第2章:クリスタルガーデン


 エナタの姿が、空中に描かれた音符のパターンと共に現れた。彼のアバターは、星空をイメージしたような深い青色の肌をしており、全身が微かに輝いている。髪の毛は、まるで星座のように点在する光の粒子で構成されており、動くたびに柔らかな音色を奏でている。


「やあ、ルミナ。どうしたの? すごく興奮してるみたいだけど」エナタは、親友の様子を見て微笑んだ。


 ルミナは、まるで秘密を共有するかのように、エナタに近づいた。「ねえ、エナタ。あなたには見える?」彼女は、周囲を指さしながら尋ねた。


 エナタは首を傾げ、辺りを見回した。「何が見えるはずなの?」


「虹色の粒子よ。小さくて、でもすごくきれいで…触れると、なんだか温かい気持ちになるの」


 エナタは真剣な表情で再び周囲を観察したが、やがて首を横に振った。「ごめん、ルミナ。僕には何も特別なものは見えないよ」


 ルミナの表情に少しの落胆が浮かんだが、すぐに決意に満ちた顔つきになった。「じゃあ、一緒に探してみましょう。きっと、あなたにも見えるはずよ」


 二人は噴水を離れ、クオンタム・リアルムの中を歩き始めた。ルミナは、先ほど見た虹色の粒子を必死に探していたが、不思議なことに、エナタと一緒にいると粒子が姿を現さないようだった。


「もしかして…私が一人のときにしか現れないのかな」ルミナは思わず呟いた。


 エナタは親友の言葉に耳を傾けながら、自分なりの考えを巡らせていた。「ねえ、ルミナ。その粒子、どんなときに現れたの?」


 ルミナは少し考え込んでから答えた。「そうね…最初は、いつもと少し違う場所に来たときだったわ。それから、何か新しいものを発見したような気持ちになったときにも」


 エナタの目が輝いた。「そうか!じゃあ、僕たちも何か新しいものを探してみよう。ルミナの言う虹色の粒子が見えるかもしれない」


 彼の提案に、ルミナも頷いた。二人は、これまであまり訪れたことのない場所を目指して歩き始めた。


 しばらく歩くと、遠くに奇妙な光景が目に入った。無数の透明な結晶が宙に浮かび、それぞれが異なる色の光を放っている。結晶は、まるで生き物のようにゆっくりと動き、時折互いに触れ合うと、美しい音色を奏でていた。


「あそこよ!」ルミナは興奮気味に叫んだ。「クリスタルガーデン!聞いたことはあったけど、実際に見るのは初めて」


 エナタも目を見開いた。「本当だ…なんて美しいんだ」


 二人は息を呑むような光景に見とれながら、クリスタルガーデンに足を踏み入れた。ここでは、重力が通常とは異なるようで、彼らの体は少し軽く感じられた。一歩踏み出すごとに、足元から淡い光の波紋が広がっていく。


 ルミナは、周囲の結晶を注意深く観察した。それぞれの結晶は、内部に複雑な模様を持っており、光の角度によって様々な色彩を放っている。彼女は思わず手を伸ばし、近くの結晶に触れてみた。


 すると、その瞬間、結晶が柔らかく脈動し、ルミナの指先から淡い光が広がった。「わぁ…」思わず声が漏れる。


 エナタも別の結晶に触れてみた。すると、彼の指先から美しいメロディが流れ出した。「これは…僕の作った曲だ」彼は驚きの表情を浮かべた。


 二人は、次々と異なる結晶に触れていった。それぞれの結晶が、触れる人の記憶や感情を反映するかのように、異なる反応を示す。あるものは色を変え、あるものは形を変化させ、またあるものは音楽を奏でた。


 しばらくすると、ルミナは不自然に暗い結晶に気づいた。それは、他の結晶とは違い、ほとんど光を放っていなかった。


「エナタ、あれを見て」彼女は指さした。


 二人は慎重にその結晶に近づいた。近くで見ると、結晶の内部に何かが閉じ込められているように見える。


「これは…」エナタが目を凝らした。「データ生命体?」


 クオンタム・リアルムには、時折、プログラムが進化して生まれた小さな知性体が存在することがあった。それらは通常、ユーザーたちと平和に共存していたが、時に予期せぬ行動を取ることもあった。


 ルミナは、暗い結晶の中で弱々しく光る小さな存在に心を痛めた。「助けなきゃ」彼女は決意を込めて言った。


 エナタは少し考え込んでから提案した。「ねえ、さっきの結晶みたいに、これにも触れてみようよ。何か変化があるかもしれない」


 ルミナは頷き、エナタと共に結晶に手を置いた。しかし、何も起こらない。


「だめみたい…」ルミナは落胆しかけたが、ふと思いついた。「そうだわ!エナタ、あなたの音楽と私のパーティクル、一緒に使ってみない?」


 エナタは同意し、静かに目を閉じた。彼の周りに、星のような光の粒子が集まり始める。同時に、柔らかなメロディが空間に流れ出した。


 ルミナも集中し、自分の感情をパーティクルとして具現化させた。蝶のような形をした淡い光の粒子が、彼女の周りを舞い始める。


 二人の力が結晶に向かって流れ込むと、驚くべきことが起こった。暗かった結晶が、徐々に明るさを増していく。内部の生命体も、より活発に動き始めた。


 そして突然、結晶が大きく脈動し、中央から光が溢れ出た。結晶が開くと、小さなデータ生命体が解放された。それは、虹色に輝く小さな球体で、まるで喜びを表現するかのように、ルミナとエナタの周りを舞い始めた。


「成功したわ!」ルミナは歓声を上げた。


 エナタも満面の笑みを浮かべている。「すごいね、ルミナ。僕たちの力を合わせたら、こんなことができるなんて」


 解放されたデータ生命体は、感謝の意を表すかのように、二人の周りでさらに激しく舞った。そして、他の結晶たちに触れていく。すると、触れられた結晶がより明るく輝き始め、クリスタルガーデン全体が以前にも増して美しい光景となった。


 ルミナは、この出来事に心を打たれた。「ねえ、エナタ。さっきから、たくさんの虹色の粒子が見えるの。きっと、これが私が探していたものよ」


 エナタは周囲を見回したが、特別なものは見えないようだった。しかし、彼は微笑んで言った。「僕には見えないけど、でも感じることはできるよ。この場所が、さっきより温かくなった気がする」


 二人は、クリスタルガーデンの中心に立ち、周囲の美しさに見とれていた。解放されたデータ生命体は、まるで案内するかのように、ガーデンの奥へと進んでいく。


 ルミナとエナタは顔を見合わせ、無言のうちに了解した。彼らは、このデータ生命体について、そして虹色の粒子の謎について、もっと知りたいと思った。


「行ってみましょう」ルミナが言った。


 エナタは頷き、「うん、新しい発見が待っているかもしれないね」と答えた。


 そうして二人は、輝くクリスタルガーデンの中を、未知の冒険へと歩み出していった。


(続く)

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