金髪お嬢様 西宮アイラ編

第24話  金髪高飛車お嬢様、見参


 新入生が入学してはや一ヶ月が経った。

 慣れ、落ち着き。今の学校はそんな風な空気が流れている。

 大体の交友関係が出来上がって、一安心。二年も三年も大体はそんな感じだ。


「よし、じゃあ今日はこれで終わりだ?クラス委員」


「起立、礼」


 ホームルームが終わり、クラスの空気は一気に弛緩する。


「連。久々に一緒に帰ろうぜ」


「お、おう……って、部活は?」


「今日はオフ。土曜日曜が練習試合だったからな」


「なるほどなー」


 うちのサッカー部は県内でも屈指の強豪らしいし、そりゃそうなるか。


「結果は?」


「合計四試合して、3-1、6-2、2-0、1-0」


「おお、全勝か。そりゃ凄い」


「……お前がいれば、全試合大差だっただろうけどな」


 なわけない。せいぜい足を引っ張るだけだ。


「んじゃ、そろそろ行くか」


 俺はカバンを手に立ち上がった。

 今日は珍しく、一人で帰る予定だった。白峰は用事で早抜けしたらしいからだ。


「あ、それなら、ちょっと寄り道してもいいか? 野暮用があってな」


 そういえば、そろそろだ。俺は思い出す。


「ん、なんだ? 何かあるのか? 連」


「好きな漫画の新刊が出てんだよ」


 近頃は電子書籍なるものがあるが、俺は断然、紙派なのだ。


「そか、なら寄り道して帰るか」


「おうよ」


 学校から駅へは徒歩十五分ほど。向かうのは、隣接する商業施設だ。


「にしても、驚いたぜ。連。この前の噂はさ」


 学校を出て、住宅街をしばらく歩いた頃。蒼太が言う。


「あ、あれかー。まあ、遅いエイプリルフールのどっきり記事だけどな」


 対外的に、あの記事はそういうことになっている。


「にしても、連は誰か好きな奴とかいないのか?」


「いないな」


「ははっ、そっか。お互い恋愛とは遠いな」


「あ、あはは……」


 どの口でそんなこと言ってやがる。聞き手によっては戦争になるぞ、その発言。


「ん?」


 なんとなく、視線? のようなものを感じて、俺は振り返った。


「どした?」


「……いや、気のせい? かな」


 うーん。なんとも妙な感覚がしたのだが。……あ、一応言っておくが、どこぞの人型ロボットのパイロットのような、ぴきぃん! 的な感覚ではない。


「なら、ぱっぱと行こうぜ。俺、小腹減った」


「そうだな」


 きっとこの前の一件で敏感になっているだけだろう。


 そんなこんなで、駅に着く。多くの学生やサラリーマンが闊歩する広場を抜けて、俺たちは商業施設へと向かった。


「んじゃ、俺はスポーツ用品みてるから、買い物終わったら連絡してくれ」


「おう、また後でな」


 蒼太もレガース……サッカーで使う脛当てを新調したいようで、隣のスポーツショップへと行ってしまった。


「さてさて、と」


 ふふふ、実に都合がいい。何せ、俺が買おうとしていたものは、ジャンルにしてみれば『ラブコメ』だ。絵もきゃっきゃしているから他人に見られるのは、少し小っ恥ずかしい。


 さっさと買ってしまおうと、俺は参考書や雑誌の棚の前をするりと抜けて、漫画のコーナーへと向かった。


 すると。


「……な、なんだ。あの怪しい奴」


 妙な奴がちょうど俺の探し求めていた漫画のポップの前に立っていた。


 黒い帽子に、サングラスとマスク。そして、全身をロングコートで覆い隠した、ザ・不審者って感じのやつだ。

 

「あのー、お客様? 何かお探しですか?」


 あ、流石に怪しまれたようで、店員に声をかけられてる。


「あっ! えっ! そのっ! ええっと!」


 きょどってる。すげーあたふたしてる。声の感じからして、女性らしい。


「そのぉー、他のお客様の迷惑になりますので……」


「そ、そんなっ! 私はただっ!」


 あー、なんかすごく胸が痛い。昔、幼い頃に泣いた赤鬼って絵本を読んだ時くらい。


「えっと、すみません。うちの連れが何かご迷惑をおかけしましたか?」


「あ、お連れ様もいらしたんですね。その、この方の格好が少し……」


「あー、それはすみません。こいつ、日光アレルギーで」


「あ、そうだったのですね。それは失礼しました」


 ぺこり、店員は申し訳なさそうに言って、そそくさとレジの方へと戻っていった。


「……あんた、誰?」


「気にするな、ただの通りすがりの漫画好きさ」


 あまり関わる気はない、さっさと買って蒼太と合流しよう。俺はそう思い、本棚へと手を伸ばした。


 ところが。


「な、なんだと……」


 新刊が開かれているであろうスペース。そこにはぽっかりと穴が空いていた。


「残念ね。『このラブコメに終わりはない』の新刊はこれが最後よ?」


「なにぃ!?」


 な、なんということだ。こいつ……相当な手だれだっ!


「……ふふふ、初版はもう買えないだろうけど、どうせすぐに再販が来るわよ」


「くっ! 何者だっ!!」


「名乗るほどの者では……」


 不審者……というか、声の質といい雰囲気といい、同じくらいの年頃なのだろう。


「──おーい、連。どこだー」


「っ!? な、なんでここにぃ!?」


 蒼太の声が響いた。同時に、ロングコートさん(仮)は素っ頓狂な声を上げる。


「蒼太。もう終わったのか」


「ちょ、あんた! 羽瀬川と知り合いなのっ!?」


「え、まあ」


「くっ! こっちっ! 来てっ!」


「なっ!?」


 いきなり手を引かれる。向かう先は……。


「ま、待ってくれ! こっちはまずいっ!」


 暖簾がかかったそう、その先は。


 ──18禁コーナーだった。


「はあはあ、ここなら大丈夫そう、ね」


 少女? はサングラスは外す。すると、赤い目と目が合った。


「あ、お前まさか……」


 見覚えがあった。というか。


「え? 何……って、その制服はっ!?」


 どうやら、サングラスを外して初めて俺の学生服がどこの学校のものか分かったらしい。


「──西宮アイラ。だよな?」


「ひっ!? な、なんで知ってっ!?」


「お前、うちの学校じゃ有名人だろ」


 類稀な容姿に、金色の髪と赤い瞳。そりゃ、男女問わず目立って仕方ないのだ。


「……な、何が、目的?」


「え?」


「わ、私がオタクって、知って、ど、どうするつもりよっ!」


「ええ……」


 別にどうするつもりもないが……。


「そ、そうね。分かったわ。……くっ、分かったから」


 マスクと帽子を外す西宮。帽子の中でまとめられていた髪がばさりと揺れて、肩にかかった。


「ちょ、なんか誤解して……」


 見る見るうちに、西宮の顔は悔しさのような感情に歪み、その目尻に大粒の涙が溜まってゆく。


「──な、なんでもする……します、から、このことは、誰にも言いふらさないで、ください」


「……え、ええ」


 どうする、どうすればいい。なんだか、物凄く面倒くさい事態に巻き込まれたらしい。


 正直、今すぐにでも逃げ出してやりたかった。

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