04.愚かな家族の身の破滅(2)

「……殿下」

「なんだ」


 第一王子の元に、侍従がひとりやって来て耳打ちした。


「……なに、私がアレクシアに贈った品々を身に着けていただと?あの妹がか?」

「左様でございます。特にアレクシア様へのお誕生日プレゼントのお品は、全て」

「5年分全てだと?なぜそんなものをアレクシアではなく妹が身につけているのだ!⸺おい侯爵!」

「は、はひぃ!」

「何故アレクシアのものを異母妹が身につけていたのか答えよ!知らなかったとは言わさんぞ!」

「そ、そ、それは……っ!」


「答えられぬのか。ではもうよい。⸺アレクシア」


 第一王子はうろたえる侯爵にアッサリと見切りをつけ、まだ騎士に抱かれてその場に留まっているアレクシアに声をかけた。


「私の贈った品を、なぜそなたではなく妹が身につけていたのだ。譲り渡したのか」


 彼女はふるふると首を振る。


「では奪われたのか」


 彼女はこくんと頷いた。


「そなたの父も義母も、そのことは知っているな?」


 今度は彼女は首を傾げた。どうやら分からないらしい。


「というかそなた、先ほどからなぜ言葉で答えないのだ」


 喋れないということはないはずである。最初はアレクシアも第一王子の言葉に返事をしていたし、つい今しがたもドレスを祖母の形見だと口にしたのだから。

 だがそう問われて、アレクシアは辛そうな顔になり口を開いたものの、言葉は出てこなかった。その反応に、第一王子は新たな疑念を抱いた。

 そもそも、何故彼女は言葉で訴えるでもなくいきなりドレスを脱いだのか。いくらやせ細っていたとはいえ、未婚の妙齢の子女が肌を晒して羞恥の念を抱かぬはずはないのに。むしろやせ細った醜い身体を、人目に晒したくなどなかっただろうに。


 そこまで考えて、第一王子の脳裏に、あるひとつの疑惑が浮かんだ。


「王宮魔術師団長!」

「はっ」

「この場での魔術の使用を許可する!アレクシアを調べよ!」

「御意!」


 第一王子の命令に、今度こそ侯爵の顔に絶望が浮かんだ。


 魔術師団長は騎士に抱かれたままのアレクシアに歩み寄ると、「失礼致します」と一言断ってから左手をかざし、詠唱を紡いだ。使用した術式は[感知]、次いで[解析]。


「⸺殿下!」

「分かったか」

「は!ご婚約者さまの御身に術がかけられております!痕跡からして、かけられているのは[制約]のほか、[隷属]までも!」


 会場がどよめいた。

 [制約]の術式は言動に制限をかけ、それを破った際に発動する罰則ペナルティを規定する術式である。特に使用を禁止されているわけではなく、例えば貴族家が自家の使用人などに機密を漏らさないよう施すことがある。民間でも商談の付帯条項などで互いに[制約]を掛け合うことも多い。

 だが[隷属]の術式は禁忌である。対象者の心身と思考を縛り、強制的に命令に従わせるからだ。かつて多くの国で当たり前に存在した奴隷たちは、この[隷属]によって逃げることも逆らうことも叶わなくなり、死ぬまで酷使されることが多かったという。

 現代では[隷属]は軍馬や脚竜きゃくりゅうなど、一部の家畜を従わせるために使うことが認められているだけで、奴隷制度をいまだに残す国々でももはや奴隷に対して[隷属]がかけられることはほとんどない。よって、これを人間に対して使うのは大半の国で違法行為・・・・である。


 奴隷には必ず“主人”が存在する。奴隷は人間ではなく物体として扱われるため、それを所持し維持管理する所有者・・・が必要になるからだ。

 そしてこの場合、アレクシアの所有権は第一王子にはなく、王家にもない。ということはつまり侯爵家の誰かが、あるいは侯爵家自体がアレクシアを奴隷に堕とし所有している、ということになる。

 会場のどよめきはそのことに思い到ったためである。王妹が降嫁し、王太子の有力候補者である第一王子の婚約者を輩出する、つまり将来的な外戚の地位さえ得られるほどの有力貴族たる侯爵家が、まさかそのような違法行為に手を染めているなどという、ありべからざる事態に人々の心胆が震えたのだ。


「本当に[隷属]が掛けられているならば、アレクシアの身のどこかに『隷印』が出ているはずだ。後で侍女たちに調べさせるとしよう」


 第一王子の声に怒りが滲む。自分の婚約者であり、ゆくゆくは王太子妃から王妃になろうかという人物が奴隷に堕とされていたなど、何かの間違いであって欲しかった。

 だがアレクシアのやせ細った身体と、その身に刻まれた鞭の痕は、どう考えても伝え聞く通りの酷使された奴隷の特徴そのものである。とてもではないが第一王子の婚約者として有るべき姿ではなかった。


「侯爵とその妻にも、話を聞かねばならん・・・・・・・・・な」


 第一王子が指をパチンと鳴らす。それを合図に会場警護の騎士たちが動いて、代理侯爵と後妻を取り囲んだ。


「ち、違うのです殿下!誤解、いや何かの間違いで」

「連れて行け」

「お、お待ちを!」

「嫌ァ!離して!」


 浅ましくも喚きながら、代理侯爵夫妻は騎士たちに連行されて行った。


「さて、アレクシアももう良いだろう。医務局に下がって、しっかり治療してもらえ」


 第一王子は努めて優しく声をかけたものの、アレクシアは、拾い渡してもらった祖母のドレスに埋めた顔を上げようともしない。そうして返事もないまま、彼女も騎士に抱きかかえられて会場を後にしたのであった。

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