第19話「アルマとの関係」
夕方の柔らかな光が森の木々の間から差し込み、あたりを黄金色に染めている。
俺とアルマは、雷主の村へ向かうための道を黙々と歩いていた。
時間はすでに夕暮れを過ぎ、空は薄暗くなり始めている。
「……ところで、アルマ。」
歩きながら、俺は口を開いた。
アルマは俺の隣を歩きながら、何気ない様子で俺をちらりと見る。
「何? 聞きたいことでも、ある?」
「魔女って、帝国にとってどういう存在なんだ? さっきジュデカの暴走の話の時にも魔女が出てきたけど、俺はまだよく分かってないんだ」
その問いに、アルマは少し考えるような仕草を見せた後、頷いた。
「……そうね、説明しておいた方がいいかも。彼女たちは帝国の中でも特別な存在だから」
アルマは森の道端に咲く花を眺めながら話し始めた。
何気なく見えるが、その内容は驚くべきものだった。
「まず、魔女は帝国の権力構造において、かなり強い立場を持っているわ。理由の一つは、男性よりも女性の方が魔法を早く使えるようになること。女性は初潮を迎えると魔法が使えるようになるけど、男性は魔法を使うためには女性の協力が必要でしょ?」
「そうだな」
「だから、帝国では魔法に関わる機関、つまり魔法局やその関連部署のほとんどが女性によって運営されているの。魔女たちはその中でもトップクラスの存在よ。魔法局内では厳しい序列管理がされていて、その中で頭角を現した者だけが『魔女』と呼ばれる立場に就くことが許されるの」
彼女の言葉を聞きながら、俺は帝国という国の特殊な仕組みについて考えさせられる。
女性が魔法の主導権を握る一方で、男性がそれに依存せざるを得ない環境が、自然と女性の権力を強化しているのだろう。
「元々、魔女たちは皇帝を補佐する立場だったの。神託を受けたり、占いや魔法を使った支援を行う程度の役割だった。むしろ昔は対立してたみたいね。でも、戦争における魔法の有用性が証明されると、次第に国内での影響力を増していったんだって」
「戦争……か。魔法が使えるなら、それを利用しない手はないだろうな」
俺の言葉に、アルマは小さく頷く。
「そうね。それに、魔女の何人かは軍事戦略や政治にも深く関わっている。例えば、黒獅子騎士団の魔女である『黒妃ヴィオラ』は、帝国史上初めて王家に迎えられた魔女よ」
「王家に? ……それって、普通の魔女とは違う立場ってことか?」
「ええ。黒妃は皇帝と結婚し、帝国の内外に影響を及ぼしているわ。そのため、今では皇帝と魔女たちの関係は非常に密接で、軍議や議会にも魔女が参加するようになったの」
アルマはそう言いながら、自分のローブを羽織り直した。
少し寒さを感じたのかもしれない。
「でも、魔女の情報は限られた人間にしか知られていないわ。私もスパイとして少し調査を試みたけど……彼女たちの力は強すぎるし、余計な動きをすれば目をつけられるだけだから、深入りしないようにしてるの」
アルマの話を聞きながら、俺はふと疑問を抱いた。
「元々、魔女たちは皇帝を抑止するための存在だったんだよな? それがどうして皇帝とそんなに仲良くなったんだ?」
「それも……戦争かな。魔法が戦争において非常に便利だから、皇帝も魔女たちを信頼し始めたの。そして、戦争を支援する形で彼女たちが直接的に関わるようになり、徐々に皇帝との距離が縮まったのよ」
アルマの言葉は筋が通っていたが、同時に危うさも感じられた。
魔法の力が強すぎるがゆえに、それを利用する者が支配権を握る構造になっているのだろう。
そんな話をしていると、アルマが突然足元で何かにつまずいて派手に転んだ。
驚いて駆け寄ると、彼女は地面に座り込み、呆然と靴を見つめている。
「大丈夫か?」
「……ごめん、靴の紐が解けてたみたい。」
彼女は少し顔を赤らめながら、靴の紐を結び直している。
その様子が意外と普通の人間らしくて、俺は思わず笑いそうになった。
「意外と抜けてるんだな、アルマ。戦闘してた時とは別人じゃないか」
「なによ、それ! 誰だって疲れてたら気が回らないことだってあるでしょ!」
彼女がムッとした表情を浮かべて言い返してくるのを見て、俺は笑いをこらえるのが精一杯だった。
