第20話 新聞部と生徒会
物心ついた頃から、ずっと変わった子だと言われてきた。
女の子が見るようなアニメも、漫画もオシャレにさえもあまり興味がなかったから。
外で泥だらけになって、汗だくで走って、好奇心の赴くままに生きてきたから。
けれど、それが許されるのも、小学生までだとは思っていなかった。
「ねえ、綴里さんはどんな服が好きー?」
「え、えーと……その……あっ! スカートっ! 可愛いスカートとか!」
同級生の子達は、ひと足先に思春期に入ったのだろう。どんどんと話題にもついていけなくなって、結果、一人の時間が増えた。
みんなの関心は服や化粧。そして、男子へと向いていた。
次第に、誰かと話すことも少なくなっていった。多分、話についていけない私はどうしたって邪魔だったのだろう。
「綴里さんって、変わってるよね」
「ね、なんか……子供っぽいし」
世界から取り残された。そんな風に感じた。
みんなは着々と大人になっていくのに、自分だけは幼いまま。子どものまま。
だから、私は隠すことにした。
好きなものを、気になるものを、知らんぷりして、同級生に話を合わせる。
ずっと、そうして生きていくのだろうな。なんて、思っていた。
そんな窮屈な世界が変わったのは、そう。気まぐれに入部した新聞部で、一人の先輩に出会ってからだった。
学校が創設されて数年後に出来上がったとされる新聞部はその長い歴史の割に、三年生が五人、一年生が私一人だけ。
つまり、三年生が卒業してしまえば、広い部室を一人きりで使える。そう思ったから入部しただけだった。
そんな私に、その先輩はしつこく声をかけてきた。
「──カメラってのはな、この世で唯一時間を止めれる魔法なんだよ。凄くないかっ!?」
そう言って、レンズ越しの世界を眺める二つ上の先輩は、到底年上とは思えないほどに、幼くて楽しそうで。
最初は、そんな先輩のことがあまり好きではなかった。
悩みなんてなさそうで、どんなことも嬉しそうに楽しそうに打ち込める先輩が、鬱陶しかった。
入部して、しばらくが経った日。
私は一度尋ねたことがある。
「何がそんなに楽しいんすか、写真撮って記事を書くのの何が……」
「んー、あたしはあんまりそういうこと考えたことがないな。だってさ、好きなものにわざわざ理由なんてつけないだろ?」
「女の子はカメラなんて普通好きじゃないっすよ。記事を書くのだって……」
「綴里。いいことを教えてやろう。人の言う普通ってのにはな? 何の意味もないんだ。自分が好きか、嫌いか、それが全てだ」
綺麗事だ。だって、人に理解されないことは苦しいことだから。
「そんなの……」
私は言い返してやろうと、口を開いたもののその途中で、先輩はにっこりと笑った。
「綴里は? 何が好きなんだ? 教えてくれよ。好きなものを、さ」
そこから、一年間。短かったような、長かったような。
先輩は、卒業した。私一人と多くのものをこの学校に残して。
***
新聞部に入ってからのこと、そして、今に至るまでのことを長々と語り終える頃には、店に入って一時間余りが経過していた。
「ずっと聞いてくれてありがとうございました。これで、自分からの言い訳は終わりっす」
そう言って、綴里はそっと机の上にカメラを置いた。まるで、差し出すように。
「だから、その先輩の意思を継いで新聞部存続のために、あんなことをしたんですか?」
やはり、白峰は許せないらしい。出来るだけ、抑えようとはしていたが、その声音はいつもよりぴりりと緊張感を放っている。
「……それも、出来ればって思ってたんすけどね。でも、廃部に関しては仕方ないことかなって」
「はい? ならなんで、あんなことを?」
「廃部になるのは、自分が新入生を勧誘できなかったからっす。つまりは自業自得っす」
ぎゅっと、俯いた綴里が自らのスカートを握り込んだのが、何となく分かった。
