虹色のメッセージ

@uzuminamoto

第1章:日常の中の発見

 クオンタム・リアルムの朝は、現実世界とは全く異なる光景から始まる。


 ルミナは目を開けると同時に、自分のアバターが形作られていくのを感じた。まず、淡いピンク色の髪の毛が、まるで春の花びらのように頭上でなびく。続いて、大きな瞳が輝きを増し、周囲の景色を鮮明に捉え始める。最後に、彼女の体を包む柔らかな光のドレスが形成され、その縁には繊細な蝶の羽のようなパターンが浮かび上がる。


「おはよう、クオンタム・リアルム」ルミナは微笑みながら呟いた。


 彼女の言葉に反応するかのように、周囲の風景が徐々に鮮やかさを増していく。空には、現実世界では見られないような、パステルカラーのグラデーションが広がっている。遠くには、半透明の建造物が浮遊し、その表面で光が複雑に屈折している。足元の地面は、一見すると普通の草原のようだが、よく見ると草の一本一本が微細な回路のパターンで構成されていることがわかる。


 ルミナは深呼吸をした。もちろん、ここでの呼吸は実際の空気の出入りではない。それは彼女の意識が、このバーチャル空間とより深く同調するためのプロセスだ。呼吸と共に、彼女の周りに淡い光の粒子が舞い始める。これは彼女の感情や思考を視覚化したもので、今はリラックスした青や穏やかな緑が主な色調となっている。


「さて、今日はどこを散歩しようかな」


 ルミナは毎朝、クオンタム・リアルムの異なる場所を訪れることを日課にしている。この広大な空間は、ユーザーたちの創造性によって常に変化し続けている。昨日まで何もなかった場所に、今日は壮大な建築物が出現しているかもしれない。あるいは、見慣れた風景が全く別の姿に変貌していることもある。


 彼女は軽やかな足取りで歩き始めた。足を踏み出すたびに、地面に小さな波紋が広がる。これもまた、クオンタム・リアルムの特徴の一つだ。ユーザーの存在が、周囲の環境と常に相互作用しているのだ。


 歩いていくうちに、ルミナは徐々に見慣れない風景に足を踏み入れていることに気づいた。周囲の色彩がより鮮やかになり、空間そのものが微妙に歪んで見える。まるで、現実の物理法則がここでは別の形で機能しているかのようだ。


「ここ、前に来たことあったかな…?」


 彼女が首をかしげていると、突然、目の前で小さな光の粒子が踊るように現れた。その粒子は、これまで見たことのないような虹色に輝いている。


「わぁ、きれい…」


 思わず手を伸ばしたルミナだったが、指が粒子に触れる直前、それは柔らかく消えてしまった。しかし、その瞬間、彼女の心に不思議な温かさが広がった。まるで誰かの優しい気持ちが、直接心に触れたかのような感覚だ。


「これ、一体何だろう?」


 興味をそそられたルミナは、さらに歩を進めた。すると、また別の場所で同じような虹色の粒子が現れる。今度は少し大きめで、より鮮やかな色彩を放っている。


 ルミナは慎重に近づき、今度はゆっくりと手を伸ばした。指先が粒子に触れると、再び心地よい温もりが全身を包み込む。同時に、かすかな音楽のようなものが聞こえた気がした。


「これ、絶対に普通じゃない」


 彼女は興奮を抑えきれず、周囲を見回した。他のユーザーはこの現象に気づいているのだろうか。しかし、遠くを歩いている数人のアバターは、特に変わった様子もなく、普段通りに振る舞っているように見える。


「エナタに教えなきゃ」


 ルミナは親友のエナタのことを思い出した。音楽を愛する創造的な魂の持ち主であるエナタなら、きっとこの不思議な現象に興味を示すはずだ。


 彼女はメニューを開き、エナタにメッセージを送った。


「ねえ、エナタ。今すぐ会えない? 信じられないようなものを見つけたの」


 返事を待つ間も、ルミナは虹色の粒子を探し続けた。それはまるで、彼女を導くかのように、時々姿を現しては消えていく。その度に、ルミナの心は温かさと好奇心で満たされていった。


 やがて、エナタからの返信が届いた。


「了解、今向かうよ。どこで会う?」


 ルミナは周囲を見渡し、目印になりそうな場所を探した。


「覚えてる? 前に一緒に行った、空中庭園の近く。そこの下にある、キラキラした噴水のところで待ってるね」


 メッセージを送信すると、ルミナは指定した場所へと向かった。歩きながら、彼女の頭の中は次々と湧き上がる疑問で一杯になる。


 この虹色の粒子は一体何なのか? なぜ自分にだけ見えるのか? そして、触れたときに感じるあの温かな感覚の正体は?


 噴水に到着したルミナは、水面に映る自分の姿を見つめた。普段と変わらない自分のアバターがそこにいる。しかし、何かが違う。自分の周りを漂う感情の粒子が、いつもより少し明るく、より活発に動いているように見える。


「これって、もしかして…」


 彼女の思考は、エナタの到着を告げる柔らかな音色によって中断された。


(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

虹色のメッセージ @uzuminamoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