クラス転移したけど最下級職で追放されました

黒井あたる

プロローグ

「ふぅ…後で湯浴みしておけ」


 これで今日の地獄の時間が終わった。異世界召喚からもう何日経ったのかもわからない。


 ここはハイドレーン帝国帝城の一室。彼女は勇者召喚と銘打った異世界召喚でこの世界に召喚されてしまった40人の男女のうちの1人だ。歳の頃は17くらいで黒髪黒目で少し垂れ目の愛嬌のある顔立ちを。今はもう見る影もない。


 皇帝の「あいつらに俺達の子を産ませるか」という一言から始まった彼女達の地獄は、彼女達自身で抜け出すことは困難だろう。


 皇帝の側近も含めて始まったこの凶行は、恋人や想い人がいようがお構いなしに隷属の首輪によって従属させられる。彼女達は全員そういう相手があったというのに。


 各々気に入った異世界人女性を1人選び部屋に囲う。鎖や施錠をされているわけではないが、逃げることは許されない。主の命令は絶対なのだ。


 食事はメイドが運んできてくれるので問題ないが、湯浴みは浴場まで行かなければならない。そこで他のクラスメイトに会ったりもするが会話は許されていない。ただお互いに少しでもヨゴレを落とせるようにと肌が赤くなってもゴシゴシと洗い続ける。


 そう、彼女達はしっかりと意識はあるのである。


 こんな世界にわけもわからず召喚されて、あんなヤツに処女を散らされた。悔しくてしょうがない。想い人に捧げるはずだったのに…。せめて子などできませんようにと祈る。初めての子は幼馴染で恋人の彼とがいい。その思いだけで地獄を耐え忍んでいる。もし身籠ったらどうにかして死ぬつもりだ。そうなったらせめて幼馴染で恋人の彼は幸せになって欲しいと祈る。心の中で祈ることしかできない。


 その幼馴染で恋人の彼は、戦闘職を授かり騎士との訓練や魔物の討伐を強制的にやらされている。


「お前はよく働くな。その調子で頑張れば奴隷から解放されるかもな」


 彼はその言葉を信じて必死に戦い続ける。幼馴染彼女は料理が得意だったこともあってか料理人の職を授かったので、お城の厨房で働くことになると聞いていた。いつか自分が奴隷から解放されたら迎えに行くからと心の中で呼びかける。


「でもまぁ、腕や足なんか失ったらそのまま処分されるからな、気をつけろ」


 なんて酷い世界に召喚されてしまったんだと嘆く。同じ戦闘職を授かった女子達は、夜な夜な兵士たちに慰み者にされている。助けてやりたいがそういう行動は命令外なので体が動かなくなる。


 本当に酷い世界だ。


 願わくばクラスメイトの女子達全員をこの国から連れ出して別の国に連れて行って欲しいと神様に祈ることしかできない。


 この後は隣国との戦争に連れていかれる。前回大敗を喫して軍を大潰走させられた相手である。生きて帰れる保証はどこにもない。ましてや怪我でもしようものなら味方に処分されるだろう。


 魔法職の者達と違って、彼は剣士なので最前線に配置されるだろう。鉄の鎧を着た騎士を何人も纏めて一刀両断する化け物のように強い金髪の悪魔と言われるヤツがいると聞いた。そんなヤツが目の前に現れませんようにとまた祈ることしかできない。


……………………


 ついに異世界人達は戦場に配備された。生産職の者までまともな一般人がいなくなった国境沿いの砦まで連れてこられた。最初は魔術師達が強く優勢に進め、敵国の砦まで攻め立てた。幼馴染の彼もまだ健在だ。


「このまま砦落とせたら、大将首取ったヤツは奴隷から解放してやるぞ」


 これを聞いた異世界人は皆闘志を燃やす。城門さえ破れれば真っ先に飛び込んで…。


 しかし自由にやれたのもそこまでだった。砦の城壁の上に金髪の悪魔が現れたのである。何か動きを見せようとすれば、その悪魔が蒼い炎で牽制してきて何もやらせてもらえない。軍も後退を余儀なくされ手柄を立てる夢も潰えそうだった。


 膠着状態のまま時を過ごしていると、砦の方には続々と援軍が集まっており、向こうから打って出てくるのではと囁かれ始めた頃、ついに城門が開き金髪の悪魔が出て来た。


 その悪魔を見た幼馴染彼氏の感想は「悪魔どころか優しい目をした超絶イケメンじゃないか」だった。その超絶イケメンはローブを纏いフードを目深に被った怪しげな二人組を背後に従えており、途中で方向転換してまっすぐ幼馴染彼氏の元へ向かっていった。かろうじて剣は構えたが一瞬の出来事で何が起きたのかわからなかっただろう。


 その後も金髪の悪魔は戦場を縦横無尽に移動して行き、まるで野盗の人攫いのようにどんどん騎士に担がせて戦場から連れ去った。


……………………


 気づいた時にはどこかの牢に3人で入れられていた。なぜかクラスメイトばかりだ。


「お、起きたのか。食事の時間だぞ、カイト様に感謝して食え」


 肉や野菜がふんだんに入った湯気の立つスープに、白い握り飯が二つ。捕虜の食事にしては破格の待遇だ。帝国で働かされてた時など硬いパンと水が出ればいいほうだった。7つの牢に別けて入れられた全員が涙を流しながら静かに食べた。


 食べ終わって暫くした頃、地下牢に人が下りてくる気配がした。牢番が「カイト様」と言ったとたん、全員が顔を上げてそちらを見た。


 そしてそこに現れたのは、あの金髪の悪魔だった。


「全員残さず食べたか?さっきのは朝食だ。夕食は親子丼食わせてやるから覚悟しろ」


 信じられないことを言う悪魔だ。奴隷で捕虜の者達に親子丼食わせてやるから覚悟しろとまるで拷問かのように言うのだ。しかし彼らにはご褒美でしかない。良い悪魔かもしれない。


「ここで奴隷から解放したらお前達はバラバラの目的に向かって動き出すのだろう?今は戦時中故それに対処する時間が惜しい。落ち着くまでおとなしくしていろ」


 この悪魔の言葉の意味を理解した者達は静かに涙を流すのだった。

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