鮮血令嬢リディアの華麗なる闘い ~うなれ必殺の右ストレート!!婚約破棄された最凶令嬢は武術を極めて皇帝の妃を目指す!!~
第16話 とどめは確実に刺しておく主義ですのよ!!~宮廷武闘大会二回戦(2)~
第16話 とどめは確実に刺しておく主義ですのよ!!~宮廷武闘大会二回戦(2)~
――エーデルは、確かに強い。でも、これが本当に彼女の全力なのかしら……?
エーデルの蹴りの一撃は、ガードした腕が痺れるほどの威力だった。――でも、ガードできる程度の攻撃が本当に『全力』と言えるだろうか?
エーデルの体格とスピードなら、もっと威力があってもおかしくない。彼女が『全力』だったなら、ガードした腕ごと骨をへし折られ、リディアは負けていたかもしれない。
「……これが本当に、あなたの全力ですの?」
リディアは思わず、そう尋ねていた。
「心外だね。……私が手加減しているとでも?」
「もしそうなら許しませんわ」
――全力を出すまでもない相手だと思われているのかしら。御三家ゆえの余裕、あるいは慢心……?
リディアのプライドは、少なからず傷ついた。
だが、もしエーデルの心に油断があるのだとしたら、リディアにとってそれは勝機でもある。
――後悔させてやりますわ。私を舐めてかかったこと。
リディアは呼吸を落ち着けて、全神経を集中させる。
――『気』の流れを読め。
相手の呼吸、筋肉の動き、重心の変化――。それを読み取ることができれば、相手が動き出す前に次の行動が分かる。
先に動いたのは、エーデルの方だった。
今度もまたリディアの間合いの外側からの蹴り――、だが、それはフェイクだ。本当の狙いは踏み込んでからの右ストレート。
リディアは、エーデルの攻撃にタイミングを合わせてカウンターを放つ。
一瞬、エーデルがニヤリと笑ったように見えた。
――エーデルは、リディアがフェイントを見破ってカウンターを放ってくるところまで読んでいる。その手首をつかんで投げ、今度こそ関節を破壊するつもりで極めにくるだろう。
リディアは、そこまでエーデルの考えを読んでいた。
カウンターでパンチを打つように見せてエーデルの懐に入り込み、流れるような動作でエーデルの腕と襟首をつかんだ。そのまま振り向きざまに体勢を低くして、エーデルの体を背負うような形で背中から床に投げつける。
「なっ……!?」
まさか自分が投げられるとは思っていなかったエーデルは、思わず驚きの声を漏らした。
『背負い投げ~~!! 今度はリディア様がエーデル様を投げた~~!!』
『リディア様が投げ技を見せるのは初めてですね。……驚きました』
だが、まだ終わっていない。
エーデルは即座に起き上がって反撃に転じてくるだろう。
――まだですわ。反撃の隙なんて与えませんわよ……!!
リディアはエーデルにとどめを刺すように、起き上がろうとする彼女の顔面に容赦なく右ストレートを叩きこんだ。
グチャッと鼻骨の潰れる感触が拳に伝わってくる。観客席のエーデルのファン達から悲鳴が上がった。
――また、アンチが増えてしまいますわね……
『エーデル様、……起き上がらない! 大方の予想を覆し、Aブロック二回戦、勝者はリディア=マイヤール伯爵令嬢~~!!』
『リディア様、高度な読み合いを制しての見事な勝利だったと思います』
歓声とブーイングの中、リディアは優雅に一礼する。
ギリギリまで張り詰めていた緊張の糸が解け、リディアは高揚感に包まれていた。
インターバルを挟んで、すぐにBブロックの二回戦が始まる。
リディアは観客席に移動して、戦いの開始を待っていた。
Bブロック二回戦には、オリーブ=グランフィールという御三家の令嬢が参戦する。
対戦相手の令嬢のことはよく知らなかったが、勝った方が三回戦(準決勝)でのリディアの対戦相手になるのだ。
順当に行けば勝つのはオリーブの方だろうが、いずれにせよ、この戦いはしっかりと見ておく必要があった。
「……やあ、隣に座ってもいいかい?」
その時、リディアに話しかけてくる者があった。
「エーデル様……。もう大丈夫ですの?」
治療を終えたエーデルがそこに立っていた。彼女の鼻は大きなガーゼで覆われている。
「ああ、これでも体の頑丈さには自信があってね。……それでも、最後の一発は効いたよ」
「とどめは確実に刺しておく主義ですのよ」
「その判断は正しいよ。……私には、慢心があったのだろうね」
リディアが勝利できるタイミングは、恐らくあの一瞬しかなかった。――勝利するチャンスを逃さないこと。それが、強者の条件である。
「……ところで、投げ技なんて一体いつ習ったんだい?」
エーデルは尋ねた。
リディアには打撃しかないと、エーデルは思い込んでいたのだろう。それがエーデルの敗因の一つだった。
「サラ=ヴァティスという令嬢に頭を下げて教えてもらいましたのよ」
