俺の第二期《セカンドシーズン》が始まるそうです。

煙ちゃん

第1話「知らない天上」

 


 目を覚ますと、俺は劇場のステージに立っていた。


 スポットライトに照らされ、俺に向けての賛辞の声や歓声が聞こえる。


 なんだ、これは。どうなっている。俺はさっきまで、任務に━━━。


 俺は見知らぬステージの上に立ち、沢山の群衆の前で身動きが取れずにいた。


 突然の事で状況が分からず固まる俺に、一人の男が近付いてくる。


「ブラーヴォ! 素晴らしかった! 君の人生は私達の心に突き刺さったよ!」


 目の前の男はそう言いながら目元に涙を浮かべ、拍手をしている。


 顔は皺くちゃのおじいちゃんだが、目には力があり、長く白い髭を地面に着く程に伸ばしている。


 何より、サイズがおかしい。三メートルはあろうかと言う巨体。

 その後ろからは光が差し込んでおり、まるで後光を背負った神様のように見える。

 

「……ああ、俺、死んだんですね。ここは死後の世界。貴方は神様ですか」


 俺は思い出した。最後の記憶、俺の胸に突き刺さる仲間のナイフを。


 目線を落とすと、俺の胸にはナイフが未だ深々と突き刺さっている。


 ただ、痛みは無い。溢れていた血も止まっている。


 俺が口を開くと、歓声が鳴り止む。目の前の老人が涙を拭いながら、諭すように話しかけてくる


「そうだね。世良セラ 宗一朗シュウイチロウ君。あなたの人生は、そのナイフによって終わりました。どれ、治しますので、動かないで」


 老人━━━神様が俺の名前を呼び、手をかざすと、胸に刺さっていたナイフが光の粒になり、空気に混ざるように消えていく。

 

「…ありがとう、ございます」


「うんうん。お疲れ様。辛くはないかな?」


「辛い、というか。不思議な感覚です。……ところで、ここは一体? ステージのように見えますが」


 ステージを照らすライトの光にも慣れて、客席側の様子も見えてきた。


 映画館のような作りをしている。客席には人や動物、見たこともない怪物や妖精までもが座っているようだ。


「ここは、世良君の物語を見る劇場だよ」


「劇場?」


「そう、世良君を見るために、こんなに沢山の神々が集まったんだ」


「……なんだか、あんまり良い気はしませんね」


「そうだろうね。君の人生は、余りに苛烈だったもの」


 俺は沢山の人を殺した。大人も、子供も。無実の人間も、罪人も。友達も、知らない人も。

 

「だからこそ、魅力的だった。君の名前を知らない神はいないよ」


「……そうですか。それで、この後はどうなるんです? 地獄行きなのは確定事項だと思いますが」


 俺がそう尋ねると、神様は満面の笑みを浮かべ、両手を広げて大げさに言う。

 

「いや、君の人生は続編が決まったよ。神々のアンケート結果で、続きが見たい! って声が沢山あってね。第二期決定です! おめでとう!」


「……ええ? 無理です面倒そうだし」


「ガーン! 即答?!」


 顎が外れそうなほど大きな口を開けて、神様が驚いている。


 第二期? 続編? バカを言うな。あんな辛いことをまた繰り返せって言うのか。


 神様は俺や他の人間達の人生を、「娯楽」として楽しんでいるようだ。


 俺がやってきた事に夢中になる神なんて、ロクな神ではないだろう。

 

「世良君は余生を送るつもりで、生活してくれればいいから。お願い! ワシを助けると思って! ね!」


 客席からも段々とヤジが飛んでくる。

 嫌だって言ってんだろ。

 やっと解放されたんだ。自由に━━━。


「自由に生きたいんだろう? まぁ、話だけでも聞いてよ」


 神様が指を鳴らす。乾いた音がホール全体に反響すると、俺の背後にスクリーンが降りてくる。


 そこに映し出されたのは青々と緑が生い茂る何処かの森の映像だった。近くには小川が流れているのか、水のせせらぎや、鳥の鳴く声が聞こえてくる。

 地球の何処かだろうか、とにかく綺麗な場所だ。


「自由に生きたい世良君に、ピッタリの世界を用意した。魔法も使えるし、きっと楽しいよ?」


「……あの、ですから、お断りします。あの組織から抜けられたと思ったら、今度は神様の玩具になれってか? 絶対にお断り━━━」


「お断りします! なんて通用するかー! ワシらは君のセカンドライフが見たいの! 幸せに暮らすアナザーワールドが見たいの! 満面の笑みで家族団欒する別側面の世良君が見たいの! みーたーいーのー!」


