第11話 弱点


「陽午さん。今日は待ちに待ったお弁当の日です」

「昭和のニュースみたいな切り出し方ですね……」


 四限目が終わるなり、日川さんは薄桃色の包みを手に私の席にやって来た。

「待ちに待った」と言っても、前回からちょうど一週間しか経っていないのだが。よほど待ち侘びていたのか、日川さんの上半身が小刻みにゆらゆらと揺れている。こういう動きをする海外の民芸品があったような。


「おーい、今日は食堂に……おっと」


 いつものように近付いてきた池園いけぞのが、日川さんの姿を認めて足を止める。顔には意味深なにやにや笑い。


「こりゃ失礼。お邪魔でしたね」

「すみません、池園さん」

「いえいえ。どうぞ、ごゆっくり」


 すれ違いざま、池園は私の背をぱしん、と叩いた。


(上手くやれよ)

(何をだよ)


 クラス中の視線という視線を集めながら、私と日川さんは教室を出た。

 改めて日川さんの注目度には凄まじいものがある。本来であれば、私などが付き合っていい相手ではないのだ、と、思い知らされるようだ。


「……」

「陽午さん?」

「……あ、いえ。行きましょうか」



 昼休みの校舎裏に相変わらず人気はない。少しばかり自然豊かなせいで、少しばかり虫が多いからだろうか。存外、みな現代っ子らしい。


「いい天気ですねぇ」

「はい。今日は全国的に日差しが強いという予報でしたが、的中したようです。あちらに席を取りましょう」


 そう言って日川さんは、敷地の端に生えた大きなケヤキの木陰を示した。

 なるほど日除けには適している。しかし地べたに座るとなると、私はともかく、日川さんのスカートが汚れてしまうのではないか。


 私の気掛かりを察したように、日川さんはどこからともなく折り畳まれたブルーシートを取り出すと、手際よくケヤキの根元に広げた。


「おぉ……用意周到ですね」

「そうでなくては、ロボットは務まりません」


 分かるような分からないような決め台詞を言って、日川さんがローファーを脱ぎ、シートの上に座る。

 失礼してその横に腰を下ろすと、日川さんは早速包みを解き、プラスチックの白い箱を取り出して蓋を開けた。


「おぉ、サンドイッチ。いいですね、ピクニックに来たようで」

「今週の陽午さんはおにぎり、おにぎり、炒飯と来ていましたので。この辺りでパンが欲しくなる頃合いかと」

「日川さんは気遣いの人ですね……」

「気遣いのロボットです」


 卵サラダ、レタスとハム、照り焼きチキンに蜜柑のスイーツサンドまで。

 サンドイッチの満漢全席とでも言うべきいろどりの花畑を前に、私は日川さんの方を見ながら手を合わせた。


「では……いただきます」




 ★





 わざわざ魔法瓶で用意された食後の珈琲を頂きつつ。

 話題は、今回の分のお返しを何にするか、という相談になった。


「映画……ですか」

「はい。今度のゴールデンウィークに上映される作品で、気になるものがありまして」


 私のスマホの画面を操作し、日川さんは古い映画のリメイク作品のページを指した。

 肩が触れそうな距離。少しだけ鼓動が大きくなる。日川さんに聞こえていなければいいが。


「ですが、私は映画館というものに一度も足を運んだ事がありません。独りでは何かと心許こころもとないので……」

「そういう事でしたら、喜んでお供しますが……いいのですか。前回に続いてまたしても、私も一緒に遊びに行くだけ、のような形になってしまって……もっと、日川さんご自身の個人的な需要に沿ったお返しでも……」


 口を開きかけた日川さんの動きが、急にぴたりと止まった。


「日川さん?」


 藍色の目がここではないどこかを見つめる。須臾しゅゆの間をおいて、蚊の鳴くような声が発せられた。


「ひ……ひうまさん。む、む、む……」

「む?」

「む……むしが、せ、せ、せなかに……」

「え」


 ぶるるっ、と身震いしたかと思うと、日川さんは弾かれたように立ち上がり。

 いきなり、リボンを解き、制服のブレザーを脱ぎ始めた。


「なっ……何を! 日川さん!?」

「とととと、とっ、とってください。ひうまさん」


 ブレザーを脱ぎ捨て、シャツのボタンを目にも留まらぬ手捌きで外し、それも脱ぎ捨てて。

 最後に残った薄いグレーの肌着をも、日川さんは一切の躊躇なく肉体から取り払った。


「ひ、日川さん! まずいです! それは!」


 狼狽え、強烈な閃光を浴びたように手で視線を遮りながら叫ぶ。

 しかしそんな私に日川さんは切実すぎる声で助けを求めてきた。


「ひひ、ひうまさん。ととと、とってください。むむむ、むしは。むしは、むむむ、むりです。むりです。たすけて。たすけて」

「……っ!」


 やむを得まい。

 指の隙間から覗くと、陶器のようにつるりと滑らかな白磁の背中がすぐそこに見え――その中心の辺りに、もさもさした茶色の虫が一匹、張り付いている。


 これでも幼い頃はあらゆる虫を手掴みするタイプの鼻たれ小僧だったので知っている。こいつは見掛けの割に無害な毛虫だ。毒もない。


「と……取りますよ!」


 見ないように、触れないように。

 毛虫だけを指の先で掴んで、そっと日川さんの背中から引き剥がす。

 その時、つやつやした曲線を描く日川さんの脇腹の辺りで、黒い何かがちらりと視界を掠めた。


『日川重工』


 身体の側面に刻まれた文字列。その意味を考えるより先に、私は毛虫をケヤキの幹の裏側に放してやった。


「と、とれましたか。ひうまさん」

「取れました。取れましたから、どうか服を着てください」


 身体ごと後ろを向き、真っ赤に火照った顔を両手で押さえてうずくまる。

 背中越しに聞こえる衣擦れの音よりも私の気を引いたのは、一瞬見えた文字列の事だった。

『日川重工』……日川さん、企業製だったのか。聞いた事のない会社だが……。



「取り乱してしまい、大変申し訳ありませんでした」

「い、いえ……お気になさらず……」


 制服を着直し、日川さんはいつも通りの無表情。

 無表情のまま、すす、と、シートに座り込む私に顔を寄せ。

 日川さんが囁く。


「……助けていただき、ありがとうございます。しかし、見られてしまいましたね。私の一糸纏わぬ姿を」

「ふ……不可抗力、でしょう、あれは……」

「ますます、言い逃れが出来なくなりましたね。陽午さん……」

「ぐ……っ」


 あれだけパニックになっていたのに、まぁ切り替えの早いこと。

 それにしても、虫が苦手なロボットとは。随分と牧歌的なシンギュラリティもあったものだ。

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