月照らすこの道で

あじふらい

月照らすこの道で

月に向かって車を走らせている。

まだ昇り始めたばかりの大きな満月が、これが北海道と言わんばかりの、片側四車線道路の先に輝いていた。


「北海道、最後まですげーや…」


全開にした愛車の窓から流れ込む夜風を感じながら呟く。

そう、これは旅路の終わり、間もなく終着点だ。

旅が終わってしまうという感傷からなのか、昨日函館で見た夜景よりも、車通りまばらなこの月の道の方が美しく感じられた。

千歳空港から離陸したのであろう航空機が輝く円を横切る。

フェリーの旅で良かった。

愛車で北の大地を走れたのももちろん良かったが、この素晴らしい大地に別れを告げる余裕と、余韻に浸る時間があるのが船旅のいいところだ。


風に潮の匂いが漂っている。

道中にも何度か味わった海岸線や寂れた漁港の匂いとは異なった、太平洋側の大きな港の匂いは、自分の生まれ故郷の港町とさして変わらず、懐かしくて、また情緒が刺激される。

右ウインカーを出し、月へと続く四車線道路に別れを告げる。

月は左側に流れ、そっと愛車を見守り続けている。

ナビによると、もうすぐ、北海道の旅の終点だ。

別れを惜しむように、街頭がまばらになった先程より暗い道をゆっくりと進む。


終わってほしくない、まだ走っていたい、このまま引き返してどこへでも行ってしまおうか。

そう思いながら、また右ウインカーを出し、フェリーターミナルの駐車場に吸い込まれる。

サイドブレーキを引き、ため息をつく。

乗船手続きのためにグローブボックスからのそのそと車検証入れを取り出しても、なかなか運転席から立ち上がれない。

フェリーターミナルを背に、運転席を少しだけ後ろに傾けた。

傾いた視界に、今度は運転席の窓から月が覗いている。


スマートフォンを取り出し、画像フォルダを開く。

帯広のローカルチェーン店のカレー、富良野や美瑛の美しい景色、旭川を通って紋別の大きな蟹のオブジェの横で愛車とピースサインをし、そこから一気に北上し宗谷岬へ。

稚内からは、風車群を見ながらオロロンラインを南下し――増毛の酒造の向かいのラーメン屋は、とても美味しかった――小樽、積丹半島、ニセコを通り羊蹄山を横目に、更に南へ、南へ。


「殆ど移動だし、アイスクリーム食べ過ぎ」


函館山からの夜景をスクロールしながら笑い、呟く。

ふう、と息を吐き、スマートフォンを上着のポケットにしまい込んで、差しっぱなしにしていた愛車のキーを抜く。

流れた目線の先で、満月も笑っていた。




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月照らすこの道で あじふらい @ajifu-katsuotataki

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