第17話 それは甘さではなく、あなたの優しさですわ

 全ブロックの二回戦が終わり、準決勝へと進む四人の淑女が決定した。


 御三家の令嬢が二回戦で二人も敗退するという波乱の展開の中、ローズマリーは順当に勝利し、準決勝に駒を進めていた。

 このまま順当に進めば、リディアは決勝でローズマリーと戦うことになるだろう。


 ――その前に、準決勝でリンネ=シュバルツを倒さなくては。

 更なる研鑽を積むために、リディアはフォルンシュタイン家へと赴いた。


「ようこそいらっしゃいまいた、リディア=マイヤール様」

 フォルンシュタイン家の老執事が、丁寧に頭を下げてリディアを出迎える。


「突然押しかけて申し訳ありません。……エーデル様はいらっしゃるかしら?」

「それが、お嬢様はちょうど外出しておりまして……。今は、墓地の方におられるかと……」

「墓地……?」


 フォルンシュタイン家の屋敷を見下ろす丘の上には、小さな墓地があった。

 執事に場所を教えてもらい、リディアは墓地へ足を向ける。


 小雨が降ったばかりで、地面は湿っていた。空にはまだ灰色の雲が残っている。

 エーデルは、とある墓に花を供えていた。――どうやら、家族の墓ではないようだ。


「……こんな所におりましたのね」

 リディアは、エーデルに声をかけた。


「ああ、君か。……私に何か用かな?」

「あなたに稽古をつけてもらいたくて来たのだけど……、日を改めた方がよろしいかしら?」


「いや、構わないよ。ちょうど帰るところだったからね」

 柔らかく微笑んで、エーデルは答える。


「それは、誰のお墓ですの……?」

 リディアは尋ねた。


「これはね、私の友人の墓だよ。ライバルだったんだ。――私が殺してしまった」

「えっ……?」



 ***


 エーデルにはかつて友人がいた。名前はリナリア。


 幼い頃から共にトレーニングに励んだ親友であり、ライバルだった。

 体格に恵まれたエーデルは子供の頃から強く、同世代の相手に負けたことはなかった。


「私、いつか絶対エーデルより強くなるんだから……!!」


 それが、リナリアの口癖だった。彼女は負けん気の強い少女だった。

 リナリアと毎日のように手合わせしながら、エーデルは心のどこかで慢心していた。――自分が負けるはずがない、と。


 しかし、リナリアは何度負けてもエーデルに挑んできた。

 諦めずにトレーニングを積んで、リナリアは戦うたびに強くなっていった。


 そんなある日のことだった。

 リナリアの決闘を受けたエーデルは、彼女の成長を痛感することになった。エーデルの攻撃の裏をかき、リナリアは確実に打撃を与えてくる。


 ――このままでは、負ける。

 エーデルは、初めて敗北の予感を覚えた。


 ――嫌だ、負けたくない……!!

