第25話  悲報。金髪お嬢様、オタクだった。



「……え、えーと」


 書店から蒼太にバレないように脱出をした俺と西宮は駅前にある喫茶店にいた。

 前に遊園地の待ち合わせの時に来た店だ。


「……」


「あー、と。その、なんだ……」


 気まずいっ! あまりにも気まずいっ!

 そもそも面と向かって話したことないし、去年も別々のクラスだったのだ。


「……その、ありがと。さっきは」


「え? あ、うん」


 気まずい沈黙を破ったのは、西宮だった。

 ロングコートを脱いで、帽子とマスク、サングラスも片した西宮はやはり、ザ・金髪お嬢様って感じだ。


 去年、小耳に挟んだことだが、何やら西宮アイラは、大財閥のご令嬢らしい。


 確かにこうして向かい合ってみれ少々……いや……まあ、かなりお転婆ではあるが、節々の所作から育ちの良さが滲み出ている。


 コーヒーカップの持ち方も、座った時にスカートを緩く抑えたりするのも何処か華麗で優雅さのようなものを感じる。


「それで、あんた誰?」


 カフェモカを一口飲んでから西宮は尋ねてきた。


「そこからだよな、やっぱ」


 本屋でも思ったが、どうやら顔は知られていないらしい。


 ま、俺なんて蒼太の横にいる背景キャラのようなもの……え、やば、てことは友人Aとして、優秀ということでは? なんかテンション上がりそう。


「俺は、早見。三組の」


「早見……知らない。羽瀬川とはどんな関係な訳? 仲、良さそうだったけど?」


「親友。だと、思ってる」


「へー」


 西宮は急に興味を失ったように、テーブルの上に視線を落とすと、砂糖の入った小さな容器を持ち上げた。


「今日のこと、絶対言わないでよね」


 砂糖を小さじ(大盛り)をカフェモカに落とす。……おいおい、すりきりよりだいぶ多かったぞ?


「分かってる、蒼太にだろ。それくらいなんとなく……」


「違う。学校の子に。後輩、先輩、同級生。ありとあらゆる人に言わないでってこと。てか、誰にも言わないで、老若男女問わず……にが」

 

 あれだけ砂糖を投下してもなお、苦かったらしく、またも同じ程度の量を掬い上げ、落とした。……もはや、それはカフェモカとは言えないな。

 

「分かった。けど、それなら一つ条件がある」 


 別に弱みにつけ込むわけではないが、俺とて西宮にお願いはある。


「なに? まさか……」


「え? まさか?」


 見当がついたのだろうか? にしても、なんか言い方が大袈裟な気がする。


「……最低。私が、このことを誰にも相談できないのをいいことにそんなことをさせるつもりなんて」


「は?」


 た、確かに。そうかもしれないが……え、そんなにさっき買ってた新刊を読み終わたら借りたいってのは、罪深い?


「分かったわ……結局、男なんてすぐにそんなことばっかり考える生き物よね」


 ちょぉーと。嫌な予感。てか、絶対誤解があるよな。


「な、なあ、なんか勘違いしてないか?」


 てか、先ほども変な想像をしていたみたいだし……。


「いいわよ、好きにすれば? その──エロ同人、みたいにっ」


「違ぁぁぁう!!」


 反射的に俺は立ち上がり、叫んでいた。なんだこいつ、なぜ、そう思った!?


