二十八、ある預言使の追憶 上

サ・グラジュルが生まれた日。天から祝福するかのように一筋の光がクリグムに差し込んだという。



ペイナが目を開けると知らない場所だった。横にはラゼンがいる。


「ラゼン。ここ、どこだろう」

「恐らく、サ・グラジュル様の記憶の中だ。サ・グラジュル様はそういうことが出来るんだって以前が仰っていた」

「記憶の中、、、」


途方もない話にペイナは頭がクラクラしてくる。


「ペイナ。あそこに人がいる。近づいてみよう」

「近づいたら変な人がいるって言われたりしない?」

「これは記憶だから大丈夫だと思う。過去は変えられないから」


それもそうだとペイナは納得して二人連れ立って人混みに近づいた。人々は小さな家の前で家の主人と思しき人と話している。


『サ・グラジュル様はお生まれになったのか』

『預言通りなら今日のはずだ』

『妻はまだお産の最中ですので、お引取りを、、、』

『かあ様、サ・グラジュル様って誰ー?』

『サ・グラジュル様は尊いお方よ。随一の預言使として誕生が預言されているの』


人々は浮き足立ったようにサ・グラジュルの誕生を待っていた。ほんのしばらくして産婆のような女性が家から出てきた。


『サ・グラジュル様がお生まれになりました!』


その声に人々は我先にと家の中へ入っていった。主人だけは残って妻と子の安否を尋ねている。

その様子がどこか歪でペイナはゾッとした。ペイナが育った村でお産は特別なものだった。母も子も命懸けだからだ。子が産まれたらそれを祝い、母を労る。子供の名付けだって村総出で行うほど大事なものだ。それが無い様子が、子の誕生も名前も決まっていて誰も母親のことを気にかけない様子が気持ち悪くて仕方なかった。


『サ・グラジュル様がお生まれになった!』

『クリグム族もこれで安泰だ!』

『やはり我々は神に愛されているのだ!』


その言葉にペイナはハッとする。


「サ・グラジュル様ってクリグム族なの?ボルックが王城でサ・グラジュル様はクリグムじゃないって、言ってたのに」

「確かにサ・グラジュル様はクリグム族であると名乗っていない、、、。何かあったのかもしれないな」


二人で喋っているうちに場面が変わっていた。小さな家は大きな家になっていて、召使いもたくさんいる。サ・グラジュルの存在の大きさが伺えた。


『サ・グラジュル様、本日はどうします?』

『私めになんでも仰ってくださいまし』


小さな男の子に召使いたちがにこにこと作り笑いを浮かべて擦り寄っていた。

幼いサ・グラジュルは無表情で何も言わない。確かに自分がこんなところで育っていたらと思うと、サ・グラジュルが恐ろしい程の無表情なのもわかる気がする。

また場面が変わった。少年になったサ・グラジュルの前に一人の少女がいる。栗色の癖毛、深緑の真ん丸な目に大きめな口の少女はいかにも快活そうだ。


『初めまして!私はイーリャ。あなたは?』


少女、イーリャは無邪気な声でサ・グラジュルに尋ねる。


『知らないの?』

『知らないわ。だって私とあなたは初めて会ったもの』

『僕の名前はサ・グラジュル。随一の預言使だ。僕はこの大陸全てを見通し、過去未来百年間見通せる』

『サ・グラジュル?長いわね。サーグって呼ぶわ。それに予言の力が人より強くたって上手く使わなきゃ意味ないんじゃあない?』

『、、、』


いつも大人たちに崇められていたサ・グラジュルはイーリャのようによく言えば天真爛漫、悪く言えば無礼な人に会ったことがないようで呆れたような驚いたような顔をしていた。

その日からイーリャは毎日サ・グラジュルの元にやってきたようでサ・グラジュルはイーリャのことをどんどん知っていく。族長の娘であること。癖毛が悩みであること。兄と姉がいること。遊ぶことが好きで勉強は好きでないこと。野菜は苦手で果物が好きであること。

神として育てられていたサ・グラジュルにイーリャはたくさんのことを教えてくれた。綺麗な石を見つけた時の喜び。一日中遊び尽くした日の充実感とほんの少しの疲れ。友達と喧嘩した日の悲しみ。雨が降った日の憂鬱。勉強をサボって遊んだ日の高揚。つまみ食いした時の美味しさ。そして人の優しさと温もり。

イーリャがサ・グラジュルを神から人に戻してくれた。サ・グラジュルの人格を作ったのはイーリャと言っても過言ではない。

そのイーリャが幼馴染から恋人に。恋人から伴侶になるのに時間はそうかからなかった。

その様子をペイナとラゼンはどこか温かい気持ちで見ていた。

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