再び歩き出し、少し進むと、森の向こうに村の灯りが見え始めた。辺りはすっかり暗くなり、夜の静寂が訪れている。
「アルマ、魔女の話、ありがとう。村に着いたら、村長にも挨拶してくれ」
「ええ、他でもないセラの頼みだしね。……私の事、くれぐれも他の人には言わないでよ?」
「分かってる。心配なら、首輪でもつけとくか?」
俺が冗談交じりにアルマに言うと、彼女は少し考えた後に苦笑いを浮かべる。
「……え、遠慮しておくわ。シュウにバレたら、八つ裂きじゃ済まないでしょうし……」
談笑をしながら歩いていると、村の入口で周りを見回している人間を見かける。
どうやら、ミィチェが何かを探しているようだ。
ミィチェは俺に気がつくと、表情に明かりが灯ったように笑いながらこちらに駆け寄ってくる。
「あら、可愛い子。彼女さん?」
「……魔法が使えない俺への最大の嫌味と受け取るが?」
「ふふ、冗談冗談。私になびかない君が、あんな小娘相手にする訳ないか」
アルマは意味ありげに笑うが、俺はそれを無視してミィチェに声をかける。
「ミィチェ、すまない。思ったよりも遅くなった」
俺が声をかけると、彼女は眩しい笑顔と共にお疲れ様、と元気に迎えてくれた。
「ジュデカから聞いたよ! 何だか大変だったみたいだね……。無事で良かったよ……」
「俺は大丈夫。ジュデカさんはどうなった?」
「ジュデカはご飯食べて寝ちゃったよ。……ところで、こちらの方は?」
ジュデカはミィチェの為にトロールを倒したと言っても過言では無いと言うのに、彼女はそれに気付いていないようだ。
「こちらは帝国の徴収官のアルマ=パーセルさん。俺たちがトロールと戦ってる時に、偶然居合わせてな。……ジュデカさんが暴走した時に、力を貸してもらったんだ」
「ぼ、暴走?! 何それ、全然聞いてないんだけど……」
どうやらジュデカは暴走した事をミィチェや村の皆に話していないらしい。
理由は……まぁ、何となく察することが出来る。
大方、ミィチェや村の人の前で良い格好をしたかったのだろう。
ジュデカには悪いが、ここは円滑に話を進めるために、暴走の事を話す事にした。
俺が事の経緯を話している間、アルマは黙っていたが、彼女の目線は興味深そうにミィチェを見つめていた。
「はぁ。……ジュデカったら、調子良い事ばっかり言って! 何が『全部俺が焼き尽くしたぜっ!』よ! 結局セラに迷惑かけてるじゃない! やっぱり、私が行った方が良かったんじゃ……」
「いや、ジュデカさんは本当に強かった。自分より巨大なトロール相手に一歩も引かずに、対等以上に戦ってたよ。実力は本物だと思う」
俺がそう言うと、ミィチェは驚いたような表情を浮かべ、アルマに向かって深々と頭を下げる。
「アルマ徴収官様、セラとジュデカを助けていただいてありがとうございます……」
ミィチェの声色には、警戒と緊張が混ざっているように感じる。
声も少々上ずっているようだ。
アルマはそれに気付くと、気さくに返事をする。
「いいえ。同じ帝国の人間なのよ、気にしないで。ミィチェさん、でいいのかな? 村長さんは何処に?」
「ち、父なら今自宅に…。あの、アルマ徴収官様、少しお時間を頂けないでしょうか……」
「ん? 何かしら?」
ミィチェは意を決したように前を見て、アルマに対して大声でお願いをする。
「あ、あの! 村の税を、どうにかして減らして下さいませんか?! 私に出来る事があれば、何でもします! お願いします!」
アルマと俺は彼女の提案に顔を見合わせる。
ミィチェは村の税を減らしてもらおうと、アルマに直談判をしているが、アルマに頼んでもどうにもならない。
いくら徴収官であっても、税の量を減らすなんて真似、アルマに出来る訳が無いのだ。
アルマが生粋の帝国の人間だとしても難しいのに、彼女はジュリア連合のスパイだ。
目立った真似をするのは、彼女にとってリスクが多い。
それに税収を取り決めているのは帝国の、もっと上層部の人間だ。
アルマに言っても仕方の無いことなのだ。
俺はミィチェを諭そうと、口を開こうとするが、アルマの腕が伸びてきて、俺を止める。
「……ミィチェさん、それは少し難しい話ね。税収に関しては私が決めてる訳じゃないし、この村だけ特別に税を免除するという事も出来ないわ」
