第5話 いらっしゃいませ♡エスケープ

呆然唖然、忽然と目の前から

気が付いた頃には


数分前まで話していた少女は消えた。否、分かっていた、目の前で、堂々と何をされているのかもはっきりと、この目で見ていた。あいつらが鼻歌混じりに、無駄なくらいに繊細な手つきでヒスイちゃんを連れて去るその一連の流れを。人攫いを。それでも体は一切動くことがなかった。抵抗をするための行動をただの一つも取れなかった。事情があって動かせなかったと言いたい。俺が唯一の人の為ににできることの筈の逃がす、そんな事すらもできなかった。



そんな後悔の最中、ザッザッと背後の地面が鳴る。

この足音、シオンか?

振り返ってみればそれは、図星だった。

ああ、しまった目が合った。目が合ってしまった。時間としては2時間弱ほど前に無事に俺が逃走を果たしたはずの


シオンだ。


「あ、」


焚き火の火から遠く、表情は見えない。

「やっぱりエスクだ。まだこんなところに居てくれてたの?

思ってたよりも逃げてないね。何か遭った?

逃さないって言ったけど失敗しちゃったな〜。あはははは」


「いやっ⁉︎大丈夫大丈夫なんの問題も無いさ。別にどうって事ない。大したことなんてこれっぽっちもない。だから改めて、俺は逃げるよ。

夜も遅いしおやすみ~…

ね?寝ようよ、ずっと隣居てくれたじゃん、家に帰ってね、寝ようか…?」


「エスクのためなら寝る理由なんか無いよ。でも、私から逃げた事ののカウントダウンはじめさせてもらうね」


「代償?え、カウントダウン?なんにするのぉこの俺に、」


つか俺そんな悪魔の契約みたいなことした覚えはないぞ?


再び、

俺はいたいけな幼馴染による生命の危機を感じた。


「えーっと じゅーう、きゅー、はー…」


「えっ、もう始まってんの⁉︎」

こんな時にまた気絶させられるとかは勘弁だ、こんな事ならいっそ、向かうか?

向かうって何処にだよ、行ってどうするっていうんだよ。


あ~もういいや、

アイツらの方向は分かるし、このまま直行だ。気絶させられるくらいなら忘れないと宣言した御恩に奉公しに行くか。

最悪だ、シオンのせいで変なスイッチが入ってしまった…

なんで会って数分の人間に命を賭けられるんだよもう、自分は馬鹿なのか?

どうしたらそんな思考に切り替わるんだよ。

急にパニクっておかしくなったのか?

薄情者じゃ無かったのか?


でも昼間はよく寝た、空腹は回復した。この場からは逃げておきたい。

俺の現実逃避の邪魔をされてしまったからには

それなりにやる事はやるべきだろう。

俺は現実逃避からは逃げないから。

折角の可愛い女の子との会話を邪魔した挙句、連れ去るとは。

やれやれだ。丸腰で乗り込んで次こそちゃんと格好つけてやるよ。

まあ、別に俺が強いわけでもなんでもねえよ?

でも、真島さんなら格好いい台詞とともに絶対に助けに行くから。お肉もおいしかったし、


「あのロリコンオネエどもが、行ってやる」


「いーち、ぜろ!」


「さーすがはシオン!よく分かってる。

そうだ、そうだよなぁ!」


家を出たときと同じ魔法シオンのわざで、


       俺は飛ぶ。


「スキル発動。


     逃走者エスケープ通常型弐式レベルセカンド

       

          遠方回避劇ロング・アヴォイド!」

珍しいものだ数少ない技を一日のうちに2度も使うことになるなんて。


そして、シオンは言う、

「それ程でも///…あ、これは照れちゃってもいいよね。にげちゃってらっしゃい


……あと、ぜったいに次こそは、だからね…」


最後の声のトーンは気になるが、

シオンは俺のことを誰よりも分かっている、

みたいだ。でも、やっぱりなんで一人で向かったんだよ俺ぇ…。

あ、気付くのがもっと早ければ荷物取ってきてもらえたかも知れなかったじゃん…

折角の自分の勇気に水を差しているが、実際の勇者って奴にだって

心、あるもんな。いいだろう、愚痴くらい。

だから本当にいいことなんか言ってられるわけもないんだよ。

幻滅はしないでくれよ。自分。



俺は暗い崖を沿ってシオンから逃げる。そして、あの男たち追っていく。足跡を見るに、行き先は俺が行く予定だった町らしい。行くのは本当に久しぶりになるが、数人は知り合いも住んでいる町だ。なるべく顔は合わせたくはないがいざとなれば頼ることだって出来る。

道も舗装されている場所が以前よりも増えている。


夜道でも街灯が地面を照らしている。それでも薄暗く、滝の下の町ということもあり

気温は暖かくはない。でも、走って、走って体が火照り始める。


「もしかして、俺って今、格好いいのかも。」


見えたっ!

ヒスイちゃんが居ない?


「今日はあの宿にしましょうか♡」


「俺は、別の部屋にしてくだいさいよ、長?」


「ふぅん。そう、いいわよ別に。遠慮なんかしないでちょうだい♡それにしても、あの子まだ来ないかしらねえ」


暢気に歩いてやがる。しかも、オネエの方は辺りを見渡して俺のなんかのことを警戒している。無理があるだろ、こんな俺の事を警戒するなんて。魔法も使えない事を余裕で見通してた癖して無駄に慎重だな。


「ん、ま〜そのくらいの事はいいわね。さっさと入りましょ」


無事に宿に入ってくれた…

部屋の明かりが着いたら入ろう。

ストーカーに慣れている訳じゃ決してないが、

ヒスイちゃんを連れていなくとも、話だけでも絶対に聞き出す!


カチャ。


こちらを見て、受付のおねーさんが座っている。本当になんとも無い普通の宿だ。

悪の組織っぽい奴らも大変なんだな。

でも、そんなのは知った事じゃない。


「あのー、おねーさん?さっき上に背ぇ高い

オネエとオッサン来ませんでしたか?」


「ああ、あの常連さんね。さっき上に上がったばかりだよ。確か、204号室だったっけ。」


「え、そんなに簡単に教えていいんですか⁉︎」

プライバシーのない事を…

しかも常連客だとは意外なものだ


「だって、

  4人分宿泊代払っていったんだもの。

  あなたも同行者じゃないの?」


あ、やべここは適当に…


「ああ、はいそうですよ。」



…今まで散々言い訳してきたの成果


気を取り直して階段を上がり、

そして、問題の部屋からは


「残念ねえ、まだ来てくれないだなんて。

敵役としては主人公を待っていたんだけど♡」


正義感じゃなくて、あの時、手も足も出そうと頭が即座に回らなかった俺への仕返しなのだが。悪いけど、ヒスイちゃんだけは。


薄暗い廊下のから、気配を潜ませていたが、

おそらく相手はプロだ。影の一つでも目に入れば即座に俺を見つけて…



「あら、なぁに?もう来てるじゃない。影が見えてるわよ。そこの小僧♡」


「相手は、プロだった。」


なんで、そうなるんだよ…

俺を視界にとらえて例のオネエは破面の笑み

を構えて俺に向かって。


「うふふ。当たり前じゃない。小僧

いらっしゃいませ♡ワ・タ・シの部屋へ。」

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