第4話  文学少女と友人A


【Q.貴方にとっての友人Aとは?】


 見覚えのある番組のようにそんな質問をされたのなら、俺はこう答える。


「──俺にとっての友人Aとは夢であり、憧れであり、そして、ヒーローだ。少年が、ぴちぴちのコスチュームを纏った正義の代行者に憧れるように、俺は夢を見たのさ」


 何一つとして、嘘はない。野球少年がプロ野球選手に憧れるように、少女が白馬の王子様を夢見るように。俺はそれに憧れた。


 そして、俺はドヤ顔で言ってやるのだ。


「──これが僕のアナザース〇イ」


 うん。なんか違うような気がするが、まあそんな感じに決めてやるとも。


………

……


「おーい、早見。早見ー……早見連っ!!」


「は、はいぃっ!!」


 びくっと、体が震えて、途端に意識が覚醒る。あーこれはやってしまったな、なんて思いながら、俺が机に伏せた顔を上げると、担任の教師が鬼の形相でこちらを見ていた。


「お、おはようございます? 青井先生」


 青井遥。うちの担任にして、絶賛恋人募集中のぴちぴち二十六歳……だそうだ。この前、偶然見つけたSNSのアカウントにそう書いてあった。


「この問題を解け、いいな?」


「はっ! お任せあれっ!」


「ギャグはいらん」


 くすくすと巻き起こったクラスメイト達の笑い声を聞きながら、俺は立ち上がる。

 どうやら、四限目にて眠っていたらしい


 科目は、数学。xやらyやらzやらが黒板の数式にはずらりと並んでいる。


「えーと」


 別にそれほど難しい問題ではなかった。せいぜい去年習ったことの応用程度。

 俺はチョークを一本持ち上げて、暗算しながら途中式を書いてゆく。


 ここがこうなって、ここが……。


「はっ!?」


「ん? どうした、早見」


「い、いえ」


 危ない、危ない。普通に解いてしまうところだった。もしも、これを解いてしまったのなら……。


『え、あいつさっきまで寝てたのになんで解けるんだ?』

『頭良いんだ、へぇー』

『なんかイメージと違うな』

『あいつ、ほんとは凄い頭いいんじゃ……』


 てな感じで、クラス中が変な空気になり、結果、『あいつ、手抜きしてるとか何様だよ』的なことになり、友人Aという立場を失うことになるかもしれない。


「先生っ!」


「な、なんだ。急に大声出して」


「チャレンジはしてみたんですけど、どうにも解けないっす!」


 俺は言葉でカモフラージュしながら途中式の一部を消してから、先生に報告する。


「はあ、だろうと思った。席につけ」


「へへ、すんませーん」


 席に戻ると、数式の解説が始まる。一つづつを噛み砕いて教えてくれるから、青井先生の授業はいつも分かりやすい。


「では、今日はここまでだな。新学期に入って浮き足立つのは分かるが、くれぐれも授業は真面目に受けるように」


 最後にぎろりと睨まれる。流石に寝落ちはまずかったか。

 ちょうどそのタイミングでチャイムが鳴った。おいおい、未来予知かよ。


「じゃあ、


 それと同時に肩を叩かれる。


「珍しいな、連。お前が授業中に寝るなんて」


 振り返るといたのは、蒼太だった。今日も爽やかイケメンだ。


「ああ、ちょっと寝不足でな」


「なんだ、悩みでもあるのか?」


「いや、まあ……ちょっと、な」


 寝不足の理由は、深夜、合コンから帰ってきた酔っ払いの姉に叩き起こされたからであって深い理由はない。……そもそも悩みがあるような人間には見えないだろ。


「早見くーん。お客さん来てるよー」


 女子の一人に名前を呼ばれる。教室の入り口に顔を向けると。


「……白峰さん」


「先輩、お迎えに上がりました」


 今日も今日とて、完全無欠の美少女がそこにいた。


「あ、昨日の子だ」

「めちゃくちゃ可愛いよなぁ」

「あの二人、どういう関係?」


 クラスメイトの皆も随分と気になるようだ。正直、この謎の関係……というか、白峰が何を考えているのかは俺だって気になる。


「よ、モテ男。ほら、行ってこい」


 それを言うのは、いつも俺のはずなのに、一本取られた感じだ。

 とはいえ、ここまで来てもらっておいて、行かない訳にもいかないだろう。


「行きましょう、先輩」


「お、おうよ」


 白峰に手を引かれて、俺は教室を出た。後ろからはクラスメイトのひそひそ声が聞こえてきたが、あまり深く考えないでおこう……。


「今日のお昼は、なんだと思いますか?」


「お、オムライス……?」


 流石に二日連続でオムライスはありえないだろうとあえて外しにいってみる。


「……ふん」


 しかし、白峰はぷぅと頬を膨らませて、そっぽを向いてしまった。


「え? 当たってたの?」


「どうせ、私オムライスしか作れないので」


「そ、そうなんだ」


 なんかイメージと少し違う。白峰はなんでもそつなくこなしてしまう子なんだと思っていたが、そうでもないらしい。

 というか、料理は得意だって、言ってなかったくね?


