第11話 宮廷武闘大会特別生番組『突撃!!隣のご令嬢!!』

 エーデルワイス=フォルンシュタイン。

 ネオエルシア帝国における有力貴族である「御三家」の一つ、フォルンシュタイン家の令嬢である。女性でありながら180cmという高身長とその美貌から、男よりも女にモテる男装の麗人だ。


 実際、エーデルのファンは8割が女性だった。

 中には過激なファンもいるようで、一回戦が終わった頃からリディアの元には嫌がらせのようなメールが大量に届いていた。


「まったく……、暇なことをする連中もいるものですわね……」

 メールを開きもせずにまとめてゴミ箱に放り込み、リディアはため息をつく。ただでさえ、先日メイベルをボコボコにしたことでアンチが増えたというのに。


 ——そんなことより、エーデルとどう戦うか考えないと。

 リディアはエーデルの過去の決闘映像を見て研究していた。


 エーデルは強い。ほとんどの戦いを一瞬で終わらせている。相手の手首をつかみ、円を描くような美しい動作で投げる。

 ほとんど力を入れているようには見えないのに、相手は簡単に投げ飛ばされ、次の瞬間には勝負は終わっている。


「何なのかしら、この投げ技……」

「……確か、リディア様と予選で戦った令嬢も投げ技を使っていましたよね」

 一緒に映像を見ていたフラムが言った。


「ええ、でも、あれとは何か違うような……」

 ——そういえば、予選で戦った彼女は何て名前だったかしら。……そう、確か、サラ=ヴァティスだ。



 *****


 予選で敗退した淑女サラ=ヴァティスはその頃、まだ帝都に滞在していた。

 ——せっかく苦労して宮廷武闘大会の参加権を得たというのに、結果は予選敗退という惨憺たる有様だった。一体どんな顔で地元に帰ればいいというのか。

 そんなわけで、開き直って帝都で観光を楽しんでいるのだ。——別に元から観光してみたかったとかそんなわけではない、断じて。


 地方では見たことのない様々な店が建ち並び、大勢の人が行き来する都会の様子にサラは一人で胸を躍らせていた。

 その時だった。街中のとある公園に人だかりができているのが目に入った。


「全国八千万人の帝国国民の皆様こーんにーちわ~~!! シトリンっス!! 宮廷武闘大会特別生番組、『突撃!!隣のご令嬢!!』の時間っスよ~~!!」


 何やら聞き慣れた声が聞こえてきて、サラは人だかりの方に足を向けた。

 どうやら、帝国国営放送の公開収録が行われているようだ。


「本日は宮廷武闘大会ベスト8の一人、皆様お馴染み『鮮血令嬢』ことリディア=マイヤール伯爵令嬢にゲストとしてお越しいただいているっス!!」

「ごきげんよう、皆様」

 シトリンに紹介されて現れたのは、サラが忘れたくても忘れられない仇敵、リディア=マイヤールだった。

 ——こ、こんな所でこやつの顔をもう一度見ることになるとは……


 サラは思わず苦虫を嚙み潰したような顔をする。だが、ふと悪だくみを思いついてニヤリと笑った。

 ——いや、これも何かの縁じゃ。見ておれ、生放送で恥をかかせてやる……!!


 公開収録は、しばらく和やかなトークが続いた。

 観客からの質問やリクエストに応えつつ、番組は滞りなく進行していく。


「さて、リディア様と言えば強力な右ストレートが特徴ですが、ここでその威力を見せて頂こうと思うっス!!」

 シトリンがそう言うと、番組スタッフが何枚もの木の板を重ねたセットを運んできた。板は一枚につき3cm程度のしっかりした厚みがある。それが10枚ほど重なっていた。


「こちらに用意した木の板をパンチで叩き割ってもらうっス!! 果たして何枚目までぶち破れるのか!?」

「……よろしくってよ」

 リディアはおもむろに椅子から立ち上がり、セットの前に移動する。


 観客たちから拍手が上がる中、サラはその様子をほくそ笑みながら眺めていた。

 先ほどのトークの間にスタッフの一人を気絶させて裏方に紛れ込んだサラは、こっそりと木の板の間に鉄板を仕込んでおいたのだ。

 ——ふふ、生放送で大恥をかくがいい……!!


 そんなサラのたくらみなど露知らぬ様子で、リディアはセットの前で気合を入れる。

「————ハッ!!!」


 リディアが突き出した拳は、いとも簡単に全ての板を叩き割った。

 客席からは拍手と歓声が巻き起こる。


 ——あ、あれ……? 確かに鉄板を仕込んだはずなのに……

 サラが困惑する中、番組は何事もなかったかのように進行する。


「すっ、すごい……!! これが必殺の右ストレートの威力……!!」

「何やら少し硬い板も混ざっていたようですけど、まあ誤差の範囲でしたわ」

 そう言ってリディアはにっこりと微笑む。


 ——こ、こ、こやつ、鉄板ごとぶち折りおったのか……!!?

 その事実に気づいて、サラは背筋が寒くなった。——化物、こいつは化物じゃ……!!


「『突撃!!隣のご令嬢!!』、本日のゲストはリディア=マイヤール様でした!! 皆様もう一度盛大な拍手を!!」

 和やかに番組が終了する中、サラはその場から逃げようとしていた。

 しかし、その肩を不意にガシッと掴まれる。


「ひぃっ……!?」

 サラは思わず情けない声を上げた。リディアがにこやかに微笑みながら、サラの背後に立っていた。


「……ごきげんよう、サラ。こんな所で何をやっておりますの? 裏方のバイトかしら?」

「ひ……、人違いですじゃ……」

「あらあら、ボケるにはまだ早くってよ? 先日私に負けて予選敗退したサラ=ヴァティスですわよね?」

 血のような紅い瞳に見据えられて、サラは心臓がすくみ上がった。——蛇に睨まれたカエルというのはこんな気分だろうか。


「わ、わ、わらわは何もやっておらぬぞ……!?」

 サラはとりあえず、全力でしらばっくれることにした。

「……何のことを言っておりますの?」

 リディアはキョトンとした顔をしている。


 ——こやつ、もしかして鉄板の仕込みに気づいておらんのか……? いや、それはそれで怖い。怖すぎる。

 サラはひとまず胸をなでおろしつつ、別の意味でゾッとする。


「な、何じゃ。わらわに何の用じゃ? お主に負けたわらわのことを馬鹿にしに来たのか!?」

「まさか。私もそこまで暇ではありませんわ。……こんな所で会ったのも何かの縁ですし、あなたにお願いしたいことがございますの」

「お、お願いじゃと……? フン、何でわらわがお主の願いなど……」


「……もちろん、タダでとは言いませんわ。あなた、中央社交界へのコネが欲しいんでしょう? よかったら、今度うちのお茶会にご招待いたしますわ」

「お……、お茶会……!!」

 貴族がそれぞれの家で開くお茶会や夕食会は、情報交換や根回し、そして人脈形成と、社交的に重要な意味を持っている。

 サラが宮廷武闘大会に参加したのも、ヴァティス家が中央社交界へ進出する足掛かりを作るためだった。マイヤール家は若干落ちぶれているとはいえ歴史の長い名家である。そのコネは喉から手が出るほど欲しい。


「し……、仕方ないのう。お主がそこまで言うのなら、そのお願いとやらを聞いてやっても良いぞ……?」

「ありがとう、サラ」

 リディアはにこやかに微笑んだ。

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