 俺の咆哮のせいで、一瞬喫茶店が静まり返る。


「え、なに?」「痴情のもつれ、か?」


 ひそひそとした他の客の声と視線が突き刺さる。


「……くぅ」


 俺は落ち着かせるために、椅子に座るなり、お冷を一気に飲み干す。


「じゃあ、何よ。私に何を求めてるわけ?」


 え? なに? 違うの? とでも言いたげなきょとんとした顔をする西宮。


「……新刊。買ってただろ? 読み終わったら貸してくれって話」


「はあ? 本気で言ってる?」


「本気だ。卯ノ花先生の作品は全部読んでるからな。初版を買えなかったのは惜しいけど、まあ……」


「ふーん。中々見る目があるわね。あの人の画力、構成力には引き込まれる何かを感じる。勿論、ストーリーもいいし、キャラクターもいい」


「お、おう」


 推しの作品に対して、熱烈に、饒舌に語る西宮はもはや一介のファンではなく、評論家じみている。


「そうね……とりあえず、これを読んでみるといいわ。早坂君」


「あ、早見です」


 差し出されたのは、巨大なロボットの絵が表紙に載った漫画。偏見かもしれないが、女子はあまり興味なさそうな感じの作品だ。


「あ、今、SFかよ。興味ねーって思ったでしょ」


 心が読めるのかぁ? 実は、苦手なジャンルだ。


「分かるわ。気持ちは。SFは設定が難しいし、独特のお決まりみたいなのがあって取っ付きにくいわよね。でもっ! この作品は別っ!」


「あ、はい」


 やべぇ、なんか変なスイッチが入ってやがる。


「まずは、そうね。主人公がヒロインと出会うところまで……って」


 あっ、と何かに気づいたように西宮は口を噤んだ。


「どうかしたのか?」


「話しすぎた。帰る……それ、貸してあげるから次会う時までに読んでなさいよ」


「えぇ……」


 これっきりだと思っていたが、どうやらまた絡まれるらしい。

 西宮は飲み終えたカフェモカのグラスをトレーに乗せて、立ち上がった。


「お、おい」


「分かってる。新刊の方は今度、貸すから。それでいいんでしょ?」


 すたすたと振り返ることなく、西宮は歩いていく。

 こうも話を打ち切られてしまえば、取り付く島もない。俺はじっとその背中を見送ることしかできなかった。


「西宮アイラ、か」

 

 それにしても、中々強烈な奴だった。

 彼女が蒼太の奴に惚れているのは知っていたが、逆に言えば、俺はそれ以上を知らない。


「……あ、てかお会計」


 テーブルの上の確認すると、伝票とともに百円玉が三枚置かれている。


「た、足りてないぞ、西宮よ」


 カフェモカは五百円だ。


「まあ、漫画を借りれるなら安いものか」


 とりあえず、これ以上蒼太の奴を待たせるわけにもいかない。俺は会計を済ませ、店を出た。


***


 蒼太に合流し、軽くフードコートで談笑した後、帰路に着いた頃には五時を過ぎていた。


「それじゃ、連。またな」


「おう、また明日」


 家の近くの交差点で別れて、俺は家へと向かう。ゆっくりとローファーの独特の足跡を聞きながら、考えていたのは、西宮アイラのことだった。

 

 こうして、思い返してみると、西宮が学校で誰かと話しているのを見たことがない……気がする。そりゃ、クラスも違うし、いつも見ているわけではないからかもしれないが。


「ぼっち、だったりするのか……いや、そんなわけがないか」


 ハーフの美少女というだけで人目を惹くのに、お嬢様と来たら男女関係なくお近づきになりたいと考える奴は多いはずだ。


 そんなこんなで、気づけば家の玄関の前。リビングの電気がついているのが見えた。


「帰ってるのか、姉さん。……ただいまー」


「おかえりなさい、先輩」


「へ?」


 何故か廊下へと出迎えてきたのは、白峰だった。しかも。


「ど、どうしたの? その服」


 私服でも学生服でもない、白いスパンコールの入ったドレスだった。


「貸してんの、翡翠ちゃんに」


 白峰の後ろから、のそのそと姉が現れた。


「あ、ああ。そういうことか」


 つまりは姉がコンクールとかで使っていたドレスを白峰が着ているだけか。


「どうですか? 似合いますか?」


「似合ってる……けど、ちょっとまだ早かったんじゃない?」


 残念なことに、非常に残念なことに。とある部分が。


「ん? そうですか? 割とぴったりなんですけど」


 白峰は不思議そうな顔をして、くるりと一回転してみたり、スカートの丈を確認してみる。


 違う、そうじゃない。そこじゃないんだ。決定的に、合っていないのは。


「……あ、翡翠ちゃん。そこじゃなくて、連が言ってるのはね? ごにょごにょ」


「ちょ、姉さん」


 どうやら、俺の言葉の意味に勘づいた姉は、にやにやといやらしく笑いながら、白峰に耳打ちをした。


 ……わざわざ辛い現実を突きつける必要などないだろうに。


「先輩」


 うちの姉から何やら言われたのだろう。すんと白峰の顔は無表情になった。


「は、はい」


「私のは、もっと大きくなります。つまりは、発展途上なだけです」


「そう、ですか」


 なんの宣言だ。それは。


「まあ、そのドレスは私が中二の時にドイツ留学してた時のだけどねー」


「……ほんと、ですか?」


 おいやめろ! 白峰のライフがゼロになってしまうっ!


「さーて、連。夕飯の支度するよー」


 にひひと鈴を転がすように笑って、リビングへと戻っていった。

 取り残された俺と白峰をなんとも微妙な沈黙が包む。


「先輩」


「あ、はい」


「紫陽花さんの発育の良さは、やはり食生活なんですかね」


「……遺伝子じゃないですかね」


 少なくとも……母はスタイルが良かったはずだ。


「先輩」


「な、なんでしょう?」


「やっぱり男の人って、大きい方が好きなんですか?」


 答えは、沈黙。否定をすれば、慰めるような形になるし、肯定すれば、俺自身がどうなるか分からない。


 そう、だから。答えは──沈黙しかないのだ。

 

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