第14話 それは甘さではなく、あなたの優しさですわ ~エーデルの過去・ローズマリーの胸騒ぎ~

 全ブロックの二回戦が終わり、準決勝へと進む四人の淑女が決定した。

 御三家の令嬢が二回戦で二人も敗退するという波乱の展開の中、ローズマリーは順当に勝利し、準決勝に駒を進めていた。

 このまま順当に進めば、リディアは決勝でローズマリーと戦うことになるだろう。

 ——その前に、準決勝でリンネ=シュバルツを倒さなくては。


 更なる研鑽を積むために、リディアはフォルンシュタイン家へと赴いた。


「……こんな所におりましたのね」

 リディアは、エーデルに声をかけた。

「ああ、君か。……私に何か用かな?」


 そこは、フォルンシュタイン家から程近い丘の上の墓地だった。

 出迎えてくれた使用人に尋ねたところ、エーデルはここにいると教えてもらってやって来たのだ。


「あなたに稽古をつけてもらいたくて来たのだけど……、日を改めた方がよろしいかしら?」

「いや、構わないよ。ちょうど帰ろうとしていたところだからね」


「それは、誰のお墓ですの……?」

 リディアは尋ねた。

「これはね、私の友人の墓だよ。ライバルだったんだ。——私が殺してしまった」

「えっ……?」



 *****


「なるほど、回転動作の重心移動を利用しておりますのね……」

「そうだよ、決して腕力だけで投げてるわけじゃない。本来は、相手を痛めつけずに無力化するための技なんだ」

 突然やって来たにも関わらず、エーデルはリディアに快く稽古をつけてくれた。


 試しに何度か技をかけてもらったが、力を入れているようには見えないのに驚くほど簡単に投げられる。——だが、「簡単に」できるようになるまでに、エーデルはかなりの修練を積んだのだろう。


「あなたは打撃だけでも十分強いのに、どうしてこういった技を覚えようと思いましたの?」

 リディアは率直にエーデルに尋ねた。

 戦ってみた正直な感想だが、体格に恵まれたエーデルは打撃系だけで十分相手を圧倒できる。並の淑女では彼女に勝つことはできないだろう。


「……私は、決闘の際に友人を殺してしまったことがあるんだ」

 エーデルは、わずかに表情を曇らせた。

 決闘中の死亡事故は『名誉の死』として扱われ、罪に問われることはない。——だが、その事件はエーデルの心に傷を残した。


「ごめんなさい、無神経なことを聞いてしまいましたわね……」

「いや、いいんだよ。……それ以来、私は本気で相手を殴れなくなった。無意識に力をセーブしてしまうんだ」

 しかし、御三家に生まれた令嬢として、闘わないことは許されなかった。もちろん、無様に負けることも許されない。

「だから、なるべく相手を傷つけずに制圧できる技を覚えたんだ。……まあ、要するにね、私は甘いんだよ。人を殺してしまうことが怖いんだ」


「いいえ、それは甘さではなく、あなたの優しさですわ」

「……ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ、リディア」

 そう言って、エーデルは微笑んだ。


 ——人を殺してしまうことが怖い、か。

 リディアは羨ましかった。そう思える環境で育ったエーデルのことが。——相手を殺すために拳を振るっていた時代が、リディアにはあるからだ。



 *****


「今日はありがとう、とても勉強になりましたわ」

 稽古を終えて、リディアはエーデルに丁寧に頭を下げた。

「構わないよ、私も色々と学ばせてもらった。……君はとても飲み込みが早いね」


 ふと話題を変えて、エーデルはリディアに尋ねた。

「ところでリディア、君がもし今回の宮廷武闘大会で優勝できたら、本当にルドルフ殿下と婚約するつもりかい?」

「それは……、もし叶うなら、そうしたいと思っていますわ」


「そうか……」

 エーデルは、少し複雑な顔をした。

「何か、問題でもございますの……?」


「いや、実はね、ルドルフ殿下は昔からローズマリーと懇意なんだよ。……恋仲というわけではないんだけどね。幼なじみというか……」

「まあ……、そうでしたの」

 当然、リディアにとっては初めて聞く話だ。


「ローズマリーは今回の武闘大会の優勝候補だ。ゲオルク皇帝としては、彼女が優勝したらその流れで正式にルドルフ殿下の婚約者にする筋書きなのだと思うよ」

「なるほど……。それで、まさか私にわざと負けて欲しいなんて言うわけではありませんわよね?」


「まさか、そんなことは言わないよ。……ただ、ローズマリーにも負けられない理由があるということを知っておいてほしい」

「……私のポジションは二人の仲を引き裂こうとする悪役……というわけですのね」

「まあ、ローズマリー側から見ればそうなってしまうね」

 エーデルはそう言って苦笑した。



 *****


 一方、ローズマリーも準決勝へと向けてトレーニングに励んでいた。


「……まさか、エーデルとオリーブが二回戦で負けるなんて。オリーブの様子はどうですの?」

「オリーブ様は、命に別状はないとのことです。……ただ、内臓を損傷しているらしく、しばらくは入院することになるかと」

 ローズマリーの問いに、メイドはそう答えた。


「そう……、回復したらお見舞いに行かなくてはね。——それで、オリーブを倒したリンネ=シュバルツという令嬢は何者ですの?」

「……はい。調査によりますと、どうやら国外から移住してきたようです。爵位は彼女の保護者が金で買ったようですね」

「国外から……? なるほど、どうりで聞いたことがない名前だと思いましたわ」

「はい。……なので、残念ながら過去の決闘記録などのデータは見つけられませんでした。もう少し国外の情報網も調べてみるつもりですが……」


「分かりましたわ。……引き続き、リンネ=シュバルツについての情報を集めて頂戴」

 ——リディアか、リンネか。

 どちから勝った方が、決勝でのローズマリーの対戦相手となるのだから。


「承知いたしました、お嬢様」

 メイドはそう言って頭を下げた。


「ああ、それと。……ルドルフ殿下のご様子はどうなのかしら?」

 下がろうとしたメイドを引き止めて、ローズマリーは尋ねた。

 ルドルフは、ここしばらくずっと公式な場に姿を現わしていない。——もしかして、重いご病気なのかしら。


「それが、残念ながらルドルフ様の近況については情報がなく……。申し訳ございません……」

「そう……」

 ローズマリーは違和感を覚えた。

 ——全く情報がないというのは、逆におかしい。誰かが故意に何かを隠そうとしている……?


「できたら、ルドルフ殿下の近辺についても調べられるかしら……?」

「承知いたしました、お嬢様。可能な限りお調べいたします」


 ——ルドルフに、何事もなければいいのだけど。ローズマリーは、得体の知れない胸騒ぎを覚えていた。

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