私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?
大舟
第1話
由緒正しき貴族家である、フローレンス家。
その家に長男として生まれたレイノーは、自身の将来を約束する婚約者としてミーナ
・エヴァンスの事を迎え入れた。
ミーナはレイノーと同じく貴族家の生まれであり、いわゆる貴族令嬢である。
容姿や能力にこそなにか秀でた者があるわけではないものの、相手の事を思いやって優しいふるまいを行うことが出来る、婚約する相手としては決して不自由のある相手ではなかった。
2人が婚約を互いに誓ったのが、今から3か月ほど前の事。
そして現在、二人の関係はどうなっているかと言うと…。
――レイノー視点――
「なぁクライス、君はこの関係についてどう思う?」
「この関係、と申されますと?」
「別にとぼけなくてもいい。僕とミーナとの関係だよ」
「あぁ…」
クライスはなかなかに言葉を返しにくそうな雰囲気を浮かべ、その表情をこわばらせる。
…まぁ無理もないか、彼はこの僕に仕える使用人のような立場にある存在。
下手な事を言って主人である僕の機嫌を損ねてしまったら、それこそどんな目にあわされるか分からないと考えているのだろう。
「クライス、君は僕に仕えてくれてもう長い。だからこそ僕の事をよくわかってくれていることと思う。その上で、正直に話してくれ。君は僕とミーナの関係を、どう思う?」
「そ、そうですね…。では、正直に申し上げますと、レイノー様の婚約者という立場にミーナ様はなかなか不釣り合いではないかと思っております」
「ほぅ、お前もそう思うか?」
「お前、も?」
そう、僕はその言葉を聞きたかったのだ。
クライスの賛同さえ得られているのなら、ミーナとの関係を切り捨てることは非常にスムーズに行うことが出来る。
「実は僕も、改めて考えてみたのだ。果たしてこのままミーナとの関係を続けることが、本当に我がフローレンス家のためになるのかどうかを。その結果、やはりミーナではこの僕の将来の隣に立つものとしてふさわしくないと考えるに至った。僕の心を満足させるには、もっと奥深く、魅力にあふれるものでなければ意味がない…」
「…レイノー様、もしかして…?」
「……」
僕が頭の中で考えているであろう内容に、心当たりがある様子のクライス。
しかし僕はあえてこの場でそれを口にすることはせず、そのままクライスに対して無言で返事を行った。
――ミーナ視点――
レイノー様から直々に、自室に来るよう呼び出しを受けてしまった私。
…特になにか変な事をやってしまったという意識はないから大丈夫だとは思うのだけれど、やっぱり彼から直接呼出しをされるのは少し緊張してしまう…。
コンコンコン
「ミーナです、失礼します」
「入れ」
私は緊張を隠すように強めにノックを行い、レイノー様からの返事を確認した後、扉を開けて部屋の中に足を踏み入れる。
「よく来たミーナ。さて、突然の事になってすまないが、君に話しておかなければならないことがある」
「…?」
いつになくシリアスな表情を浮かべながらそう言葉を発するレイノー様。
…これまでそんな雰囲気で言葉をかけられたことはなかったから、私はそれまで以上に強い緊張感を心に抱く。
「…それで、お話というのは?」
「君との婚約の話だが、今日をもって破棄させてもらうことにした」
「……」
信じられないほど非常に涼しい雰囲気でそう言葉を発するレイノー様。
…ただ、私は内心で実はそう宣告をされるのではないかという予感を抱いていた…。
「婚約破棄ですか…。私がなにか、レイノー様の思いを裏切ってしまうような事をしてしまいましたでしょうか…?」
「まぁ、平たく言えばそう言う事だ。ミーナ、はっきり言って君は僕の隣に立つにふさわしい人物ではなかったという事になる」
「…その理由をお聞かせいただけますか?」
私の心の中には、おそらくこれであろう婚約破棄の理由が思い浮かんでいた。
その答え合わせをするべく、無駄とも思えるこの質問をレイノー様に投げかけた。
…すると彼は、私が想像していた以上の言葉を返してきた。
「はっきり言って、君がいなくなってもなんともないという事だ。いてもいなくても変わらないような婚約者など、必要であるはずがないだろう?だから僕の元から追い出すことにしただけの事だとも。僕らの間にはまだ子供もいないし、負い目を感じるような点もない。であるなら、僕の経歴に傷がつく前に君の事を切り捨てるというのは、至極まっとうな考えだとおもうが?」
…彼は本当の理由を隠すかのような表情を浮かべながら、挑発的な口調でそう言葉を返してきた。
しかし、私はなんの答えにもなっていないその言葉をそのまま受け入れることはできなかった。
「…それだけなのですか?私が噂に聞いた話では、レイノー様には最近関係を深められている貴族女性がいらっしゃるとのことですが?それとは無関係なのですか?」
「なっ!?!?」
…私がそう言った途端、心からの驚きの表情を浮かべて見せる彼。
その表情はもう完全に、私の言葉に対する答え合わせになっていた。
「いい加減な事を言うな!!そんなわけがないだろう!!そもそも、君がここにいなくてもなんともないというのは本当の話だ!僕に捨てられることが悔しくて負け惜しみを言ったって無駄だぞ!これはもう決定事項なのだからな!」
私がいなくても変わらない、この人は婚約破棄を告げる言葉で確かにそう言った。
…その言葉が後に鋭い形となって彼自身に突き刺さることになるのを、この時の彼はまだ知らないのだった。
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