第10話 花火 三

 二人は会場から離れた場所にある公園にまで逃げてきた。冬美は追ってくる者がいない事を確認すると、 ベンチに倒れ込むように座った。遠くなってしまった会場から花火が打ち上がる音が聴こえてくる。ここからでも花火が空に広がる様を見れるが、手の平をかざせば見えなくなる程に小さな花火であった。




「はぁ……まったく、これじゃあ来た意味が無くなったよ」




「ごめんね、冬美君」




「……まぁ、元々はいきなり走り去った僕が悪いし。どっちが悪いかは、この際忘れましょう」




「ここからじゃ花火、小さく見えるね」




「逃げてる途中にでも見ておけば良かったよ!」




 後ろ側で打ち上がっている花火を見る為に、冬美は正面にあるブランコに移る。軽く漕いでブランコを揺らすと、足を地面から離した。




「ずっとそこで惨めに立ち尽くすだけか?」




 冬美は罪悪感で立ち尽くしている麗香に声を掛けると、隣のブランコを揺らした。麗香が隣のブランコに座ったのを見ると、冬美は体を上手く使ってブランコを漕いでいく。助走をつけ、勢いよく体を前に出すと、ブランコは危なげに一回転した。




 全身の毛が逆立つスリルを冬美は味わうと、ブランコの揺れを足で止めた。


    


「ハハハ! 意外と出来るもんだな! もう二度とやらないけど!」




「……冬美君。今日は、本当にごめん」




「まだ気にしてたのか。いつもは僕の事なんか気にせず、好き勝手してくる癖にさ」




「だって、花火を楽しみにしてたんでしょ? それなのに、私の所為で……」




「花火なら今も見えてる。それにさ! あんな人混み中じゃ、うるさくて気が散ってしまうからな! 離れて正解だったかも!」




 会場で見る花火よりも、小さく見える花火。それでも、冬美は見惚れていた。つんざく爆音。夜空を彩る花火の色。星をも霞ませる花火の煌びやかさ。美しくも儚い花火の散りざま。どれもゲームの中で見た時よりも、幻想的であった。




 俯いていた麗香は、冬美の横顔に目を向けた。花火が反射してか、冬美の瞳は輝いていた。それを見た瞬間、どうしてか、寂しさを覚えた。手を伸ばせば触れられる距離なのに、遠く感じてしまう。今も、その距離はどんどん離れていく。そう思って仕方がなかった。




「……冬美」




 麗香はブランコから降りると、冬美の膝に座った。目の前に麗香がいる所為で、冬美は花火が見えなくなってしまう。麗香がいつもの調子が戻ったかと冬美は思ったが、見た事も無い真剣な表情を浮かべていた。 


 


「私が必ず幸せにするから。危険も、苦しみも、孤独も、私が感じさせないようにする。だから」




 麗香は冬美の頬に手を添えて、顔を近付けていく。おでことおでこがくっつき、お互いの視界が相手の瞳で一杯になる距離。麗香の瞳は、会場の人々を操った時のように蠢く。




「私の傍に居続けて」




「……」




「嫌なの。冬美が私の傍にいないのが。私から離れて、他の誰かといる事が嫌なの。だから私の傍にずっと―――キャッ!」


 


 突然動き出したブランコの揺れに驚いた麗香は、反射的に冬美にしがみついた。




「ハッハハハ! ビックリした? だったら大満足だよ!」




 冬美は麗香を驚かせる為に、わざと操られたように振る舞っていた。ビックリした麗香のリアクションに、今までの仕返しが成功した事に、冬美は声高らかに笑った。




「……やっぱり、効かないんだ」




「当然さ! 僕を操れるのは、僕だけだ! 何処で何をしようと、僕が決めた事だ!」




 それは麗香に対する遠回しな返事であった。確かに麗香の瞳の力は効かなかったが、冬美は麗香の傍から離れるつもりなどなかった。自分でも遠回しな言い方だったと自覚すると、恥ずかしさを振り払って本音を語った。




「こうして花火を見に来れたのも。今まで楽しく生きてこられたのも、その……あんたのおかげだ! だから、離れるつもりなんかない!」 




「……ありがとう」




 麗香は冬美にしがみついていた手を背中に回し、強く抱きしめた。今までのような優しい抱きしめ方ではなく、痛みを伴う強い抱きしめ方。




 冬美は足でブレーキを掛けてブランコを止めると、戸惑いのある手で麗香の背に腕を回した。いつも麗香が自分にしてくれたような、優しい抱きしめ方で。




 二人は目を閉じ、お互いの体温、心臓の鼓動を感じ合った。いつものような一方的なものではない。この時、この瞬間だけは、二人は対等だった。




 空に最後の花火が打ち上がる。その花火の形は、まるで今の二人を表すかのような大きなハート型の花火であった。




「ハート型の花火だなんて、なんだか恥ずかしくなるな……」




「いいじゃない。今の私達みたいでさ」




「最後に儚く散る様が?」




「ううん……確かに、打ち上がった花火はすぐに消えてしまう。でも、一番綺麗に広がった様が記憶に焼き付く。永遠に消えない思い出に」




「いつか独りになった時の寄る辺が出来ましたよ。だって、ほら。年齢的にも先に死ぬのはあんたの方でしょ?」




「もう! ロマンの欠片も無い! こういう時だけは現実を忘れて、ロマンチックに浸るものなのよ! こっの~!」




 麗香は冬美を抱き上げながらブランコから立ち上がると、抱きついたまま回った。お互い目が回ると、地面に膝をつき、その隙に冬美は麗香から逃げ出した。でも距離は離さず、すぐにまた掴まる距離を保った。




 二人は車を停めている駐車場までの道中、追いかけっこをしながら笑い合っていた。  

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