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【ニエモドキ】という動物は、鼬に近い形をしている、と思った。
鼬というものを今でも直接みたことはないが、何度か写真を目にしたことはある。細長い体に、薄い焦げ茶色のような体毛。短くて丸い耳、太い猫じゃらしみたいな尾。でもそうして特徴を並べてみると、鼬と【ニエモドキ】は、やっぱり全然ちがうもののような気がする。
私の記憶のなかの【ニエモドキ】は、小さな犬くらいの大きさで、毛は真っ白だった。どことなく、不自然なくらいに。
その白さは私に、書道でつかうような新品の筆を思わせた。そしてその真っ白な毛が全身にぴったりと張りつき、これもまた不自然なくらい長い尾の先までを、滑らかに見せていた。
あまりにも美しい生き物だと思った。
「おばあちゃん、この子、飼えない?」
私は訊いた。
「飼うって、この【ニエモドキ】をかい?」
「そう。このままじゃ、かわいそうだよ」
台所に現れた【ニエモドキ】をゴミ箱で捕まえた後、祖母はそれを大きくて硬い段ボール箱に移し、その上にどこからか運んできた重みのあるガラスの板を置いた。
【ニエモドキ】はその中で、本来この日の出まえの早朝に浴びるはずのない量の光を浴び、戸惑うように浅い呼吸を繰り返していた。黒い瞳はどこを注視するわけでもなく揺れていた。
「そりゃ、無理やわ」
祖母はきっぱりと言いはなった。
「あんた、【ニエモドキ】が何を食べるんか、知っとるんか。どんなことが好きか、どんなことが嫌いか。いつごろ起きて、いつごろ眠って、いつごろ食事をするか。そういうこと、なんもわからん生き物を飼うっちゅうんは、無理や」
そう言われて、すごく悲しくなったことを憶えている。
今でこそ、このときの祖母の複雑な気持ちはわかる。一つの命を管理するには、現実的に私が幼すぎること。その責任を負えない、負わせたくないという配慮。野生の生き物に対する警戒心。そしてなにより、【ニエモドキ】という生き物に対する畏怖みたいなもの。
でもこの頃の私は、そういうあれこれをまったく無視していて、まさに好奇心の塊だった。なんの恐怖も、なんの憂慮も、なんの計算もなく、ただ【ニエモドキ】の純白でしなやかな体に強く惹きつけられてしまっていた。
「だって、この子まだ悪いことしてないよ」
「毛を毟るんやよ。【ニエモドキ】は。あんたも、毟られたら嫌やろう」
「嫌だけど、この子はそういう生き物なんだよ、きっと。毛を毟らなきゃいけない生き物なの。悪いことをしてるわけじゃないんだよ。私たちだって、食べるために動物を殺すよ。おばあちゃんも言ってたよね。若い時はよくおっきな蛙を捕まえてきて食べた、って。鶏肉みたいな味やった、って。それと同じだよ」
「なに騒いどるんや、朝っぱらから」
あくびまじりに様子を見に来たのは、父だった。
私は彼の姿を見て、ぎょっとして口がきけなかった。それは祖母も同じようだった。
「あ、あんた」
父には、全身の毛がなかった。
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