第7話 武器を求めて
ダムドミアズマカーバンクルを倒したからといって、黒い霧が晴れることはなかった。
むしろ、その濃さが変わらないことに、胸を締めつけられるような不安が広がる。
この黒い霧はただの障壁ではない――どこか意志を持ち、俺たちを監視しているような気配すら感じた。
他にもいるか親玉のフォールンがいるのだろう。
だが、ダムドスレイブ達は蘇生した。獰猛な動植物たちは処分したが、鍛冶師が1人いた。
◆
「皆集まってくれ。
紹介しよう、鍛冶師のエルドゥインだ。」
岩肌に囲まれた集落の中心、勇士たちが次々と姿を現し集まっていく。
その場に立つエルドゥインは鍛冶師らしいたくましい体つきの老人で、灰色の髪が短く刈り込まれている。
その目には鋭い光が宿り、過去の経験がただ者ではないことを物語っていた。
俺はメイエルの翻訳のもと、復活したエルドゥインを集まった勇士達に紹介した。
「エルドゥインだ。話は聞かせてもらった。」
エルドゥインは手にした石の武器を手にして、少し笑みを浮かべる。
次の瞬間、その石の武器を地面に叩きつけて粉砕した。
「これでは上位の竜は倒せん。
金属と炎が必要だ――だが、ここにはどちらもない。
鍛冶師にとっては最悪の環境だが、儂がいる以上、諦めるつもりはない。
本物の鉱脈を探す必要がある。」
彼の言葉に、勇士たちの表情が引き締まる。俺は続けて説明を始めた。
「
竜を倒すのであればとても心強いものだ。だが、材料がない。
この山脈には、材料の鉱脈が眠っている可能性がある。
神の階にいるとされる竜は、皆が目指した
武器を取りに行く選択も悪くないと思うがどうか?」
俺は武器の有用性を説き、勇士達に問うた。
武器を取りに行くか、敵地に乗り込むか。
ここに鉱脈がある可能性があるのは本当だ。
自由都市同盟のドランバルというところが、鉱脈を求めて一攫千金を狙っていた。
火がないところには煙は立たない。ある可能性は高い。
最初は勇士達の意見は半々だった。
その半分はフォールンドラゴン及び
実際に交戦した際に、武器が容易に破損したことが原因だったと。
それを見て、反対派だった者も殆どが意見替えをして決まった。
「決まりだな。俺達はまず武器を手にするために動く。」
話が一区切りついたとき、意外にも翻訳をしていたメイエルが静かに前へ出た。
勇士達の視線が彼女に集まる。
「どうした?メイエル。」
メイエルは首を横に振った。
「申し訳ありません。
私、名をフェリアナ・エルヴァスティといいます。
以後、フェリアナとお呼びくださいませ。」
「…ルキスラと自由都市同盟の近くで幅を利かせていたという"仮初令嬢"か?」
「はい、その通りでございますわ。」
フェリアナという人物は、噂では自由都市同盟付近で悪徳商人等に略奪行為をしていた義賊だったと聞く。
偽名を名乗り、消極的な姿勢だったのはそれが原因だろう。
この世界に対して様子を見ていたといったところか。
「元貴族ともいわれる令嬢か。美人なわけだ。
だが、このタイミングでそれを口にしたということはそれだけじゃないんだろう?」
「ええ、ドランバルには度々ちょっかいを出しておりましたから、鉱脈の情報は存じています。
ここからその場所までご案内できましてよ。
ですが、目的地は黒い霧の中。これをどうするおつもりでして?」
鉱脈の情報!
この状況で最も重要な情報の1つだ。まさかフェリアナが握っているとは。
一緒に来るとは言ったが、彼女は指揮を執る俺を信用するかどうか計りかねているのだろう。
丁寧に説明して信用を得なければならない。
「ラウラが倒したフォールンドラゴネットの影響で、黒い霧が晴れたのは確かだ。
その晴れた範囲を調べてみたが…地平線まで続く黒い霧と比べると狭い。
このことから、複数のフォールンドラゴンによってこの…黒い霧の海が構成されているのは間違いない。
フォールンドラゴンには魔竜の瘴気の濃さや範囲に個体差がある。
それを元に、ここ数週間オババ様との情報と組み合わせて、ある程度の領域を見分けた。
その領域内に全員で突撃し、人海戦術でフォールンドラゴンを見つけ出して討つ。
散発的に各々で探し回るよりはよほど効率的だ。」
「それで竜が手に負えないほど強ければどうするおつもりかしら。」
「フォールンドラゴンには階級と知性がある。
ならば彼らにとって都合がいいように配置しているはずだ。
強い竜と弱い竜の配置はある程度予測がつく。
弱い竜のいる領域を狙い、道を切り開く。」
「…分かりましたわ、私の持つ情報を提供いたします。」
どうやらうまく信用を得られたようだ。
メイエル改めフェリアナと地面に簡易な地図を描く。
領域分けしたものと組み合わせ、ルートを吟味する。
「…遠いな。」
幸いにも目的地は隣接した領域だったが、そこまで二山あった。徒歩ならば3,4時間はかかるだろう。
この領域は5山を包むようにあり、現状の黒い霧の晴れた範囲と比べたら何倍も広い。
「…ここの竜の強さはどれほどかしら?」
「おそらく
だが、神の階本山にいると思われる竜よりは弱そうだ。
推定だが…
あのあたりにいた竜か死んだ竜で思い当たる節はないか?」
なお、最終目的地である本山にいるのは
「…"ソベルカの守護竜イーデルクレウダ"という
ですが、ここは秘境ソベルカ村からかなり外れた場所。可能性は低いかと。」
"ソベルカの守護竜イーデルクレウダ"。
ソベルカ村という標高5000mにある村の守護竜。
普段は敵対した人族や蛮族に攻撃するが、彼に認められると背に乗せて空を飛んでくれることもあるとか。
「あの赤い鱗の炎竜か。
どちらにしても距離と探索範囲の問題をどうしたものか。」
地図を囲む勇士たち。
赤い月明かりが彼らの顔を照らす中、その瞳には揺るぎない決意が宿っていた。
何も言わない。それでも、全員の意思が伝わってくる――「我々は行く」。
その一心だけが彼らの身体を突き動かしているのだ。
ああ、そうか。
彼らは何もわからない状態で、それでもなお黒い霧に飛び込んだ命知らず達だ。
俺達が考えて得た絶望感を、書いた地図や表情から読み取ったのだろう。
だが、それを知ったとしても彼らは行くだろう。全員、目がそう言っていた。
任せろ。と。
俺は皆の表情を確認し、静かに頷いた。
「…やることは決まったな。
フェリアナ、エルドゥイン、そして勇士達。やるぞ。
俺達は今日から勇士団だ。」
その言葉に全員頷いたのだった。
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