鮮血令嬢リディアの華麗なる闘い ~うなれ必殺の右ストレート!!婚約破棄された最凶令嬢は武術を極めて皇帝の妃を目指す!!~
オキジマ
第1話 愛は拳で勝ち取りますわ!!!
「リディア=マイヤール、……君との婚約を破棄させてもらう!!」
「そのセリフは!!!! もう聞き飽きましたわ!!!!!」
リディアの容赦ない右ストレートが婚約者だった男の顔面に炸裂した。
男は端正な顔を歪め、鼻血を吹きながら 5 メートルほど盛大に吹き飛ばされる。
華やかな舞踏会の場で起こった突然の惨事に、列席していた上流階級の紳士淑女の間から悲鳴とざわめきが漏れた。——しかし、そのざわめきの中にはいくぶんか興奮と期待のような色が混じっていた。
彼女の名はリディア=マイヤール。
銀色の長い髪をゆるく縦ロールにして、深紅のドレスを身にまとっている。その紅いドレスは、彼女の雪のような白い肌を際立たせていた。凛とした瞳も血のように紅い。
「お、お待ちくださいリディア様!! マティアス様は悪くないんです!! 私が……、ドロシーが全部悪いんですぅ!!」
吹き飛ばされて完全に伸びている男に駆け寄る一人の少女がいた。
栗色の髪の、どことなく垢抜けない素朴で愛らしい印象の少女だ。洗練された美貌のリディアとは正反対の娘である。——なるほど。この女がマティアスの浮気相手か。
一体何を吹き込まれたのか知らないが、わざわざ大勢の貴族が集まる舞踏会の場でリディアとの婚約破棄を宣言し、そのままこのドロシーとかいう女との婚約という既成事実を作ろうとしたのだろう。
——まあ、それ自体は別にどうでもいい。マティアスとの婚約にも別に未練はない。だが、それはそれとして落とし前はつけてもらわなくてはならない。
「ドロシーとか言いましたわね。あなた、他人の婚約者に手を出した落とし前はどうやってつけるつもりですの?」
「そ……、それは……」
ビクッと肩を震わせ、ドロシーは怯えたような顔をする。
「もう、そのつまらない猿芝居はおやめなさい。あなたも淑女なら、決着のつけ方くらい分かっているでしょう?」
リディアの一言に、ドロシーの雰囲気が変わった。表情から怯えが消え去り、ふてぶてしい態度でリディアを睨みつける。
「……ええ、そうね。最初からそのつもりだったわ。私はあなたを倒して、マティアス様と結婚して成り上がるの……!!」
——やはりこの女、猫を被っていたか。恐らくはその垢抜けない雰囲気すら計算だろう。逆に大したものだ。
「ふふ、その方が正直で良くってよ。……では、
「望むところだわ……!!」
「「——決闘よ!!」」
二人が同時に決闘を宣言した、その瞬間。
『決闘を受理いたしました』
どこからか機械的な音声が響き渡ると同時に、舞踏会が行われていたフロアに突如として四本の円柱状の物体が出現した。
周囲で様子を伺っていた貴族たちは、慌てて円柱で囲われた空間から退避する。円柱から円柱へとレーザー光が照射され、その空間は正方形のリングへと変貌した。
リングの中央で、二人の女が睨み合う。
決闘は淑女の嗜み。
この時代、貴族同士の争い事は肉体言語で決着をつけるのが習わしであった。
戦いには強さだけでなく優雅さも求められる。淑女たちは己の肉体を鍛え上げ、その強さと美しさを競い合った。
リングを見下ろすような位置にホログラムが浮かび上がり、二人の人物が現れる。
『さあ始まりました!! 舞台はこちらレッドチャーチ城大広間、対戦者はドロシー=ブルックリン男爵令嬢、——そして皆様ご存じ『鮮血令嬢』の悪名高いリディア=マイヤール伯爵令嬢!!!!』
スカート丈の短いメイド服を着た少女がマイクを片手に対戦者の紹介を行う。
『実況のシトリンっス!!』
少女はカメラ目線で愛嬌を振りまき、自己紹介をした。明るい金髪の外ハネボブ、大きな瞳も金色だ。
『……解説の神崎です』
もう一人の人物、——黒髪童顔でスーツ姿の青年も、事務的に淡々と挨拶をする。
なお、決闘の観客は舞踏会に集まった貴族達だけではない。
貴族同士の決闘は市街各所に設置された公共のディスプレイで生中継され、庶民へ向けた娯楽として提供されていた。