「自分が許せなかったのは……先輩やそのまた先輩たちが頑張って、これまでに作った記事が、捨てられてしまうことなんすよ。それを……どんな手を使ってでも、止めたかったんす」
「……もっと他にやり方があったでしょうに」
「そう、すね。ほんと……自分が馬鹿で嫌になるっす」
綴里の瞳から、ぼろぼろと涙が溢れた。
白峰の言う通り、綴里の行った手段は下の下。絶対にしてはいけないことだし、そうしたところで、さらに生徒会の目の敵になってしまうだけ。
けれど、同時に不憫だとも思う。
なぜなら、新聞部は彼女一人で、しかもこれまで先輩たちが作り上げてきたものを守らなければいけないから。
そして、追い込まれて周りが見えなくなった彼女の行為を怒ってくれる人も、もういないから。
「……コーヒー、取ってくる」
ドリンクバーへ行くために、俺は席を立つ。すると、隣の白峰も立ち上がった。
「私も行きます」
「うん。風川と綴里は何かいるか?」
「大丈夫だよ、私は」
「自分も、大丈夫っす」
「そっか」
客席の合間を抜けて、レジ近くのドリンクサーバーへと向かった。
綴里の話を聞いて、思った正直な感想はなのだが。
「重てえ……」
それに尽きる。
正直、「廃部だと!? ふざけやがって! こうなったらスキャンダルぶち抜いてやるっ!」……的なやつなら、何も感じなかったが、どうにも俺は同情してしまっているらしい。
「先輩。一応聞いておきますけど、どうにかしてやろう、なんて考えていませんよね?」
「ぎ、ぎくっ」
白峰には、お見通しのようだった。
とはいえ、俺としても譲れないところがある。
「どうにかしよう、そう思うのはいけないことか?」
マグカップをサーバーに置いて、カフェオレのボタンを押す。エアコンが少しきついからホットにした。
「別に、悪いことだとは思いませんけど、あの人は先輩に……」
「俺にじゃないよ、会長にだ。俺は大した被害を被ってない」
別に、美人な先輩と噂になろうとも大したことではない。……友人Aとしては困る話だが、まあ、一旦そこは許容ということで。どうせ、誤報だったと分かれば、「だよなぁ」ってなる。
「だから、綴里がきちんと会長に謝罪できるのなら、俺がどうにかするよ」
幸い、すでに解決策は思いついている。
新聞部は守れないけれど、綴里がこれからも記事を書くことが出来て、且つその両の肩にのしかかったものを取り除くことができるかも知れない一つの策が。
「どうするつもりなんですか?」
「大したことじゃないよ。少し、ツテを使おうかなって」
頼るのは、大分と嫌だがこの際仕方なかろう。
そんな俺のため息をつきたい気持ちを察したのか、白峰はそっと袖を握ってくる。
「何か、私に手伝えることはありますか? あの人のことを助けたいなんて思いませんけど、先輩のことは……助けてあげたいので」
とぅんく。心が一瞬ときめきそうだった。いかんいかん、勘違いは良くない。
俺は先日Yo○Tubeで習ったシステマ呼吸法を数度繰り返して、心の平穏を取り戻す。
「じゃ、じゃあ、今週の土曜日付き合ってくれる?」
「っ!? 私が、先輩と……付き合う、ですか?」
急に白峰は慌てふためいて、先ほど注いだリンゴジュースの入ったグラスをぶるぶると震わせた。
「え、えーと、ちょっと違うかな」
正しくは先輩と、ではなく先輩に、だ。
「だ、大丈夫です! 分かってます! 土曜ですねっ! はいっ! 何があっても行きますっ!」
いや、どこから来るんだそのモチベーションは。
その後、もはや何度目とも分からない謝罪を受けて、俺たちは解散したのだった。
そして、俺はその帰り道とある人へと電話をかけたのだった。
「──もしもし、姉さん。少し紹介して欲しい人がいるんだけど」
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