38 誓い
ヴィラン連合本部に到着した日村と原田は、バニーのいる場所まで走って向かう。
バニーがいるウエスタン調のバーカウンターに到着すると、日村は早速本題を切り出した。
「バニー、頼みがある」
「あらフォックス、どうしたの?」
バニーはいつも通り、女性らしい身体のラインを惜しげもなく晒している。だが、そこには不思議といやらしさは感じられない。姿勢がよく凛として見えるからだろうか。実は原田が気になっている人らしいのだが、奥手な原田はこれまで挨拶しかできていない。常日頃モヤモヤしながら見守っていた日村は、これを絶好の機会だと捉えていた。
「訓練中にヒバリが消えた。行方を探してほしい」
日村の言葉に、バニーは一瞬目を見張る。だが、すぐににやりと口角を上げると妖艶に頷いた。
「分かったわ。そうしたら、事務所に私の異能使用申請書を提出して頂戴。あと、広めの会議室を予約して」
「分かった。すぐに手配する」
バニーは嬉しそうだ。それも当然か、と日村は思う。日頃好きなものを抑制され続けているバニーは、こういう機会を絶対に見逃さず、最大限活用する。周りへの被害を考えるとそれも致し方ないことなのだろうが、自由気ままに異能を使えないのはさぞや辛かろう、と日村は同情していた。抑圧される苦悩を人一倍知る日村にとって、他人事とは思えなかった。
「ラクーン、お前は会議室を押さえて先にバニーと向かってくれ。俺は申請書を提出したら、ブツを用意してすぐ向かう」
「ラジャー! て、ええ!? 僕がバ、バニーさんと……?」
日村は原田の耳をグイッと引っ張ると、小さく耳打ちする。
「少しは話せ」
ごくり、と原田の喉が大きくなった。日村は原田を離すと、事務所に向かって走っていく。
タケルのことは勿論心配だが、犯人が日村の予想通りあの男ならば、タケルをどうこうすることはないと踏んでいた。何が目的でタケルを連れ去ったのかまでは不明だが、前回遭遇時に聞いたタケルの言葉が気になったのではないか。
タケルの気持ちは、分からないでもない。だが、タケルの父、田中は、『雷神』といてもいつも穏やかな表情を見せていた。タケルが激昂しそうだったので言わなかったが、あの二人の間には、何かしらの情や親愛のようなものがあったのだと日村は思っている。
――だが、何故あそこに奴がいたのかが謎だ。しかも、ターゲットは同じ。どう考えてもおかしい。
「なんかきな臭えな……」
平和な舞台の下に、得体のしれない何かが蠢いている。説明しようのない不穏な気配に、日村は背筋が薄ら寒くなることを止めることができなかった。
◇
「それでね――」
ぽつり、ぽつりと、ライトはタケルの父との思い出を語った。
家に人を入れたら相手を害してしまうのではと躊躇しているライトに、何も起こらないと身を以って実証してみせてくれたこと。
外に出るのが億劫で食事を抜いていたら、様々な惣菜を買ってきてくれたはいいが、量が多過ぎて二人でうんざりしながら三日間同じお惣菜を食べ続けたこと。
バイクに乗れなくて困っていたら、休日返上で練習に付き合ってくれたこと。
田中の財布にはいつもタケルの写真が入っていて、ライトがねだると嬉しそうに見せてくれたこと。
「田中さんは俺とタケルを会わせたかったみたいなんだけど、俺は怖くて断ってたんだ」
ライトがはにかんだ笑顔を浮かべた。
「……僕の何が怖いんだよ」
タケルはライトに「頼むから着てくれ」と言われたので、ライトのスウェットパンツを履いている。男だと分かっていても、網タイツの破れから見える肌がどうしても気になるらしい。ついでに白いTシャツも渡されたタケルは、言われるがまま素直に被ってしまった。どうも調子が狂う奴だと思う。
「……人はみんな怖い」
ライトがぼそりと言った。タケルは何と尋ねたらいいものかと考えあぐねて、結局は無言のままになってしまった。
先程まで感じていたタケルの怒りは、今はもうすっかり萎んでしまっている。これまでCMで見てきた『雷神』とも、沢渡から聞かされていた『雷神』とも、目の前にいるライトは全くの別人に思えた。本当は騙されているのでは――。そうとも考えてみたが、ライトの怯える態度は本物にしか見えない。
「田中さんは、優しかった。だから怖くなかった」
ライトは大きな図体で膝を抱えながら、膝の隙間から顔を覗かせた。
タケルはフー、と下に向かって長い息を吐くと、ライトを正面に見据えた。
「……じゃあ、本当にお前のせいじゃないって言うんだな」
「俺、田中さんには迷惑はいっぱいかけたけど、でも我儘を言ったつもりはないよ。ちゃんとおうちに帰って寝た方がいいよっていつも言った。だけど」
ライトが、膝の間に顔を埋める。
「だけど、田中さんは『やらないといけないことがあるんだ』って笑って言うから。俺もそれを手伝えるかって聞いたんだけど、大丈夫だ心配するなって」
タケルは愕然としていた。タケルは父が疲れているのは察していたが、そんな風に気持ちを伝えたことなどなかったからだ。これでは、ライトの方が余程父親想いの息子のようじゃないか。正直、全く面白くなかった。なんだって父は、こんな赤の他人にそこまで気を配ってやっていたのか。
タケルは目を閉じる。……そんなこと、簡単だ。父がそういう人間だったからだ。そしてそんな父だったからこそ、ライトも父を慕ったのだろうことも、考えずとも分かった。
「……じゃあ、父さんは何やってたんだよ」
タケルが頭を抱える。ライトはタケルの軍帽のつばをそっと指で押し上げると、心配そうにタケルを見つめてきた。
「タケル、俺もそれを知りたい」
真摯な眼差しで見つめられることに居た堪れなくなったタケルは、顔を伏せる。するとウィッグが持ち上がってしまい、ライトが慌て出した。
「か、髪の毛取れちゃった!」
「カツラだよ、カツラ。カツラも知らないのか」
タケルが不貞腐れ顔で軍帽とウィッグを取ると、ライトは感心したように眺める。タケルの顔に残る覆面を見て、へら、と笑った。
「タケル、顔見せて」
「……見せたら協力するか」
「うん、協力するから」
こいつに、本当に裏表はないだろうか。信用できるほどの材料はない。だが、父のことを話す時のライトの嬉しそうな表情だけは疑いようがなかった。
迫力があるかどうかは分からなかったが、ギロリと睨むだけ睨んでみる。
「――裏切ったら殺す」
「裏切らないよ。だってタケルだもん。誓う」
祈るように見つめられたタケルは。
「……今の言葉を忘れるなよ」
するりと覆面を取ったのだった。
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