「──おっと、すまない。少しどいてくれるかい?」


 後ろから声をかけられる。どうやら、廊下を並んでゆっくり歩いていたから邪魔になってしまったらしい。

 俺は反射的に白峰の手を掴んで、引き寄せた。


「っぅぅ!!??」


 後ろに立っていたのは、黒髪のスラリとした美女だった。身長は百六十と少しくらい、口元には小さなほくろがあって、妙に大人びている。

 

「すみません、どうぞ」


 その手には、書類の入った段ボールが抱えられていた。


「いやいや、こちらこそすまないね。早見君」


「ん、名前、知ってるんですね」


 なんとなく見覚えのある顔だ。


「私は生徒会長だからね。ほとんどの生徒の名前と顔は知っている。それじゃ、私は行くよ。お邪魔したね」


 美女はすたすたとクールに行ってしまった。なんというか、スタイリッシュな人だった。


「生徒会長か。通りで見覚えがあるわけか」


「あの……先輩」


 妙に弱々しい声が聞こえた。白峰の顔へと目を向けると、いまだかつてないほど真っ赤に染まっていた。

 視線はぐるぐると泳ぎまくっている。


「ん? 白峰さん?」


「え、えーと、その……手を……」


「あ、ごめん」

 

 自然と肩に手を乗せていたのに気づいた俺はすぐに両手を上げて、一歩退く。


「先輩」


「な、なに?」


「式はいつにしましょうか? チャペルもいいですけど、私は白無垢を着てみたくて……あ、でも、先輩がドレスがいいって言うなら、勿論……」


「ちょ、大丈夫!?」


 ダメだ、何かは分からないが、思考回路が暴走している。そういう関係でもなければ、そんな歳でもないだろうに。


「と、とりあえず昼ご飯を食べよう」


 それから白峰は校舎の裏に着くまでのしばらくの間、自分の世界に没入していた。


「すみません、先輩。私、取り乱してしまったようで……」


 ベンチに座って、落ち着きを取り戻した白峰は、何処か申し訳なさそうにお弁当箱を一つ渡してきた。


「ま、まあ、そういうこともあるよなぁー。ははっ」


 少なくとも俺はそんな風になったことがないが。まあ、人それぞれだろう。なんて、思いながら、俺は弁当箱を開く。


「うん、今日もおいしそうだ」


「うふふ、ありがとうございます。さあ、召し上がれ」


 手を合わせてから、蓋を開ける。


 今日のオムライスは、昨日のオーソドックスなものとは違い、一工夫を感じるデミグラスだ。


「……冷たいのに、美味いな」


 スプーンで一口食べてみると中はチキンライス。昨日のシンプルなオムライスに負けずとも劣らない美味しさ。


「……先輩は本当に協力するつもりなんですか?」


「え? なんの話?」


「昨日、風川先輩とスーパーで会った時に話してたことです」


 どこか不機嫌、というか呆れたような顔だった。うん、絵画にでもすれば、相当な額になりそうだ。


「あー、あの件ね」


 風川月とスーパーで偶然話したこと。それは。


『あの、父が懸賞で遊園地のチケットを四枚当てたんですけど……当日、父も母も仕事が入ってしまって……だから、その、良ければ早見君と蒼太君も来てくれませんか?』


 謂わば、遊びの誘いだった。


「私は反対です。本人が直接誘えばいい話じゃないですか。風川先輩の目的は、羽瀬川先輩と遊園地に行きたいだけなんですよ?」


 白峰翡翠は不機嫌そうに唇を尖らせる。なんとなく、好きなものを小馬鹿にされた時のような雰囲気を感じる。

 

「そうかもだけど、まあいいんじゃない? 風川さんは奥手だし、ちょっとぐらい人に甘えたって」


「私はそれがよく分かりません。だって、好きなら……どうしようもなく好きなら、勝手に体と心が動いちゃうものじゃないですか」


 何故だか、白峰が照れていた。

 初雪のようで清らかな美しい前髪を指先にくるくると巻きつけて、視線は下を向いている。


「そう、なのかな。俺にはよく分からないな」


 生憎、恋愛というのは他人のものを見ていただけで、自分には縁のないものだと何処かでも思ってしまっている。あまり自分のことに興味、というか頓着がないのもあるが。


「けど、さ。彼女には悩んで、悩んで、悩み抜いて、どうしようもなかったのかもしれない」


 人を好きになるのは、きっと幸せなことだけじゃないのだ。恋をすれば、困ることだって苦しむことだってある。人の感情とは、そういう風に出来ているのだ。


「それで、俺に助けを求めてきたって言うなら、俺は応えてあげたいからさ」


 友人A。それが俺で、夢なのだ。

 ヒロイン全員が幸せになることは、無理かもしれない。主人公だって、幸せになるまでには多くの困難や苦しみがあるかもしれない。


 でも、だからこそ。出来る限り、俺はそんな主人公やヒロインの味方でいてあげたいのだ。


「……先輩は、ほんと罪な人ですね」


「それは、俺じゃなくて蒼太だろ。間違いなく」


 くすりと笑う。笑えた。


「──でもね、先輩。貴方が自分のことを見向きもしないのなら、私にだって考えがあります」


「え?」


 そう笑った白峰の笑顔は、御伽噺の中から出てきたお姫様のようでありながらも、少しだけいたずら心がのぞいていた。

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