 全力で踏み込み、エーデルは渾身の力でリナリアを殴った。エーデルの拳は、確実に芯を捉えていた。


 骨が砕ける鈍い音がした。

 気が付くと、リナリアの体は床に倒れていた。首の骨が折れて、あらぬ方向に曲がっている。


「……リナリア……?」


 血の気が引いた。

 救護チームが慌てて駆けつけたが、何をしてももう遅いことは誰の目にも明らかだった。


 決闘中の死亡事故は『名誉の死』として扱われ、罪に問われることはない。

 だが、自分の拳で親友の命を奪ってしまったことは、エーデルの心に深い傷を残した。


 それ以来、エーデルは本気で相手を殴ることができなくなった。無意識のうちに力をセーブしてしまうのだ。

 しかし、御三家に生まれた令嬢として、闘わないことは許されなかった。もちろん、無様に負けることも許されない。


 だから、エーデルはなるべく相手を傷つけずに制圧できる技を覚えた。――それが、合気道。

 エーデルの両親が彼女のために遥か東方より招いてくれた師匠から、エーデルはそれらの技を教わった。



 ***


「なるほど、回転動作の重心移動を利用しておりますのね……」

「そうだよ、決して腕力だけで投げているわけじゃない。……本来は、相手を痛めつけずに無力化するための技なんだ」


 突然押しかけたにも関わらず、エーデルはリディアに快く稽古をつけてくれた。

 フォルンシュタイン家の稽古場で、試しに何度か技をかけてもらった。力を入れているようには見えないのに、驚くほど簡単に投げられる。――だが、「簡単に」できるようになるまでに、エーデルは相当な修練を積んだのだろう。


 エーデルの過去の話を聞いて、リディアは理解した。戦いの中で感じた違和感の正体を。

 ――エーデルは、わざと手を抜いていたわけではなかったのだ。


「君と戦っていて、リナリアのことを思い出したよ。彼女も、何度倒れても向かってくる子だった」

「そうでしたの……」


「……まあ、要するにね、私は甘いんだよ。人を殺してしまうことが怖いんだ」

 自嘲気味に、エーデルは言った。


「いいえ、……それは甘さではなく、あなたの優しさだと思いますわ」

「……ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ、リディア」


 そう言って、エーデルは微笑んだ。同性でもうっかり恋に落ちてしまいそうな笑顔だ。

 エーデルに女性ファンが多い理由もよく分かる。


「私が本気で相手を殴れないことに気づいたのは、御三家を除けば君が初めてだよ。……君に負けて、私もようやく吹っ切れた。もう一度、修行をやり直すことにするよ」

「私は殴られてもそう簡単には死なないから安心して下さいまし。――また闘いましょう、エーデル」


 ――人を殺してしまうことが怖い……か。


 リディアは少しだけ羨ましく思った。そう思える環境で育ったエーデルのことが。

 相手を殺すために拳を振るっていた過去が、リディアにはあるからだ。




「今日はありがとう、とても勉強になりましたわ」

 稽古を終えて、リディアはエーデルに丁寧に頭を下げた。


「構わないよ、私も色々と学ばせてもらった。……君はとても飲み込みが早い。天性のセンスがあるのかな」

 ふと話題を変えて、エーデルはリディアに尋ねた。


「……ところでリディア。君がもし今回の宮廷武闘大会で優勝できたら、本当にルドルフ殿下と婚約するつもりかい?」

「それは……、もし叶うなら、そうしたいと思っていますわ」


「そうか……」

 エーデルは、少し複雑な表情をした。


「何か問題でもございますの……?」

「いや、実はね、……ルドルフ殿下は昔からローズマリーと懇意なんだよ。正式な恋仲というわけではないんだけど、幼馴染というか……」


「まあ……、そうでしたの」

 当然、リディアにとっては初めて聞く話だ。


「ローズマリーは今回の武闘大会の優勝候補だ。ゲオルク皇帝としては、ローズマリーが優勝したらその流れで正式にルドルフ殿下の婚約者にする筋書きなのだと思うよ」

「なるほど。……それで、まさか私にわざと負けて欲しいなんて言うわけではありませんわよね?」


「まさか、そんなことは言わないよ。君には正々堂々とローズマリーと戦って決着をつけてほしい。……ただ、ローズマリーにも負けられない理由があるということを知っておいてほしかったんだ」


「……私のポジションは二人の仲を引き裂こうとする悪役……というわけですのね」

「まあ、ローズマリー側から見ればそうなってしまうね」

 エーデルはそう言って苦笑した。


 ――ルドルフ殿下とローズマリー様は、きっと想い合っておりますのね……


 二人の仲を引き裂くのは、リディアとしても本意ではない。

 だからと言って、今さら戦いを放棄するわけにはいかなかった。――それは、リディアに宮廷武闘大会の参加権をくれたローズマリーに対して失礼というものだ。

 やはり、正式に拳で決着をつけるしかなかった。

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