ほこらぶすとーりー 婚約破棄されたけど、視える幼馴染と祠から出でしメリーさんに愛される

七草かなえ

第1話 小さな村ではいろいろ起きがち

「これで終わりだ西城亜矢さいじょうあや。お前との婚約を破棄する」


 婚約者だった少年に告げられ、亜矢は目を目いっぱいに見開いた。

 ここは一帯がむせ返るように濃厚なみどり、みどり、みどりで覆いつくされた村外れの原っぱ。亜矢と向かい合う形で村一番の名家の令息である黄水仙きずいせんすかいは婚約破棄を突き付ける。

 冷水を浴びせられたような衝撃を受けながら、亜矢は心の隅では納得してもいた。


 ――ああ、やっぱり。


 だって亜矢が学校で教科書を破られても、体育着をどぶ川に捨てられてもすかいは慰めてもくれなかった。

 学校と家との往復以外の外出を厳しく制限する親の教育方針に、何も言ってくれなかった。

 何度か村を逃げて行政に助けを求めたら、黄水仙家の力で連れ戻された。


 愛されていないと、理解していた。

 それでも他のほぼ全員に嫌われている亜矢にとっては、普通に話しかけることができる貴重な人だったのに。


「わかりました、すかいさん。とても残念です……」

「残念なのはあなたという女がでしょう?」


 亜矢をさえぎってどこからか現れたのは、亜矢と空の高校のクラスメイトである神崎かんざき愛理らぶりだ。中学時代に都会から転校してきた長い黒髪に可愛らしい顔立ちの正統派美少女である。この山にある小さな村で一番のイケメンと評判のすかいと並ぶと美形カップルが現れた。


 あたしたちキラキラネーム同士だねとかなんとか言ってすかいと即意気投合していた。


「いい年して髪にピンクのリボンなんて付けて、それにその茶色い髪も何なのですか。これからはすかいの元カノとしてちゃん校則くらい守ってほしいです」


 愛理らぶりはいわゆる『サバサバ女子』だ。

 ことあるごとに『女の子女の子してる』亜矢を敵視して口で攻撃してくる。制服を校則通りに正しく着こなして、口調も丁寧な敬語なので一見するとしとやかにすら見えるのが恐ろしい。


「ごめんなさいね、でも本当のことだから」


 リボンは校則で認められた範囲のものだし、茶髪は地毛だ。そのような本当のことを言ってもおそらく一笑に付されてお終いなのは今までのことで嫌というほど実感している。


「ね、すかい。この子に贈り物があるんでしょう?」


 ――贈り物?


 途端にぞくりと亜矢の全身に悪寒が走った。

 これからされてはいけないことが起きようとしている。それだけははっきりとわかってしまった。


 長くのびた草葉に隠れていた金属バッドをひょいと拾い上げて。


 空は亜矢の後ろに見守るようにしてあった古びた小さな木造りのほこらに激しくバッドを叩きつけた。


「やめてっ!」


 毎朝通りかかった村の年配者たちがこの祠に手を合わせるのを見てきた亜矢は、いたたまれなくなって声を上げた。

 だが二発、三発と、すかいは祠を痛めつけて。

 もともとぼろぼろだった祠は壁が崩れて、屋根も形を失った。中身がどうなっているかはわからないし、知りたくもない。


「はは、お前のせいだぞ亜矢。お前は村で嫌われている。だからお前が壊したといえばみんな信じる」

「だいじょうぶですよ西城さん。どうせこんなにぼろかったのですもの。……もしかしたら取り壊す手間が省けたお礼を言ってもらえるかもしれ」



「君たちは何を言っているんだ?」



 愛理らぶりをさえぎり、よく通る少年の声が響いた。静かで、それでいて腹の底から湧き上がるような迫力のある声。


 黒い詰襟の学生服、細身の体躯、亜矢よりも色が淡い薄茶色の髪。全体的に色素の薄く儚げな少年が、亜矢の横に立っていた。


「お前……宮村みやむらヒカル!」


 空がぎり、と歯ぎしりをした。


「さっきそこの草葉の陰で昼寝してたら大声で目が覚めた。言い訳はしないでね。黄水仙きずいせんも神崎さんも」


「なんのことでしょうか? 宮村くん」


 しらを切る愛理に、少年ヒカルは鋭い眼光を向けた。


「おれの亜矢を雑に扱ったあげくに婚約破棄、さらに怪異が封印された祠を壊して、それもおれの亜矢に押し付けようとした」


「『おれの亜矢』ですって?」

「怪異なんてまがい物だ! じいさんばあさんが勝手に信仰してるだけだろ!」


「……っ。ヒカル……」


 愛理、空、亜矢がそれぞれの反応を示す中で、村に代々続く霊媒師の血を継ぐヒカルは、凛と言い放った。


黄水仙きずいせんすかいに神崎愛理らぶり。君たちが祠を壊したんだろう? 死ぬよ、社会的に」


 そして祠に目線をやって言う。


「どうぞおいでください、メリーさん」






 

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