間章八、龍の生き様
カイヤは生まれた瞬間からなんでも持っていた。ベルア族次期族長としての地位。よく切れる頭脳、恵まれた体格、カリスマ性。他にもなんでも持っていた。周りの大人はカイヤを丁重に扱った。それは至極当然のことだと思う。なぜならカイヤは、特別だから。全てを持って生まれたから。特別な人間は特別に扱われて当然だ。しかしカイヤは表向き謙虚に暮らした。その方がより一層周りがカイヤを褒め称えるからだ。
「カイヤ様が毒について完璧に覚えてしまっては、このアーグラめの仕事が無くなってしまうではないですか」
当然だ。カイヤは特別賢いから。
「カイヤ様は護衛の瑞と炎より強いのですね」
当たり前だ。カイヤはなんでも出来るから。
「次期族長がカイヤ様のような方で本当に良かった。これで里も安泰ですね」
そう。カイヤが族長になるのは自然なことだ。水が上から下へ流れるのと同じこと。不変で覆せないような決定事項なのだ。
それが。壊れたのはいつだろうか。初めて恐怖を抱いたのは。
カイヤが族長になったのは二十を少しすぎてからだった。通例よりだいぶ早く族長になったが、これも優秀な息子に早く族長を継がせたいという父の意向からだった。
族長になる時は陽の家の当主から額飾りを賜る。この額飾りは陽の家の者しか触れられないため族長選びは陽の家が担っていると言われる。しかし実態はそうでは無い。陽はすっかり龍の下僕で言いなりだ。その龍の当主たるカイヤが里で一番優れているのだ。
「母様。この方が族長になられるのはどうかと思いますよ?」
額飾りを賜った日、銀の目の少女がそう言った。自分と十以上歳の離れた少女に自分の本性を、内面を、全て見られた気がして肌が粟立ち、戦慄した。カイヤは完璧なはずだ。こんな小娘に恐怖を抱いてはいけない。
その日からだった。ペリアを殺さなくてはいけないと思ったのは。ペリアを生かしてはいけない。そのためには新しい陽の家を、新しい銀目の一族を、作らなくてはいけない。
カイヤがおかしくなっていったのはこの頃からだった。
「カイヤ様がご乱心だ」「あんなに妾を作って、、、」「以前より横暴になった」「族長になる前のカイヤ様の方がよっぽど良かった」
うるさい。耳障りだ。カイヤにはやらなくてはいけないことがある。銀目を、銀目を作らなくてはいけない。王家の瞳に異常のある姫。それを使えば、銀目が生まれるかもしれない。王家がなんだという。それはカイヤよりも大事なのか?そんなことはないだろう。カイヤはこの世で唯一の特別なのだから。
しかしできるのは普通の子供たち。出来が良くて金目ばかり。そんな子供はいらない。カイヤは銀目が欲しいのだ。
「カイヤ様。五家の娘には手を出すなとあれほど、、、。影分家のサリアはあなたの正妻に据えます。サリアの娘は我が家で引き取りましょう」
「好きにするがいい」
アーグラの言葉なんて関係ない。妾や普通の子供たちが死のうと関係ない。カイヤは銀目さえ手に入ればこの恐怖から逃れられるのだから。
数年後、陽の分家に混ざり者が生まれたと聞いた。ちょうどいい。この娘を陽に新たな銀目の一族にすればいいのだ。これで心置き無くペリアを殺せる。これでようやくこの言葉にし難い、言いようもない恐怖から解放される。しかし大々的に殺してはいけない。評判は下がったとはいえ、カイヤはベルアの族長だ。後暗いことで周りに引きずり落とされてはいけない。カイヤは完璧でなければいけないのだから。
「最後までお前は怖がってばかりだな。カイヤ。その汚い心を見られまいと必死になる様が滑稽で哀れで仕方が無いよ」
うるさい黙れ。
「私を殺したって無駄だよ。そのうちお前は破滅する。そう相場が決まっているんだ」
ペリアを殺してもその恐怖は無くならなかった。ペリアの死に顔が、最後の言葉が泥のようにカイヤにまとわりつき、カイヤを苛み続けるのだ。
今の今だって。
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