36 暴露
ベッドに膝を突いたままタケルを見上げる『雷神』の目には、敵意を感じない。それが余計に不気味だった。
「……仲間に無事を知らせたいんだけど」
「ねえ、聞きたかったんだ」
『雷神』は、やはりタケルの話を聞こうとしない。こいつはこういう奴なのか。父はこいつのこういう態度に振り回されていたのか。掛け違いのような違和感に、不快感が募る。
父は優しい人だった。穏やかな人だった。それ故に『雷神』のこういった言動に疲弊していったのかと思うと、目の前の男を今すぐ罵倒したくなった。
「俺、君のお父さんに何かしたのかな」
いきなり確信を突いてきた。だが、これはいい兆候でもある。『雷神』が沢渡が匂わすような傍若無人で唯我独尊な男だとしたら、タケルの父を間接的に死に至らしめたことすら顧みない可能性があったからだ。
だがタケルのあの一言がずっと引っかかっていたのならば、少なくとも人の心はあるという証明になる。人の心があるのなら、反省することも可能なのではないか。
「……あんたの周りで、最近人が死ななかったか」
シュウウウ、という蒸気が絶え間なく吹き出す音の中で、タケルの声がやけに響いて聞こえる。相変わらずこの部屋の湿度は異様に高い。タケルの肌は、汗なのか湿気なのか判別のつかないものでべたついており、不快だった。
『雷神』はシュン、としおらしく項垂れると、タケルの問いに答える。
「……去年、大切な人が死んだ」
大切な人。それは父のことか。だが、大切と思っていた人を死に至らしめるだろうか。
「それは、なんて人」
声が震えそうになる。知らない人の名前だろう、きっとそうに違いない。タケルはそうであることを願わずにはいられなかった。
『雷神』は、タケルをじっと見つめたままだ。瞳の色は薄いグレーで、一瞬吸い込まれそうになってぞくりとした。
何をしている、しっかりしろ。自分を必死で奮い立たせる。
「……田中さん」
『雷神』がその名を口にした途端、タケルの中の理性が吹っ飛んだ。異能の右の拳で、力いっぱい『雷神』の顔面を殴る。
「ぐわっ!?」
『雷神』が、後ろに倒れて尻もちを突いた。突然どこからともなく頬を殴られた『雷神』は、何が起きたか理解できていないのだろう。たらりと垂れてきた鼻血を手で受け止めながら、呆然としているだけだ。
「――どの口が言ってんだよっ!」
もう一発、今度は異能の左の拳を『雷神』の顔面にぶつけた。タケルの手の動きで、『雷神』はようやく理解したようだ。鼻血を受け止めていない方の手をタケルに伸ばし、待ての仕草をする。
「ま、待って、何でいきなり怒って」
「あんたが今言ったのは、僕の父さんだ!」
タケルは叫んだ。顎がガクガクと震えていると思ったら、全身がおかしいくらいに震えている。これは怒りの震えだ。父を追い詰めた奴が、どの口で父のことを大切な人だったと言うのか。
あり得ない。信じられなかった。
「え? でも、田中さんには息子がひとりだって……」
ヴィランの正体は、ばれてはならない。同じヴィラン連合の中でも、誰も晒さない。ましてや仮想敵であるヒーローにばらすなど、愚の骨頂だ。だけど、だけど――。
タケルはベッドの上で立ち上がると、胸元のジッパーに手を伸ばした。
「いいか! 目ん玉ひん剥いてよーく見てろ!」
タケルの動作に、『雷神』はタケルが何をしようとしているのか察したらしい。
「え!? ちょっと待って! 何して……!」
鼻を押さえていた手を離し、自身の目を覆い隠そうとした。フローリングの床に、ボタボタと血が落ちる。
「うるせえ! 見てろっつってんだろ!」
タケルは『雷神』をもう一度ガン! と異能で殴りつける。『雷神』は呻き声を上げると床に両肘を突いた。先程よりも、鼻血の量は明らかに増えている。
ざまあみろだ――! 興奮してまともに働いていない頭の中で叫びながら、タケルはマントを外し、ベッドの上に放り投げた。雷神は血だらけの顔を赤らめながら、あんぐりと口を開けつつタケルを見上げている。
タケルは上のボンテージ服のジッパーを勢いよく下げた。
『雷神』が咄嗟に顔を背ける。
「ちょ! うわっま、待って!」
「目え開いてしっかり見やがれっつってんだろうがっ!」
どこぞの岡っ引きのような口調で高らかに言い放ったタケルは、服の奥から出てきた割と貧相な裸を見せるべく、腰に手を当てふんぞり返った。
所在なさげに目線を彷徨わせていた『雷神』が、どうしたって興味はあるのだろう、タケルの身体を一瞬見る。だがすぐに目線を外し、暫く考え込むように停止する。
今度はギギギ、と音が鳴りそうなぎこちなさで、目を見開きながらタケルの方に顔を向けた。タケルの裸を凝視しながら固まっている。『雷神』が心底驚く様子に、少し爽快感を覚えた。
「僕はな!」
『雷神』に向かって中指を突き立てる。
「男だ! ばーかっ!」
タケルの宣言が、広々とした部屋に鳴り響いた。
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