第10話 舞踏会の夜 ~第二皇子フランツとの出会い~
ネオエルシア帝国、帝都フォルス。
皇帝の居城であるフォルス城は、帝都のほぼ中心にそびえ立っていた。高い城壁に囲まれたその城は、貴族でもおいそれと足を踏み入れることはできない。
宮廷武闘大会全ブロックの一回戦が終わり、二回戦へと進む淑女はシードの御三家も含めて8名に絞られた。
その日、選ばれし8人の令嬢はフォルス城で開かれる舞踏会へと招待された。当然、リディアの元にも舞踏会の招待状が届いた。
「嬉しそうですね、お嬢様」
いつもより念入りにリディアの髪を巻きながら、メイドのエミルが言った。
「当然ですわ。ルドルフ殿下に直接お会いできるチャンスですもの」
フラムもリディアの身支度を手伝ってくれたが、彼はどことなく浮かない顔をしているように見えた。
「……フラム? 気分でも悪いんですの?」
「い、いえ……!! その、……ルドルフ殿下とお会いできるといいですね」
そう言って、フラムは複雑な表情でぎこちなく微笑む。
「どうしたのかしら、フラム……」
リディアはこっそりとエミルに尋ねた。
「ふふ……、フラム君はリディア様のことがお好きだから、きっと妬いてるんですよ」
エミルはいたずらっぽくそう答える。
「まあ……」
「ち、違っ……、あっ、いえ、違わないですけどぉ……!!」
それを聞いていたフラムは真っ赤になってわたわたしている。——可愛い。
リディアはフラムの様子を見て心を和ませた。
*****
舞踏会の開かれる大広間は、壁や柱には金の装飾が施され、天井には過去の偉大な画家による壮麗な天井画が描かれていた。思わずため息が漏れるほど美しい。
宮廷楽団による優雅な演奏が流れる中、テーブルには料理人の手による目にも鮮やかな食事や飲み物が運ばれてくる。
大広間には、ローズマリーの姿もあった。
「ごきげんよう、リディア。あなたが二回戦まで残ってくれて嬉しいわ」
ローズマリーの方から、リディアに声をかけてくる。
「ローズマリー様。……ありがとうございます、もったいないお言葉ですわ」
リディアはなごやかに挨拶を交わすが、二人の間には見えない火花が散っていた。
——どちらが第一皇子ルドルフの婚約者にふさわしいのか、淑女ならば拳で決着をつけなくては。
「私、あなたとの再戦を本当に楽しみにしておりますのよ。だから、二回戦で負けたりしないで下さいませ……?」
ローズマリーは言った。
トーナメント表では、二人が再戦するためには決勝戦まで勝ち上がらねばならない。——そして、リディアの二回戦の相手は御三家の一人、エーデルだ。
「もちろんですわ、ローズマリー様。……私も、あなたとの再戦を楽しみにしておりますわ」
その時、大広間の奥の扉がおもむろに開いた。
一人の若々しい青年が姿を現し、近衛兵や使用人たちは彼を最敬礼の姿勢で出迎える。
「今日は我が宮殿まで足を運んでくれてありがとう、選ばれし淑女たち。私は、ネオエルシア帝国第二皇子フランツ=ヴァイスハイト。多忙な父に代わって、今日は私がご挨拶をさせて頂く」
——あら、ルドルフ殿下ではありませんのね……
何故第一皇子ルドルフではなく弟のフランツが現れたのか、リディアは少しだけ引っかかるものを感じた。
*****
「やあ、ローズマリー」
食事をたしなんでいたローズマリーに、フランツは声をかけた。
「ごきげんよう、フランツ殿下」
素っ気なく、ローズマリーは最低限の挨拶をする。
「せっかくの舞踏会なのだし、僕と一曲踊ってくれないかな?」
「……申し訳ないけれど、遠慮させて頂きますわ。今日はそんな気分ではございませんの」
フランツの誘いを、ローズマリーは丁重にお断りした。
フランツは不満げに眉をしかめた。
「やはり、ルドルフ兄さんでなければ不満かい?」
フランツがローズマリーに対して好意というより執着に近い感情を抱いていることを、彼女は知っている。——でも、それは兄ルドルフへの対抗意識からであって、本当に彼女のことが好きなわけではないのだ。
