episode 3 証拠の手紙

 それから四日が経ったここまでで一番の大雨が降るなか、斗夢はもう一度この古くさい港を訪れた。赤と黒の大型船が対岸の新しい港から出航し、汽笛が海の深い雨でぼんやりぼわわああと響く。汚れも何もかも流されそうな雨でも憂は岸壁の下、座り込んでカニとたわむれていたのだけど、彼の登場に思いきりしまったという顔をして地縛霊のくせに逃げようと泥をはうほどだった。

「今日は事情が変わったんだ」

 彼はいつも以上に蒼ざめた彼女に胸を張って言う。

「この三日、四日だっけ。何か――、あったの?」

 彼女が恐る恐るという感じで訊ねると、彼ははっきり「手紙が来た」と答えた。

「えっ、手紙?」

 ぼろぼろのサロペットのひもをかけた憂の肩がびくり浮き上がる。突然雨が勢いをなくし、斗夢は傘ごと手を広げてまだ暗い天を仰いだ。

「塁が生きている証拠をつかんだ手紙だよ。いいか、塁はこの港の近くにいる。理緒リオが、塁の親友が、いなくなったあともここで見たって手紙を送ってきたんだ!」

 そう言い放った彼は、今度は「まさか、憂じゃないよな」と視線を落として座ったままの彼女を見下ろす。すると、

「うち、けふっ、手紙なんか、送ってない」

 彼女は咳をし、理緒のふりはしていないと主張した。彼の興奮は高まる。

「ほらほらほら。理緒はここで、そうだ! 今もここで見張ってるんじゃないか?」

 ぎくり、ここで見張ってるところを見られた? まさか――でも今まで私は隠れて斗夢と憂のやりとりを見守ってきたから、その後ろ姿くらいなら見たかもしれない。

「うそだ、理緒なんて地縛霊のうちが見たことない」

 憂は理緒が港に現れることをも否定する。

「憂は確かに名前がわかるみたいだけど、会ってないってうそはつけるからな。理緒が塁を見たのも雨の日だったらしいし、憂が塁や理緒を見てる可能性は高い」

「どっちも見てないって」

 私からすれば、彼女には見ていてうそをつく理由がなかった。

「なあ、思い出してくれよ。僕は塁を取り戻したいんだ」

「そんなこと、言われても……」

 斗夢を見上げた憂の視線の先、灰色の空をかき回す白い風車の周りをカモメが舞い踊る。その白い白い翼を追い、何を思ったか彼女は斜めに立ち上がりかけてよけい傾き、

「おい、どうした。地縛霊がふらふらする?」

「何でもない。あなたには関係ない」

 ぶすっとする憂、ちょっと大丈夫? 雨も多くて最近は体調を崩しがちだよね。あなたに今気をつけてと言うよう頼めるのは斗夢だけ、困ったね。

 しかし当の少年は幽霊の体調などおかまいなしで、雨がやんだ岸壁に虫の声が戻るまで彼女の白状を待ち続け――しかも、港に光が射して虫が騒ぎだしたらはっとし、そう、今は雨が降っていないから地縛霊と会話できないと思ったらしく、コンクリート強くって振り返りもせずに駆けだした。

「――雨がやんで、そんなに恥ずかしいのか」

 憂はゆらゆら立ち上がって重いため息をつき、彼を見送っていた視線を切る。そのままもう一度倒れそうになった。

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