05.偉そうに言ってるがお前もだ

「さて、そろそろ良いかのう」


 穏やかな声が会場に響く。王族専用入口である中央奥の大階段を降りてくる姿を見て、第一王子以下会場の全員が即座に最敬礼で迎えた。


「よい、皆のもの、楽にいたせ」


 鷹揚にそう言って片手を上げたのは国王その人であった。傍らに王妃と側妃、それに第二王子と第一王女も伴っている。

 第一王子も本来は、王に従って会場入りする予定であった。彼だけが一足先に会場に姿を現した経緯は冒頭ご覧頂いた通りである。


「なかなか見事な裁きであった。王族の名に恥じぬ対応、王としても父としても誇りに思うぞ」

「は。お褒めにあずかり恐悦至極にございます」


 第一王子は恭しく頭を下げてみせる。


「じゃが、そなたは廃嫡とする。少なくとも立太子は諦めよ」

「なっ……!?」


 だが直後の王の言葉に、彼は驚愕のあまり顔を上げてしまった。


「何故ですか父上!」

「そりゃそうじゃろう。アレクシア嬢の冤罪を見抜けず、きちんと調べようともせず聞いた話を鵜呑みにして、このような公の場であのように一方的に面罵し貶めるような者に仕えたいと願う者など居りはせんわ」

「そっ、それは、その……」

「しかもそなた、その後の侯爵家ぐるみの陰謀の方に気を取られて、婚約破棄を撤回しておらんじゃろうが。挙げ句の果てにアレクシア嬢本人に詫びさえ述べずに済ますつもりか」

「…………あっ」

「そなたは普段から、アレクシア嬢との仲は順調じゃと申しておったな?だというのに聞いておれば彼女が公の場に出てきておらんことを知りながら報告もせず、彼女の異変を調べようともせず、異母妹とはちゃっかり交流し、それでいて自分でアレクシア嬢に贈ったはずの誕生日プレゼントさえ把握しておらんとはどういう事じゃ。あまつさえ、それらを身に着けた下賤・・の娘・・の肩を持ち、己の婚約者を信じようともせぬとはの。恥を知れ愚か者め」

「…………」


 第一王子は何も言い返せない。だって確かにその通りだったから。

 くっ、どこで間違ってしまったのか。せめて異母妹と侯爵家の欺瞞を確信した時点で、彼女に詫びていれば。……いや、今からでも医務局のアレクシアのところへ行って、婚約破棄の撤回を同意させよう。そうすれば最悪、侯爵家の婿に⸺


「そういうのを『後悔は、した時にはもう遅い』と言うんじゃぞ」

「……え?」


「そなた、今からでもアレクシア嬢に婚約破棄の撤回を同意させれば何とかなる、とか思っておったであろう?」

「…………そ、そんな事は」

「だが残念じゃったな。そなたがあの場で即座に撤回せんから、もう処理に回してしもうたわ」

「なっ!?」


 王も王妃も、実は第一王子が壇上で演説をし始めた当初から大階段脇の隠し部屋で聞いていたのだ。この部屋、実は会場になっている大ホールに密かに複数仕掛けられている[集音]の術式と[映写]の術式で集めた情報が集約されるようにできていて、普段は王家の影たちが使っている部屋である。

 第一王子だけが密かに会場に先入りしたと聞いた王はすぐさまこの部屋に移動して、そして細大漏らさず聞いていたのだった。

 ちなみにこの部屋は王家の秘であるため、その存在を知る者は、王と王妃と影たちのほかは宰相と魔術師団長だけである。つまり王子たちすら部屋の存在を知らされておらず、当然ながら第一王子も知らなかった。


「へ、陛下は一体どちらで、どこまで見ておられたのですか!?」


 第一王子が婚約破棄を言い出した時、確かに両親や弟妹たちがまだ姿を現していないことを彼は確認していた。その後誰かが密かに注進に及んだとしても、こうも詳細に何もかもバレているのはおかしい。


「そんなもん最初から全部じゃ。一緒に聞いておった王妃も横で怖い顔になっとったわ。ちなみにどこで見聞きしておったのかは秘密じゃ。王たる者にしか知り得ん情報故にな」

「なっ⸺うわ!?」


 言われて顔を向ければ王妃はにこやかに微笑んだままだが、長年息子をやってきたからこそ分かる。あの顔は超怒った時の顔!


「は、は、母う」

「言い訳ならば聞きませんよ」

「え……」

「まあ廃嫡は撤回せんが、その後の対応に免じて除籍や断種までは容赦してやろう。今後、大過なく務めれば臣籍降下と公爵家の創設くらいは許してやらんでもない」

「そっ、それでしたら!」


 第一王子は何とか起死回生の策を探す。

 このままでは王妃腹の長子であるにもかかわらず、婚約者への讒言を信じて婚約破棄を言い渡した挙げ句に立太子を逃した愚かな王子だと、未来永劫言われ続けるに決まっている。

 であるならば、やはり何としても婚約破棄だけは撤回せねば。正直言えばあんなヒョロガリのボロボロを妻にするなど御免こうむるが、そこは数年待つしかないだろう。時間と手間さえ掛ければ、見てくれだけは何とかなるはずだ。


「やはり私がアレクシアの婿として、侯爵家の再興に尽力⸺」

「あんな侯爵家なぞ残すわけがなかろう。そんな事も分からんのか」


 冷めきった声と顔で王に言われて、第一王子は絶句するしかなかった。

 残すわけがないとか言われても、あの家は父王が敬愛してやまないかつての王妹の嫁ぎ先であり⸺


「叔母上の血筋を二代続けて蔑ろにした者たちなぞ、一族郎党根絶やしにしてもなお飽き足らんわ」

「…………」


 初めて見る、普段は温厚な父王の憤怒を間近でモロに浴びて、第一王子は息継ぎさえ忘れてしまいそうである。


「それに、アレクシア嬢なら王家で養子に取るからの。どのみちそなたとの縁談は破棄じゃ」

「よう……し……」


 養子に取る。それはつまり、法的な血縁関係になるということ。承認されてしまえば、第一王子とアレクシアとの婚姻など法的に認められなくなってしまう。

 そして父王のこの自信満々な態度と、婚約破棄がすでに法務処理に回されているという発言からして、養子の件もすでに具体的に動き始めているはずである。


「バカな子ね。もう少しで手に入った次期王の座を、自ら手放すなんて」

「兄上、もう諦めて下さい。あの婚約破棄を口にした時点で、兄上の命運は閉ざされていたんですよ」

「本っ当、兄様ったらバカね。もっとよく考えろ、考えてから動けっていつもあれだけ言ってあげてたのに。全っ然、聞いてなかったのね」


 母である王妃と2歳下の弟、それに3歳下の妹にまで言われて、一言も言い返せなくて、今度こそ第一王子は膝から崩れ落ちた。

 そんな彼をもはや一顧だにせぬ王は、壇上から粛々と夜会の開始を宣言したのであった。

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