第3話
真里とは編集プロダクションの待合室で出会った。
お互い持ち込みで、芽の出ないアマチュアだった。その当時、彼女はバイトをしながら漫画を描いていた。俺もそうだ。でもそんな生活は全然続かない。そこで俺はビルメンテナンスの職業訓練に行った。給料はコンビニのアルバイトよりもはるかに良かったし、休みも爆発的に増えて漫画を描く時間も増えた。そうしてアルバイトの真里とビルメンのたかひさは結婚した。
どっちみち就職氷河期だったし、真里はどこかの会社に就職できなかったようだしな。二人で30万あればとりあえず食うには困らないし、旅行にだって行けた。俺は資格取得の勉強をしながら、漫画を描き、そのうち時代は変わって、ツイッター漫画時代になったころ、真里と離婚した。離婚した理由はお互いデビューできそうにないとはっきり分かったからだ。それでも俺たちは仲良くやっていけそうな気がしたんだけどな。
あくまでも目的ありきの結婚だったということなのだろうか。女の愛とはまるで追悼のようだと思った。決して振り返らず、死んだ愛は墓標のようだと思った。
それがなんだ。また真里は俺の上で腰を振っていた。不思議なもんだ。
「あんたにそんなことがねぇ」
「唐揚げのXアカウントはフォローしてるよ」
「知ってる」
「真里は本名でやってるんだな」
「そうだよ。背水の陣のほうが頑張れるからね」
「そうか。気をつけてな。で、どんなコミックエッセイを書いてるんだ?」
「今はね」
「売れない漫画家の二人暮らし」
そのまんまじゃねえか。
「俺に感謝しろよ」
「感謝してます」
「次の本も出るのか?」
「今、考え中。その統合失調症の女の子のこと話してよ」
ベッドサイドに転がったペットボトルを飲みながら真里は言った。
「ダメだ」
「なんでよ」
「彼女のことは俺が抱える。色々あるんだよ、話せそうにないことが」
「そうなんだ」
あの実家はちょっとやばそうな雰囲気があるしな。ちょっと話せないよな。
「今日は寝てけよ。実家のほうの仕事はいいのか?」
「大丈夫だよ。アルバイト休んできたし」
「相変わらずだな」
「相変わらずだよ。私たち、氷河期世代だもん」
「俺が勝ち組だったり、夢を追わなかったら、子供の一人はいたのかもな」
「あんたがヒット作でも飛ばせばよかったのよ」
「いまさら言うなよ。才能がなかったんだから。夢を追うってことは、かなわない可能性を追うってことなんだからさ」
「才能がなくても、俺はお前といれるだけで幸せだった」
「・・・」
「まぁ、いいじゃない。終わってしまった事なんだから」
「人生は、幸福のために使うんだ。お前にとっての幸福は何だったんだ?」
「自己実現。夢をかなえること。」
「お前本当にコミックエッセイを一冊出せただけで幸せになれたのか?」
「いいの。これからもっと多くの本を出すから」
「人生は短いぞ」
「真里、まだ独り身なのか?」
「まだ子供部屋おばさん。今は老父の介護が大変で」
「そうか」
俺はストロング酎ハイを飲みながら、ぼんやり眺めた。男の恋は終わってから始まるのだ。なんてことない。俺たちは完全に終わったのだ。
「たかひさとの10年間は楽しかったよ。子供くらい作ってもよかったかもしれないね」
「冗談言うな。俺から養育費がっぽりとる気だろ」
「もちろん」
そういって、真里はにやりと笑うのだった。
翌日、アルコールの残る頭で俺は出勤し、真里は出版社へとそれぞれの道を歩いて行った。
「真里。無理はするなよ」
グッ。力強く握ったこぶしを天高く上げ、さよならと手を振る。
俺たちはこれで終わりか?
「完全に明暗が分かれちまったな。でもコミックエッセイって次が続く保証ってあるのか?だいたい一冊くらい出して消えるイメージだけど」
そうなのだ。コミックエッセイを出した漫画家は一冊出して消えるイメージが強い。後はそれを箔にして地方紙で細々やっていくようなイメージか。食ってけるのかな?
「大作家コースは無理だよな」
俺ららしい。そういってしまえばその通りなんだけど、無理せず頑張ってほしいと思う。生きてるだけで偉いのだから。
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