決闘のゴングが鳴ると同時に、ドロシーは来ていたドレスを脱ぎ捨てた。ドレスの下にはフリルの付いたレオタードを着ている。
「……あなたはそのままでいいの?」
ドロシーの問いに、リディアは不敵に笑った。
「私はこのままで構いませんわ。——ドレスを脱がないと戦えないなんて、自分が弱いと言っているようなものですわね」
リディアの挑発に、ドロシーの表情が歪む。
「その言葉、後悔させてやるわ……!!」
ドロシーが床を蹴り、リディアとの距離を一気に詰めた。その勢いのまま拳を繰り出す。
『おっとぉ!! 先に仕掛けたのはドロシー様!! パンチによる鋭い連続攻撃だぁ!!』
しかし、その攻撃はリディアには当たらない。
『全て紙一重で避けられていますね。ドロシー様のスピードも決して遅くはないのですが』
リディアの動きは、まるで優雅なダンスを踊っているかのようであった。紅いドレスがひるがえり、観衆の間からため息のような感嘆の声が漏れる。
「駄目ですわ、そんな力任せの攻撃。淑女はもっとエレガントでないと」
自分に殴りかかって来るドロシーの拳を受け流しながら、リディアは蠱惑的に微笑む。
ドロシーの表情が恐怖に歪んだ。
リディアが、彼女の攻撃を全て見切った上で弄んでいることに気づいたのだろう。
「くっ……!!」
圧倒的な力量の差を思い知らされて、ドロシーの攻撃が冷静さを欠いていく。
——お話になりませんわね。
こうなってしまっては、もはやリディアの敵ではない。焦りによってドロシーの攻撃が大振りになったその隙を、リディアが見逃すはずもなかった。
「遅い。……遅すぎますわ」
カウンターで放ったリディアの右ストレートがドロシーの顔面に容赦なく炸裂する。
鼻骨が粉砕され、前歯を折られて血を吹きながらドロシーの体が後ろに倒れた。完全に白目を剥き、彼女はそのまま起き上がらなかった。
相手の血でリングを赤く染める。
その強さから、いつしか付いたあだ名が『鮮血令嬢』だ。
『い……、一撃必殺~~!!! 強い、強すぎる!! 勝者はリディア=マイヤール伯爵令嬢!!』
シトリンの実況に被さるように、周囲の貴族達から拍手と歓声が沸き上がった。
『相手が踏み込んでくる速度を利用した鮮やかなカウンター、見事な一撃でしたね』
神崎による淡々とした解説が入る。
リディアはドレスの裾を持ち上げ、観衆に向けて優雅に一礼した。そして、倒れているドロシーに向かって言い放つ。
「マティアスはあなたにくれてやりますわ。せいぜい仲良くして下さいまし」
『本日も鮮やかな戦いを見せてくれたリディア様にもう一度盛大な拍手を!! ではでは、また次の決闘でお会いしましょう~!!』
シトリンがカメラ目線でウインクし、空中に浮かび上がっていたホログラムは消えた。
同時にレーザー光も消え、円柱が所定の位置に自動で格納されていく。使用人が手際よく担架を用意し、ドロシーは医務室へと運ばれていった。
「リディア……、また婚約を破棄されてしまったのか」
戦いを終えたリディアに、そう声をかける者があった。身なりの良い老紳士だ。
彼の名はジョセフ=マイヤール。リディアの祖父だった。
「……すみません、お爺様。私のために婚約者を探して下さったのに」
リディアの婚約破棄は、今回が初めてではない。マティアスは五人目の婚約者だった。どの男も、リディアの強さに恐れをなして逃げ出してしまうのだ。
「いや、いいんだ。無理に結婚などさせようとした私が間違っていたのかもしれん」
諦めたように、ジョセフは言った。
「お爺様、私、決めましたの」
そんなジョセフに対し、リディアは言う。
「……何だ?」
「私、この国で一番強い女になって、次期皇帝陛下の妃になりますわ……!!」
「な……、何だと……!?」
リディアの突然の発言に、周囲で聞いていた貴族達の間からざわめきが漏れた。
——決闘は淑女の嗜みである。
当然のことだが、皇帝の妻となる女にはそれ相応の強さが求められた。
「用意された婚約者なんてもう必要ありませんの。——私、愛は拳で勝ち取りますわ!!!」
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