fan letter

可糸 萩

第1話 SOS

「あなたのために生きています。あなたが死んだら私も死ぬので、死ぬときは連絡してください。だいたい同じタイミングでこちらも死にたいので」


手紙にはそう書かれていた。

最後に差出人の名前と連絡先が記されていたが、マネージャーにすぐ取り上げられてしまった。


「気持ち悪いな、こいつ」


手紙を丸めてゴミ箱に捨てると、マネージャーが一言そう言った。


「せっかく書いてくれたんだから返事しないと」

「馬鹿か。こんなやつに返事書いたらつけあがるだけだぞ」

「でも最初に言い出したのは丸井さんでしょ。どんなファンレターにも返事を書きなさいって」

「まともなファンにだけでいいんだよ」

「でもこの人だって私にとっては数少ないファンだし…」

「お前な。そうやって健気に一人一人対応してたら、あとあと大変だぞ」


丸井というマネージャーに額を小突かれる。

最近離婚したという丸井は、このところイライラしていて口が悪い。

前より態度が悪くなったし、顔つきもこわくなった。

今年で確か40歳になると聞いていたが、歳をごまかしてるとしか思えないぐらい、老けている。


「玲花、お前もう少し向上心を持て」


皺の広がったスーツを着て、丸井はそんなことを言ってきた。

玲花という芸名は私の中にまだ浸透していなくて、呼ばれてもピンとこない。


「おい、聞いてるのか。お前に言ってんだぞ」

「あ、はい…。はい、がんばります」

「熱意がないんだよなぁ」

「…すいません」

「お前少しは拾ってくれた社長に感謝しろよ。お前よりポテンシャルある若い子もいるのに、社長直々にプッシュしてもらってんだからさ」

「はい、わかってます」


丸井の顔は国民的アニメに出てくるいじめっ子のようで、あまり目を合わせたくなかった。

丸井はあきらめて、というかあきれて、わざとらしいため息とともにその場から去っていく。

気配を感じなくなってからようやく安心して息ができる。

ソファに座って膝に置かれた自分の小さな手を見つめる。



しばらくしてスマホで文字を打ち始めた。



"別に生きる気なんてなかったし、死んだってよかったんだ。この国は死ぬことを悪とする。生きたくても生きれなかった人たちがたくさんいるのに、なんてことを言われても全く心に響かない。

なぜ人生の選択肢に死を入れてはいけないのだろう。

この地域が合わなかった。この国が合わなかった。この世が合わなかった。じゃあ離れるしかない。なぜそれが許されない?

私の選択を否定して私の人生を利用している男がいる。私は今、そいつのもとで働いて生きている。死という選択を否定されたから。でも今だってずっと死んだようなもんだ。


あぁ、どうすればいいんだろう、私"



そこまで打って、SNSにあげた。

誰とも繋がっていないアカウントで、私が誰かなんてわからないインターネット上で、私のやり場のない気持ちが浮遊している。



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