 バタバタと大きな体を揺らしながら、老人が駄々を捏ねている。それを見た観客と俺は、呆気にとられていた。 

 

「色々おまけもするからー! お願い、お願い! ハイ! お願い、お願い! ハイハイ!」


 観客席で戸惑う群衆にチラリと目配せを行った神様は、リズムに乗りながらお願いコールを打ち出す。


 サイドステップを踏み、ハイ!の掛け声のに合わせて頭の上で柏手を打つ。


 俺が文句を言おうにも、会場全員の声量にかき消されてしまっている。


 き、汚い。これが神様のやることか。やり方がパリピと同じ、人数によるノリの強要。現代版人海戦術だ。


 ノリに乗った神様は、どこからか取り出した赤いキャップを浅く被り、サイドステップからボックスに切り替え、ラップを交えて観客席を煽り始める。異様にムカつく。

 

 埒が明かない。

 俺はいつもこうだ。肝心な時に声を出せず、上から言われた事を仕方なくやる。

 その延長上で人を殺して、自分を悲劇のヒーローに仕立てて、自分を慰める。

 そんなつまらない人生に、何故コイツらは必死になっているのだろう。


 ふと降りてきたモニターを見上げる。


 こんな訳のわからない場所にいるよりは、画面に映し出されている静かな場所に行った方がマシなのかも知れない。


 そう思った瞬間に、観客からの声は途絶え、神様が振り返り、キャップを被り直す。

 

「はい、言質とりましたー! 世良君セカンドシーズン開幕イェェエイ?」


「心の声で言質とるの反則だろ」


「まぁまぁ、騙されたと思ってさ。ワシらから君にお願いする事は一つだけだから」


「お願いって?」


「好きに生きろ。それで笑顔で死んでくれ」


 その言葉は、過去に俺が組織から逃がした同僚に向けて言った言葉だった。


「言葉とは、時に自分に返ってくるものなんだよね」

 

「……急に深いのやめろよ。はぁ、あんたらに付き合うのも疲れるし、俺が諦めるまでこれ続ける気だろ?」


「うん!」


 満面の笑みで食い気味に神様が返事をする。

 シンプルに腹が立つ。少しは手を変える努力をしろ。


「分かりましたよ。……自由に、って言われてもなあ。何をすりゃあいいんだか」


「それを探すのも、人生の醍醐味だよ」


「そんなもんか?」


「そんなもんです。神様からのありがたいお言葉。人生なんて、そんなもんです」


 神様は観客に向けて声をかける。


「さ、みんな! 改めて世良君に拍手と祝福を! セカンドシーズンは間もなく放送予定です!」


 ホールが揺れるような力強い歓声と、労いの言葉が、そこかしこから聞こえる。


 ゆっくりとステージと観客席を遮断する緞帳が降り、やがて観客は見えなくなり、声も遠くなっていく。

 

「さ、準備をしよう。鉄は熱いうちに打て、ってね」


 先程降りた緞帳が、今度は上に上がっていく。


 するとさっきまで観客で満員だったホールは消えており、目の前には真っ白な空間が広がっていた。


 神様がステージから降りる。


 大きな体の老人が、ふわりと浮き上がり、音もなく着地する。現実離れした光景に少し驚いたが、神様の後を追い、俺もステージから降りる。


 スロープのような階段を降り、神様の横に立つ。それを見て、神様は壁に向かって手を翳した。


 神様が手を翳すと壁一面に文字が現れる。


 名前、種族、年齢、技能、特性の欄があり、その下にはいくつもの文字が羅列されている。


 目が痛くなるほど膨大な文量だ。


「これは?」


「今から向かう世界、アルテリアに転生する際の下準備だよ。おまけで好きに設定できます!」


「ふーん、名前や年齢まで変えれるのか。凄いな」


「ま、流石、神様でしょう。そこは。名前はどうする? 一応候補があるけど」


 名前の欄を見ると、とんでもない数の名前が羅列されている。

 頭が痛くなりそうだ。


「名前はそのままでいいよ」

 