「君と予選で戦った令嬢か。……なるほど。私は君の向上心に敗れたんだね」
エーデルは、納得したように頷いた。
彼女は、悔しさよりも何故か、どことなく吹っ切れたような表情をしていた。
『間もなくBブロック二回戦開始の時間っスよ~!! 皆様おトイレは済ませたっスか~~!?』
会場内にシトリンの声が響き渡った。
『Bブロック二回戦の対戦者は~~!! Aブロックに引き続き御三家の一角、清廉なる深窓の姫君、オリーブ=グランフィール侯爵令嬢!』
オリーブ=グランフィールは、若葉を思わせる淡い萌黄色の長い髪をなびかせながら入場してきた。髪に合わせた色のゆったりしたドレスを着ている。
ドレスの裾を広げ、オリーブは優雅な動作で一礼した。
『対するは……、圧倒的な強さで予選および一回戦を勝ち上がった謎の黒き淑女、リンネ=シュバルツ男爵令嬢~~!!』
現れたのは、長い黒髪を高く結い上げてポニーテールにした少女だった。彼女の黒髪に合わせた漆黒のドレスを着ている。切れ長の黒い瞳には、どこかミステリアスな魅力があった。
リンネも一礼するが、その動作は少しぎこちない。
二人の淑女が向かい合う中、戦いのゴングは鳴った。
先に動いたのは、オリーブの方だった。長いスカートをものともしない速度で一気にリンネと距離を詰め、目で追えないほどの速度で攻撃を放った。
蹴りと拳の流れるようなコンビネーションだ。
「速い……、三発……?」
「――いや、四発入れたね」
リディアの言葉を、エーデルが訂正する。リディアの動体視力ですら捉えきれないほどの速さだった。
『開始早々オリーブ様の連続攻撃~~!! しかし、リンネ様には効いていない……!?』
『今の攻撃を、全てガードしたようですね……』
一瞬で四発入れるオリーブの攻撃速度も恐ろしいが、リンネはそれをすべて見切っている……ということか。底知れない実力に、リディアは背筋がゾクリとした。
それからしばらくは、オリーブが一方的に攻撃する展開が続いた。
さすがは御三家の令嬢、攻撃のスピードもフェイントの上手さも申し分ない。リディアが戦っても果たして勝てるかどうか……という強さだ。
しかし、リンネはそれらの攻撃の全てをガードし、あるいは受け流していた。驚異的な動体視力と反射神経である。
淡々と攻撃をさばくその様子は、華麗だがどこか得体の知れない不気味さを感じさせるものだった。――観客席のリディアですらそう感じるのだ。直接相対しているオリーブが感じるプレッシャーは相当なものだろう。
事実、オリーブの表情には徐々に焦りの色が見え始めていた。
「な……、何なんですの、あなた……!?」
焦りのあまり、オリーブの攻撃が大振りになる。
「……駄目だ、オリーブ」
隣で見ていたエーデルが呟く。
オリーブ自身も自らのミスに気づき、「しまった」という顔をした。――だが、その時にはもう遅かった。
オリーブの回し蹴りを、リンネは指一本で止めた。
「あなたの実力はもう分かった」
そう言って、リンネはオリーブの腹部に掌底を当てた。
たったそれだけの動作で、オリーブの体は大きく吹き飛んだ。口から血を吐いて、オリーブの体はあっけなく地面に倒れる。
『お、オリーブ様、吹き飛ばされた~!! 一体何が起こった……!?』
『ただの掌底……に、見えましたが……』
解説の神崎ですら困惑している。
――しかし、リディアは今の技を知っていた。
「今のは……、発勁……!?」
発勁は『気』の力を操り、わずかな動作で大きな破壊力を生む技である。オリーブは恐らく、内臓に大きなダメージを受けたはずだ。
「……君が一回戦でメイベルを倒した技に似ていたね」
「ええ……。でも、どこであんな技を……」
エーデルの言う通り、一回戦でリディアが使った『寸勁』は発勁の一種である。
その技は、リディアが昔の師匠に教えてもらった技だった。
――リンネは、どこであの技を取得したと言いますの……?
リディアは困惑した。
『オリーブ様、起き上がらない……!! Bブロック二回戦の勝者は、リンネ=シュバルツ男爵令嬢……!! Aブロックに続いて御三家の令嬢が敗れるという大番狂わせだ~~!!』
「まさか、オリーブがあんな簡単に敗れるなんて……」
エーデルは、信じられないと言いたげな顔をしていた。
観客席からも、歓声より困惑のようなざわめきが上がっている。
そんな会場の雰囲気は一切気にすることなく、リンネはペコリと一礼して舞台を後にした。
リンネは、去り際に一瞬だけリディアの方を一瞥した――ような気がした。
リディアは背筋を冷たい汗が流れるのを感じた。
――リンネ=シュバルツ。彼女が私の準決勝での対戦相手……
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