●episode.6 ダンスレッスン

「――センターがいないとか、締まらないよな~」


レオそう言って、頭の後ろに両手を添えて、床に仰向けに寝転がる。かなり不満げだ。


周りも言葉にこそしないが、雰囲気が同調していた。



レコーディングしたときは、パートは決まっておらず、一通り歌って、振り入れの際にどのパートを歌うかを知ることになった。


メインダンサーはコーキで、メインボーカルはジョーであるのは、納得だった。


コーキに歌の上手いイメージはなかった。オーディションでは、ダンスにスポットライトが当たり、歌にはほとんど触れられなかった。歌の上手い人は他に何人もいたように思う。

それだけ魅力的なダンスを踊る人だったのだ。



デビュー曲の振りは、コーキが得意そうな、ヒップホップダンスが基調な振り付けだった。


振り付けてくれたのは、昔からダンスの先生として教えてくれている、リヒト先生だ。

ダンスについては、重箱の隅をつつくように厳しい。


休憩時間で、リヒト先生は外に出ており、他のメンバーは、レオのように寝転んでこそいないが、座り込んでいる。



リヒト先生が戻ってきたと思うと、後ろにコーキを連れ立っていた。


「お疲れ様」とジョーが迎えると、コーキは軽く会釈した。


私もジョーに続き、声をかける。


「お疲れ様。仕事終わり?」


「ああ」


ドラマの撮影で忙しいのは分かるが、もっと愛想よくできないのだろうか。雰囲気が悪くなって仕方がない。



不意に真正面から見つめられて、まるでさっきの出来事のように、抱き締められたときのぬくもりがよみがえる。

休んでいたのに、心臓が踊っているときのようにどくどくと弾み出す。


「――そこ、邪魔なんだけど?」


「……あ、ごめん」


慌てて横に避けると、コーキは鏡の前へと歩き出した。



コーキを目で追っているうちに、隣にジョーが立っていた。


「振り入れ、先にやってたらしい」


「え?」


ジョーの顔を見上げた視線を、再びコーキに戻す。


コーキは、さっきまで私たちが踊っていた振りを軽く流すように踊り始めた。


「そういうの知っちゃうと、憎めないよな」


ジョーは腕を組みながら、苦笑いする。


コーキはきっと苦労を見せず、裏で必死に努力するタイプなのだ――。




今日のレッスンが終わり、リヒト先生もいなくなったとき、靴紐を結び直すコーキの前にレオが立った。


何が起きるのかと心配になり、思わずジョーと目を合わせた。


「やるじゃん。練習する時間あったわけ?」


「作ってやってた」


「どこで?」


ここで練習していたなら知っているはずだ。振り入れはここでしたらしいと、ジョーからさっき聞いたが、一度の振り入れだけで、あれだけ踊れるとは思えなかった。一度の練習にしては、完成度が高すぎたのだ。


「ドラマ現場から近かったから――」


コーキはダンススタジオ名を口にする。


「あのスタジオって結構人気でなかなか借りれなくない?」


ジョーも会話に混ざる。


確かに立地もよく、人気ダンサーの教室もそこで行われていることもあり、知名度の高いダンススタジオだ。


「……父親がレンタルスタジオ事業をやってて……」


「――コネかよ。レッスンも好きなだけできただろうな」


コーキが言い切る前に、レオが嫌味ったらしく言った。


コーキの顔はムッとした後、すぐ冷めたものになった。


「レオ」


諌めるようにジョーが言ったが、レオは謝ることもなく、外へと出ていく。

ジョーはその背中を追って、レッスン室を出ていった。


「……何も知らないでそんなこと言うな」


私だけに聞こえるほどの小さな声で、コーキは呟いた。



「――帰らないの?」


「そっちこそ」


私は座ってリヒト先生の振り付け動画をタブレットで見て、細かい振りを確認している。

一方のコーキは、鏡に向かって練習を続けている。

私とコーキの他に、レッスン室には誰もいない。


「こないだ“もっと練習した方がいい”って言われたからね」


「根に持ってんの?」


「……そうかもね」


何度も同じ振りを繰り返し再生する。

しかめっ面で見続けていたから、気づかなかった。


「――ちゃんと踊れるんだな」


コーキの声が降ってくるように聞こえて、バッと顔を上げた。


「また嫌味?」


私はため息を吐いてタブレットを床に置いた。


「確かにダンスは上手いかもしれないけど、上から目線で色々言わないでよ」


地味に傷つく。ちくちくとした針が、何度も刺さって痛みが増幅する。


「違う。そういう意味で言ったんじゃない」


「だったらどういう意味なの?」


「あのとき、余裕そうだっただろ。もっと踊れるのに踊ってないと思った。けど、今日は余裕ないくらい精一杯踊ってた」


「……それっていい意味?」


意味を聞いても、分かるようでよく分からない。


「ああ」


コーキは私が床に置いたタブレットを、まるでダンスの振りかのような無駄のない動きで手に取る。


「俺はかっこつけるだけかっこつけて、できないことをごまかすやつが嫌いなんだ」


吐き捨てるように言った言葉は、刺々しくて、痛々しかった。


「自分にも他人にも厳しいんだね」


嘘の吐けない真っ直ぐな人だ。

ジョーが“憎めない”という気持ちがよく分かる。


私は立ち上がり、鏡の前に向かう。

今度はさっきと立場が逆転している。


タブレットで見直した箇所を何度か踊ってみる。


「――何でそこまで踊れるのに自信がなさそうなんだ?」


鏡越しにコーキと目が合う。


「逆に聞くけど、そこまで踊れるのに何で残ってまで練習するの?」


コーキは黙ってこちらを見ている。


私自身、今、自信がなさそうに見えるということは、納得がいっていないのだ。納得がいくまで、自信が持てるまで、練習したい。――すべきなのだ。


コーキは、ダンスに自信はあるが、常に上を目指し、現状に満足していないのだろうと思う。


「そういうことでしょ?」


何も言わないコーキに、含み笑いで返した。


コーキはタブレットを置くと、デビュー曲の音源を流し始める。


私たちは自然と並んで踊り始めた。

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