「そうかい? 分かったよ。ちなみに、種族は人間でいいかい?」


「ほかの種族も選べるのか?」


「うん。なんたってファンタジーの世界だから。ゴブリン、オーク、エルフにドワーフ、デーモンにエンジェル何ならゴッドまで、何でもいるよ」


「良く分かんないから、人間でいいよ」


 異種族が多くいると言うことは、当然対立構造なんかもあるだろう。

 行く前から少し不安になってきた。


「大丈夫大丈夫。言葉も通じるし、なんとかなるって」


「……へいへい」


 ナチュラルに心を読む神様に少しイラッとしながらも、言葉が通じると聞いて少し安堵した。

 

「次は、年齢だな。オススメは?」


「あんまり小さいのはオススメしないかな。モニターに映した森は人里離れた場所だ 。一人でやらなきゃならない事も多いだろうし、若くても十五歳くらいからかな?」


「じゃあ十五歳で頼む」


 本当は今の歳のままでもいいのだが、人生で若返る機会なんてそうそう無いだろう。


 組織に奪われた青春を取り戻すという意味合いも込めて、なるべく若く設定をする。

 

「なあ、神様。技能スキル特性アビリティってなんだ?」


「技能って言うのは、要は必殺技だね。魔法は魔力を消費して使うんだけど、技能は魔力を消費しない。代わりに回数制限があったり、体力が減ったり、物によって違うんだよ。ややこしいだろうから、ワシがオススメ選んどこうか?」


 技能スキルを使う時は何かしらのコストを払わなければならないようだ。

 そう言った意味では魔法と近いのかも知れない。

 神様の説明によると、技能は現地で取得できる物も多くあるそうなので、お任せすることにした。


「そうだな。使い勝手が良さそうなのを頼む」


「ほいほいっと…。で、特性は、その人固有の能力って感じ。常に発動してるし、こっちはリスク無しで無限に使えるんだ」


 特性アビリティの方が重要に感じたので、一覧に目を通す。

 ・万病からの護り

 ・超早熟体質

 ・大器晩成

 ・超回復

 ・第六感

 ・幸運体質

 ・脅威の受け体質A

 ・慟哭の攻め体質B

 ・黄泉がえり

 一部効果の分からない物もあるが、何やら下手な物を選ぶととんでもない事になりそうだ。

 

「オススメは脅威の受け体質Aだよ。どんな攻めにも屈しない、柔軟なプレイが可能になるのさ! ちなみにこれはワシからのギフトだ! 唯一無二を目指す君ならこれ一択!」


「お前だったんかい。どう考えても地雷でしかないだろ。……選ぶから、ちょっとまってて」


「しゅーん。あ、そうそう。今つけてる装備あるでしょ? その装備は一部技能と特性にしとくから、それも踏まえて考えてね」


 俺が今身につけている装備は、通信機、強襲型ドローン、ナイトスコープやロックピック。


 武器はダガーと小銃だ。これらの装備を持ち込めるのであれば、偵察や哨戒は問題なさそうだ。


 しばらく悩んでいると、ふと目に入った物がある。


「シャドウマスタリってのは?」


「お、いいじゃない。それ。影に潜んだり、自在に操ったり出来るようになるんだよ」 

 

「影を……? なるほど、面白そうだ。これにしよう」


「世良君のイメージにも合ってるしねー。元スパイだし、フィクサーにでもなったら? 視聴率も期待できそう。グフフ」


「……その笑い方直した方がいいぞ。神としては勿論、一個人としてしっかり終わってる」


 全ての項目を決め終えた俺に、神様が手をかざすと、体から光が溢れ出す。


 それと同時に、猛烈な眠気が襲ってくる。


 薄れていく意識の端で、神様の飄々とした声が聞こえる。


「これで準備は完了だね。目が覚めた時には、あのモニターに映ってた森にいるはずだから。特性なんかはそこで試してみて。では、良きセカンドシーズンを! ワシらも見守ってるよ!」


 心の準備も出来ないまま、俺のセカンドシーズンが始まった。


 好きに生きろ、そして笑って死ね。神様にそう言われた時、俺は少しだけ自分の人生に誇りを持てた気がした。


 こんなに胸が暖かくなる台詞を、人のために言えたのだと。


 俺が言った言葉が、アイツがどう受け取ったかは分からない。ただ、自分も捨てたものでは無いと、そう思えたのだ。


 鈍臭いのに眩しい笑顔が俺の瞼を掠め、懐かしさに身を任せると、次第に眠りに落ちていった。

 



 

 

 

 

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