それが、ローズマリーがフランツを好きになれない理由だった。
「フランツ殿下、本日は私以外にもたくさんのご令嬢が揃っておりますのよ。せっかくの舞踏会なのだから、他の淑女に声をかけてみてはいかがかしら?」
「……僕の誘いを断ったこと、後悔するんじゃないぞ」
捨て台詞のような言葉を吐いて、フランツは踵を返した。
ローズマリーは小さくため息をつく。
大広間の中を見回して、ローズマリーはリディアの姿を見つけた。
食事をたしなみながら、リディアはフロアで優雅に踊る男女の様子を眺めていた。そんな彼女に、ローズマリーは声をかける。
「……リディア。せっかくの機会なのだから、フランツ殿下と踊ってきてはいかが?」
「え……?」
「皇族の方とお近づきになる良い機会ですわよ?」
「それは……、そうですわね……」
戸惑いながらも、リディアは頷いた。
リディアをやや強引にフランツの元へ送り出し、ローズマリーは思った。
——フランツも兄にばかりこだわっていないで、いい加減ご自分の婚約者を決めるべきですわ。
*****
ローズマリーに促されるまま、リディアはフランツの元へ赴いた。
「本日はお招き下さってありがとうございます、フランツ殿下。リディア=マイヤールと申します。よろしければ、私と一曲踊って頂けませんか?」
そう言って、リディアは丁寧に一礼する。
「ああ、もちろんだよ。リディア」
どことなく不機嫌そうな顔をしていたフランツだったが、リディアに声をかけられると愛想よく微笑んだ。
——しかし、彼女のことを値踏みするようなねっとりした視線に、リディアは敏感に気づいていた。
曲が始まると、フランツはリディアの手を取り、腰を抱き寄せた。
「……リディア、君の闘いは見ていたよ」
「まあ、お恥ずかしいですわ。お見苦しい闘いをお見せしてしまって」
先日の一回戦は、エレガントな勝ち方ではなかったとリディアは反省している。
「そんなことはないよ。真に強い淑女こそ、国母となるにふさわしい。——君には期待しているよ、リディア」
フランツは、リディアの耳元で囁く。
「ありがとうございます……。フランツ殿下」
——国母というのは、つまり皇后のことだけれど、それは第一皇子ルドルフ殿下の妃のことではないのかしら……?
すでに五回の破局を経験しているリディアの勘が、フランツに対して何か危ういものを感じ取る。だが、もちろんそんな素振りは一切表には出さず、リディアは最後まで優雅にダンスのお相手を務めあげた。
フロアからは拍手が上がる。
「その髪飾りはあまり似合っていないね。そんな安物よりも、もっと君に相応しい高価なものを贈るよ」
おもむろにリディアの髪に触れて、フランツは言った。
「もったいないお言葉ですが、結構ですわ。……この髪飾りは、大切な人からの贈り物ですの」
フランツの手をやんわりと払い、リディアは丁重にお断りをする。
「そうか……。残念だよ」
フランツは少しだけ気分を害したような顔をした。
——さすがに不敬だったかしら。でも、せっかくフラムがなけなしのお金でプレゼントしてくれた髪飾りを、安物呼ばわりするなんて。
「ルドルフ殿下は、本日はいらっしゃいませんの?」
何気なく、リディアはそう尋ねた。——だが、その発言はフランツにとって地雷だったようだ。
彼は露骨に顔をしかめた。
「残念だが、兄は今日は来られない。兄は最近体の調子が良くないんだ」
手短にそれだけ言って、足早にリディアの元を離れていった。
——嫌われてしまったかしら。まあ、仕方ないですわね。
兄に対するルサンチマンがフランツの精神に暗い影を落としていることに、リディアはもちろんのこと、ローズマリーですら気づいていなかった。
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