。



ツーショット写真を撮り終え、ディレクターがまたフリップを渡してくる。


「残りの2つですね」


コーキの顔を見ると、最初と同じようにコーキがフリップを持ち、私がめくる流れになった。


「“4、10秒以上見つめ合う”、“5、ハグ”」


なるべく何とも思っていないように振る舞うが、心臓がドキドキとうるさかった。


この後は場所の指定もない。

30分と時間が決められているだけだ。



何となく歩き出す。

お互いにどうしようかとも話さない。


もし私に豊富な恋愛経験があれば、いいアイディアが浮かんだのだろうか。

今、そんなことを悔やんでも仕方がないのに、考えずにはいられなかった。


どうにかこの企画を成功させなければならない……!


当てもなくただ並んで歩く。


本当のデートだったらまだいいかもしれない。いいデートとは言えないとしても、だ。


しかし、これは仕事だ。

プレッシャーに押し潰されそうで、気分が悪くなってきた……。



向かいから歩いてくるおばあちゃんが、大きな買い物袋を提げているのが、ふと気になった。


私が「あっ」と声に出したときには、もうすでにコーキは駆け出していた。


「大丈夫ですか?」


コーキはつまずいて倒れそうになったおばあちゃんに手を差し出し、優しく声をかける。


おばあちゃんだけには優しいのだろうか。

どちらにしろ、やはり根は優しい人なのかも、と思わずにはいられない。


私もコーキに遅れて駆け寄ると、おばあちゃんは嬉しそうに「心配してくれてありがとう」と笑った。



また道を進むと、公園にたどり着く。


そこで、小学生から中学生くらいの男女5人に遭遇した。音楽を流しながらダンスをしていて、コーキはまるでパフォーマンスを吟味するように遠くから見つめる。


そうしていたら、カメラも近くにあったからか、彼らがこちらの姿に気づいた。


「もしかして――」


一人の男の子が、オーディションの名前を言って、コーキに話しかけてきたのだ。


「一緒に踊ってもらえませんか?」


「いいよ」


ここは即答なんだ。


子どもからのお願いだからだろうか。


しかし、一番はダンスだろう。

ダンスが踊れるなら、本当にどこでもいいんだな。



コーキは子どもたちが踊るのを少し見ていたかと思うと、すぐに並んで同じ振りで踊り始めた。

初見なのにあっという間に合わせている。


見ていた子どもたちからも「おぉ~!」と歓声が上がる。


私も見ながら、心の中で「かっこいいじゃん」と呟く。


同じメンバーが褒められるのは、気分がいい。

今日のロケで、同じグループのメンバーなのだという実感が、わいてきたように思う。


「――そこでずっと見てるつもり?」


「えっ?」


「十分見てたから覚えただろ?」


引っ張られ、隣に並ばされる。

確かに見ていたが、自分も踊るつもりでは見ていなかった。


「私も踊るの?」


私の意見は無視して、またコーキは踊り始める。

子どもたちも拍手して応援してくれていて、下がるわけにもいかず、音楽に合わせてステップを踏み始めた。



一曲踊り終えて、コーキは私をちらりと見て、「もっと練習した方がいいな」と言う。


むかっとしつつ、そうだなとも受け止める。


「……こんなときまで言わないでよ」


少しだけ本音がこぼれて、コーキには鼻で笑われた。


反論できないことがもどかしい。

練習時間を増やそうと心に決めた。



ベンチに座って休むことにした。


「汗、かいちゃったね」


この後ハグするのは、ちょっと気になるかもしれない。


宣伝のチャンスは逃すが、仕方ないか。

そう思い始めていたら、コーキの視線を感じて横を見る。


「……何?」


「……」


コーキは何も言わずに、私を見続ける。


こんな顔してるんだ、と改めて思う。

オーディションの映像で、見ているつもりだったが、こうして直接見るのはまた違う。


キヨナも顔について言及していたが、端正な顔立ちをしている。まだ幼い可愛さのようなものもあるが、大人顔負けに完成されている。


同い年なんだよな……。


「――10秒ってあっという間だな」


私はすぐにコーキが声を発したことに気づけなかった。


「……10秒、経った?」


――そういうことか。

意外とコーキが精力的にミッションに取り組んでくれることに驚きを感じつつ、頼もしいと思う。


「ちゃんと10秒数えた」


「そっか……」


私はコーキの顔に見とれていたというのに、冷静に秒数を数えていたのか。

何だか勝手に負けたような気になる。


色々な思いが交錯する中、突然、コーキが立ち上がる。


「立って」


言われるがままに同じように立ち上がり、向かい合う。


「今日はありがとう」


そんなことを言われるとは思ってもみなくて、反応に困る。


おどおどしてしまっていたら、自然にハグをされた。私はコーキの肩口に顔を埋めるかたちになる。


こういうとき、手はどうするものなのだろう。

棒立ちのままでいるのは不恰好な気がする。


ゆっくりと手を背中に回して、ハグに応えた。


ドキドキして心臓が持たないから、早く離れてしまいたい気持ちと、ぬくもりが心地よくて、離れたくない気持ちがせめぎ合っていた。

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