第35話 おめかし小悪魔と清楚お嬢様
「ぐぬぬ」
明くる日の朝。威嚇する子犬のような声を漏らしながら、鏡に映った自分と睨み合っていたのは、西宮アイラだった。
リビングの姿写しが写し出していたのは、薄手のカーディガンとスキニーのデニム。
「おかしい……? いや、決まってる? ぐぅ、あー! もう! 分かんないっ!」
ダサくは……ない。だが、なんとも納得がいかない。
持ち合わせの服の組み合わせはほとんど試した。そのせいで、すぐ隣には服の山が出来上がっている。
「あー、ほんと……どうしよ」
悩めば悩むほどに、判断がつかなくなる。
コンセプトは、頼れるお姉さん的な感じで行きたいのだ。
「……よし、こうなったら」
自分では決められないのだから、と。
西宮アイラは目を固く閉じて、服の山へと両の手を突っ込んだのだった。
***
駅前の広場。約束の時間よりも少し早く、俺と白峰はやってきた。
家が隣同士というのもあって、わざわざどこかで待ち合わせをするのは二度手間だったからだ。
「先輩。何か言うこととかないんですか?」
「え?」
待ち合わせ場所。広場の真ん中にある噴水の隣のベンチに腰を下ろすなり、隣の白峰は聞いてきた。
「今日の私です。どうです? 結構気合い入れてきたんですけど?」
「……ふむ」
確かに今日は特別、おしゃれに見える。
いつもより丈の短いスカートに、覗くニーソ。ゆるい輪郭のインナーに春物の薄いアウター。
シンプルながらに、よく似合っていて綺麗だ。
「よく似合ってて、可愛いと思う」
素直な感想だ。万に一つも嘘はない。
しかし、白峰は唇を尖らせる。
「……なんか、新鮮味に欠ける言葉ですね。先輩はあれですか? 人を褒める時いつも同じ言葉を使うタイプですか?」
「や、やけに厳しいな」
「当然です。だって……同じことばっかりしか言ってもらえないのは、不安になるので」
なんだ、この可愛い生き物。拗ねた顔もびびびの美少女だとは本当に脱帽しかない。
「あ、今先輩。そんなとこも可愛い、とか思いました?」
「ぎ、ぎくっ!」
「ふふ、やった」
くぅ、この小悪魔め……。俺の心をいとも簡単に翻弄してくる。
まあ、それはもはやどうしようもない。
それはそれとして……。
「白峰さん。真面目なこと聞いてもいい?」
「はい、どうぞ」
こくん、と白峰は頷く。
「なんで今日、白峰さんは西宮に声を掛けたんだ?」
ずっと気になっていた。
昨日の雰囲気から、白峰は西宮を嫌ってはいないまでも、苦手意識のようなものがあるのだと思っていたから。
「……理由はいくつかあります。けど、やっぱり一番大きいのは、西宮先輩からのメッセージですね」
「メッセージ?」
白峰は答えの代わりに、メッセージ画面を見せてきた。
「西宮先輩には内緒でお願いしますね、先輩」
「あ、うん」
幾つかのメッセージが届いていたが、その中でも目を引いたのが一番最初のもの。
『──私と、友達になって欲しい』
純粋な願い、というか少し胸の奥がきゅっと痛くなる言葉だった。
「西宮先輩には、きっと親しい人がいない。このメッセージを見た時、そう思ったんです」
「……確かに」
友達になってくれ、なんて普通言わない。もし言うのならば、友達という存在そのものが分からないからなのかもしれない。
「私は知っているんです。一人ぼっちの怖さも、一人の心細さも……なのに、西宮先輩のこの言葉を無視するなんて、あんまりじゃないですか」
白峰は少しだけ、遠い目をした。その瞳は目の前に広がる何かを見ているようで、もっと別のものへと向けられている。そんな気がした。
「白峰さんは、ほんと優しいんだな」
「先輩ほどじゃありません……っと、来たみたいですね」
「ご、ごめんっ! 遅れたぁ!!」
駅前の人混みを抜けて、西宮アイラは広場へとやってきた。すぐにベンチに座っていた俺と白峰に気づいたようで、真っ直ぐに走ってくる。
「むむ?」
しかも、現れたその姿は……。
「え、なんで早見もいるわけ? ……ま、まあ、それはいっか」
ロングスカートとタートルネックのセーター。そう、それは。
「せ、清楚系……だと?」
金髪ハーフのお嬢様。フューチャリング清楚属性。
それは謂わば男の夢。現実にはいないとすらも思っていた幻の存在。
「先輩……鼻の下伸びてますけど?」
「なっ!?」
咄嗟に、口元を覆う。え、いや、綺麗だとは思ったが、別に変なことは考えてない……ぞ?
「嘘です。けど、先輩が今何を考えてるかは分かりました」
カマをかけられた。流石は、小悪魔。あまりにも自然すぎてめちゃくちゃに引っかかってしまった。
そんな俺に呆れたのか、白峰は立ち上がるなり、西宮にお辞儀をした。
「西宮先輩。おはようございます」
「し、白峰たん。おはよう……」
「今日はウィンドウショッピング、なんでどうでしょうか? ……そっちの唐変木先輩も」
何気に効くな。その言葉は。
「俺はなんでも付き合うよ。乗り掛かった船だし」
そもそも今日の目的は、白峰と西宮が仲良くなることだろう。俺はただの付き添い人だ。
……というか、なぜ俺がここにいるんだ。なんて考えたら負けだ。
理由をつけるなら……そう、友人Aとして、ヒロインの情報収集は不可欠だから、とか?
「それじゃあ、行きましょうか」
「う、うん……あ、ちょっとだけ待って。早見、少し話せる?」
「ん? ああ。どうした?」
「ここじゃ、ちょっと……」
少し深刻そうな顔をする西宮は、白峰と俺に視線を交互に送る。
「なら、私は飲み物を買ってきますね?」
「ごめんね、ほんのちょっとだけだから」
「いえいえ、お構いなく」
白峰は言って、そのまま自販機の方へと歩いて行った。
「んで、話って?」
別に、俺にしか話せないことみたいなのは、ないと思うのだが。
「……」
「西宮?」
「……天使」
「え、え?」
「天使っ! 間違いなく、白峰たんは天使よっ!!!」
うわ、怖。なんか、やばい宗教の狂信者じみている。
「そ、そうか」
「あんたは平気なわけっ!? あんなにも天使な子と四六時中一緒なんて!」
ふむ、やはり知らんようだな。俺も最初、一眼見た時は天使にしか見えなかった。
が、その実。あれは限りなく天使に近い小悪魔なのだ。
「あー、なんかもう鼻血が出そうなんだけど。しゅき」
「お、おう。それより話って?」
「え? もう全部話したわよ?」
What!? こいつただ興奮しただけだったのかよ……。
と、俺が一瞬困惑した瞬間の出来事だった。
「──ありがとう」
「え?」
ぼそっと溢したその一言を俺は辛うじて聞き取ったものの、同時に西宮は視線を外した。
「あんたと知り合えて良かった。そう思っただけ……それに、この前、助けてもらったのにきちんとお礼言えてなかったから」
「お、おう」
お礼を言われるとは思っていなかったから、正直動揺した。
「今日は、迷惑かけるかもだけど、よろしく。早見」
こうして、友人Aと小悪魔と、金髪お嬢様のお出かけが始まるのだった。
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