一章 順風満帆

第2話 プレゼント

「冬美君! はい、プレゼント!」




 何でもない平日の夜。ソファで寝っ転がっていた冬美に、麗香がプレゼントを渡してきた。プレゼントの箱は横型の小さな箱。シンプルでありながら素材の良い箱から、開ける前から中身が高い物だと察せた。




「……今日、何かあったっけ?」




「何も無いよ!」




「最近何も労働してないから、報酬を渡される覚えはないんだけど」    




「それは大人のやり取りよ。何かしてくれなきゃ贈り物を渡さないなんて事はないし、渡しても見返りなんて求めない。それにね……冬美君がいてくれるだけで、お姉さんは嬉しいの」




「……フン。まぁ、貰える物は貰うよ。その……ありがと」




「ウフフ! さぁ、開けて開けて! 中身は何かな~?」




 冬美は口元の緩みを隠す為、麗香に背を向けてからプレゼントを開封した。リボンを解き、箱を開けると、昂っていた高揚感が急速に冷めていった。


 


 プレゼントは、首輪であった。高級そうな革製の黒い首輪の中央にはネームプレートがあり、そこには冬美の名が書かれている。これが、冬美にとって人生初の贈り物となった。記念すべき初の贈り物に対する冬美の心情は、嵐吹き荒れる花畑の惨状。




 臭い物に蓋をするかのように、冬美はソッと箱を閉じようとした。その時、甘く優しい匂いが冬美を包み込んだ。




「どう? 冬美君に似合うと思うのだけれど」




 冬美の背後から、麗香が腕を回して抱き着いてきた。優しく、それでいて決して振り解けぬよう頑丈に。柔らかくも張りのある胸が冬美の背中を刺激し、彫刻のように美しい両手が冬美の腕の付け根を撫でる。普段よりも艶めかしい吐息が、ゆっくり、じっくりと耳元をくすぐってくる。




 冬美は硬直していた。名付け親、化け物、夜の闇。ありとあらゆる恐怖と対峙してきた中で、体が硬直したのは初めてであった。膨れ上がる恐怖に身を任せ、泣きたいとも思っていたが、泣いて解決する状況ではない。




 膨れ上がる恐怖。退路の無い状況。生まれ持った己のプライド。引くに引けない状況下の中、冬美は決断した。




「似合うわけないだろ! 僕はこんなのいらない! ダサい! 趣味合わない! 倫理が無い! とにかくいらない!」




 怒涛の拒絶。それが冬美の決断であった。攻め入ってくる強敵に守りを徹しても、いずれ守りは崩れて核を叩かれる。それならば、逆にこちらが強く攻めればどうだろう。半端な攻めでは返り討ちに遭うが、敵を凌ぐ程の猛攻であれば。攻撃は最大の防御。つまり、冬美は駄々をこねたのだ。




 冬美からの返答に、麗香は傷付いた。首輪を着けた冬美の姿を何日も妄想し、現実となる今日を待ちわびていた。その目前にて告げられた怒涛の拒絶に、麗香の心は深く傷ついた。




 しかし、それだけ。冬美の拒絶は麗香にとって、料理に味を足すスパイスに過ぎなかった。




「……冬美君」




「な、なんだよ……!」




「私を拒絶して、いいのかな?」




「ッ!? なんだよ、家を出ていけって言うのか!? それとも、暴力か!?」




「まだ気付かないの? ううん、気付いていないの? 君が私を拒絶した時、私がどうなってしまうのか」




「どうなるって……あぁ……」




 冬美は記憶の中から答えを見つけ出し、そして絶望した。




「ヒャアァァァ! ツンツンしてる冬美は可愛いね~! デレデレになるまで甘やかしてあげるからね~! ムチュチュチュ!!」




「ヒィッ!? うわぁぁぁぁ!!!」




 それはまるで、飢えた狼に貪られる子鹿の光景であった。視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚。麗香の五感の全てが冬美で一杯になっていく。元からほぼ無かった理性が弾き飛び、欲望の赴くままに動く。


 


 一方で、冬美は泣いていた。全身のあちこちを麗香に好き勝手され、プライドが粉々に砕けていく。反抗しようにも、確かに感じる気持ち良さに抗えず、そんな自分が情けなかった。このままされるがままにされれば、骨の髄までしゃぶりつくされるのは目に見えていた。ここから逃れる術は、ただ一つ。




「キャー! やっぱり似合うよ冬美君! 可愛さに磨きが掛かってるよ!」




 拒絶していた首輪の着用。それが唯一の逃げ道であった。しかし、結局は麗香の望みが叶っただけで、逃げた先も地獄であった。冬美は歯を喰いしばりながら麗香を睨むが、恥ずかしさに顔と耳が赤くなった状態で睨んだ事により、麗香の興奮は天井を突き抜けた。




「可愛い! 可愛いよ!! 今度はそれに似合う猫耳と服も買ってあげるからね!!!」




「ね、猫耳!? それは絶対に嫌だ!! もういっそ、殺してくれぇぇぇ!!!」   




 その日以来、首輪を着けていないと貪られてしまう恐れから、冬美の首にはいつも首輪が着けられるようになった。

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