アルマはそう告げると、頭を下げ続けるミィチェの肩を優しく叩く。
「ジュデカからも聞いたわ。税で苦しんでる、って。私だって必要以上に苦しむのは本意では無いわ。でも、私一人で決めれる話じゃないの。この村は通貨の流通もしてないから、全て食糧で税を賄ってる。この事は分かってる?」
「は、はい」
ミィチェは消え入りそうな声でそう呟く。
彼女は責任を果たそうとしているのだろう。
村から生贄を出さないという選択をした彼女は、現実に向き合い、縋るような気持ちでアルマに頭を下げ、現状を打破しようともがいている。
彼女のひたむきさが眩しい。
アルマも俺と同じように感じているのか、彼女の口調は柔らかく、敵意はまるで感じない。
まるで母親のように、ミィチェにも分かるように村の現状を言い聞かせている。
「税を減らすことは出来ない。だけど、ルールに則った上でなら、話は別よ。この村の税は帝国で流通してるお金に換算して算出されてるの。だから、この村で取れる食べ物に、付加価値をつけられたら、税は軽くなるわ」
ミィチェは頭の上にはてなマークを浮かべて、俺の方を縋るような目で見ている。
「……要は、珍しいものや美味しいものがとれれば良いって事だ」
「なるほど! ……でも、うちで育ててるのって麦や米だけだし」
「コピの実なんかはどうだ? 森の資源とはいえ、村人が収穫して帝国に卸せば、それなりに価値はあると思うけど」
俺がそう言ってアルマを見ると、アルマは少し呆れたような顔をしてからミィチェに向かって笑顔で言う。
「あら、コピの実がとれるのね。帝都でも人気なのよ。……コピの実は帝国内でとれる場所は限られてるから、もしかしたら何とかなるかも知れないわ」
アルマの言葉に、ミィチェは顔を上げて反応する。
「ほ、ホントですか?」
「ええ、ホントよ。とは言え、しっかりと現物を見て、価値を調べてからじゃないと確約は出来ないわよ? 村の負担を軽くしたいなら、口だけじゃなくてしっかりと手を動かしてもらわないとね」
「分かりました! よーしっ…! これで何とかなりそう…!」
ミィチェは両手を胸の前で握りこんで、小さくガッツポーズをしている。
アルマがミィチェに寄り添ってくれたのを見て、俺も胸を撫で下ろした。
「……とりあえず村長と話しない事には、何も進まない事は確かね」
そう苦笑いしながらアルマが言う。
既に日はどっぷりと暮れており、周囲からは鈴虫の鳴く音が聞こえてきている。
それに気づいたミィチェは、焦った様子で村への先導を開始する。
「ありがとな。アルマ」
「……後でコピの実とやらの味教えてよね」
彼女はそう言うと、小走りでミィチェの後を追いかけて行った。
アルマはコピの実を知らないのに、ミィチェを安心させるために俺の話に乗ってくれたようだ。
まだ彼女を完全に信用する事は出来ない。
しかし、アルマは俺の顔を立ててくれたのだ。
その分は信用しても罰は当たらないだろう。
シュウは甘い、と言うかも知れないが、俺はこの新しい生活において、人との関わりを積極的に持っていきたいと考えている。
今まで遠ざけてきた、人と人との関わりで得られる物を、俺は知っておきたいのだ。
それにアルマの存在は、帝国とのパイプだけではなく、亜人の連合国との繋がりも意味する。
帝国の反対側、セレスティアルピークと呼ばれる雄大な山々の向こうには亜人の連合国があり、万一帝国と敵対することがあっても、そちらにツテを作っておけば最悪の事態は避けられるかも知れない。
感情的にも、戦略的にも、アルマとの協力関係はこの村を守る為に必要だろう。
俺はそんな事を考えながら、二人の後を追おうとしたが、俺の視界の端に動く影が見えた。
その影はゆっくりとこちらに近付いてきて、優しい男の声で「またあそこの集落で待ってるよ」と言い残して、闇に溶けて消えていった。
恐らく、グリドアだろう。
彼には聞きたいこともある。
アルマが言っていた「精霊獣エリフェ」について話を聞くために、俺は踵を返し、村を出てゴブリンの集落へと向かう事にした。
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