【BL】白き神官と赤き騎士、神樹の秘蹟により若返る

もしくろ

第1話

 たとえば、心の底から信頼しあい、長く永く共にあった二人がいるとする。

 すでに両者ともに老齢に至っており、残るは穏やかな余生のみ、そう思い込んでいる二人がいるとする。

 出会ったときには正反対の性質だったというのに、幾度もの衝突の末、降りかかる艱難辛苦を共に乗り越え、紆余曲折を経るうちにまるで双樹のごとくぴたりと寄り添う存在となって、いつしか情愛も性愛も超越したような間柄になっていたとする。

 二人はお互いの信念信仰のために一線を越えることだけは無かった、それでも十分満たされていた、そんな二人がいるとする。

 

 たとえば、そんな二人がある日突然若き日の姿に戻ってしまったとしたら――?


 ◆


 回廊を抜けてくる春のやさしい風を受け、神樹の苗木、芽吹いたばかりの若葉が揺れている。

 アルカラル大聖堂。地底樹信仰の拠点、その中庭。整えられた土壌に、信仰の寄す処となる神樹の苗が規則正しく植わっている。

 中心には壮麗な彫刻の施された祈念碑があり、そこから四方へと水路が通っている。清らかな水が静かに流れ、苗木たちの根を潤していく。

 中庭へ日光を多く取り入れるために聖堂は低く広い構造をしている。四季を司る四方の尖塔だけが白く高くそびえ立ち、大聖堂の威容を広く知らしめる形となっていた。

 そんな光さす中庭の一角にて。

 少し窪んでおり目立たない場所に、石造りの長椅子がある。そこに、二人の人物が座していた。

 一人は神官、もう一人は神殿騎士の式服を纏っている。両者ともに老齢で、春の陽光の中で白い髪が煌めいていた。

「あ、やっぱりここにいた。探しましたよ、ユリウス様とアシュレイ顧問」

 若い声に呼ばれ、座っていたうちの一人が顔を上げた。 

「よう、ルジェ」

 そして、太い声で返事をよこす。

 アレックス・アシュレイ。神殿騎士団の特別顧問のその男は、齢七十を迎えてもなお頑強な体格をした勇猛な騎士だった。左に眼帯をして一つ残った瞳の眼光に、刈り込んだ短い白髪、切りそろえた髭。どこも弱々しさや老いを微塵も感じさせない。

 今は儀仗用の細い剣を脇に立てかけ、自分の肩に凭れかかっている人物をそっと支えてやっている。

 彼に呼びかけ、とことこと歩いてきたのはルジェという名の若い騎士団の見習いの青年だった。アレックスの前まで来て、隣の人物を覗き込む。

「お疲れ様っす。ユリウス様はお休み中ですか」

「寝たフリだよ」

「じゃあ、顧問は何してんですか」

「俺ァな、初心な若いのがこいつの毒牙に引っ掛かるのを阻止してんだ」

 言いながらべっと赤い舌を出すアレックス。凭れかかっていた人物がゆっくりと顔を上げるのとほぼ同時だった。

「……毒牙などと、人聞きの悪い」

 ユリウスと呼ばれた方の人物は、上品に歳を重ねたそのかんばせに不興の表情を浮かべる。

 色素の薄い瞳に陽光が入り、眩しそうに目を細める。すかさずアレックスの腕がもたげられ、彼の目元に日陰を作った。

 大神官ユリウス。アレックスと同じく齢七十を迎えた、大聖堂の重鎮である。色の名を冠する三人の中のひとり、白を司る大神官だった。濃紺のローブに、金糸で神樹の意匠を刺繍された白い帯を重ねている。

 ほっそりとした体躯。両者ともに白髪の老翁だというのに、アレックスと並ぶとまるで大木とその陰で控えめに咲く一輪の花のような存在感だった。 

「ほら起きてやがる。耳だけは良いんだよな。こいつの常套手段なんだぜ、これ」

 忠臣のごとく日差しからユリウスを護りつつも、アレックスはいささか下卑た声でそう言った。

「こうしてうたた寝のふりをして、声をかけてきた若いのを引っ張り込むんだ」

 中庭を囲む回廊では神官達が慌ただしく行き来している。ときおりこちらに目を向ける者もいるが、今は祭礼の前なので流石に足を止める者は居ないようだった。

「心配して声をかけてきた若い神官にな、色っぽく笑いかけてな、『みっともないところを見せてしまいましたね。少し疲れてしまっただけですよ。気にかけてくれてありがとう。みっともないついでに、お願いがあります。少しだけ肩を貸してくれませんか』なんつって引っ張り込んで、凭れかかって籠絡するんだよな。毒牙にかかった可哀想な若いやつは数え切れずってやつだ」

 横のユリウスが厭そうに眉を顰めるのもお構いなしに言い切るアレックス。一方、正面に立っていたルジェは納得したようにうんうんと頷いている。

「ああ~……前に見たことあるかも」

「だろ?」

 ユリウスは不満そうに抗弁する。

「……二人して僕をいじめるのですか」

「そういうところだよ、ユーリ爺さんよ。かわいこぶってももうお年を召されてるんだからよ」

 そのままやいのやいのと白髪の老翁同士でやりあっていると、ルジェの背後からもう一人、濃紺のローブの男が静かに歩み寄ってきた。

「ユリウス様、お時間です」

 低く落ち着いた声。くるりと振り向いたルジェが敬礼もせずにへらりと笑う。

「あ、ラウル様」

「お二人をお呼びするようにと言ったでしょう」

 叱責というよりは呆れの混じった声色だった。

 黒の大神官ラウル。ユリウスやラウルより一世代下の生真面目な男だった。

 ユリウスが顔を上げ、助けを求めるように口を開く。

「ラウル、二人が僕をいじめるのです」

「若いのを引っ掛けるのをやめさせてただけだぜ」

 すかさず言い返すアレックス。ルジェも言い募る。

「たまにここに座ってるのって、そういう意図だったんですねぇ。ラウル様も見たことありますよね?」

 三者から視線を向けられたラウルは一瞬躊躇い、やがて小さく咳払いをして、いささか気まずそうに小さな声で応える。

「私は……、引っ掛けられた方なので」

 途端、アレックスがケタケタと笑い出す。

「違えねえ。お前ェがユーリ爺さんの忠犬ん中で一番の古株だわな」

「……皆して僕をいじめるのだな。悲しくて目が覚めてしまった」

「それは重畳。参りますよ」

 ラウルがユリウスを招くと、まず太い腕を拡げてのびをしたアレックスが立ち上がる。そして、

「ほれ」

 そう言って当たり前のように差し出された、老齢に至ってもなおも逞しい腕に、やはり当たり前のように支えられながら立ち上がるユリウス。

 老いてもなお勇壮な騎士と、清廉なまま歳を重ねた神官。陽光の下で二人の立ち姿を眺めたルジェがほうと息をつく。

「そうやって式服で並び立つと本当にカッコイイっすね」

「そうだろうとも」

 にっと口の端を上げて笑うアレックス。ユリウスは小さく肩を竦める。

「君の岩みたいな図体がもう少し縮めば上背の釣り合いが取れるのだがね」

「お前ェがもっとシャンと立てばいいんだろうよ」

 再びにらみ合いが始まりそうなところに、ルジェが空気を読まずに切り込む。

「はぁー、本当に連れ合い、番って感じっすね。今だって本当は二人でイチャイチャしてたんでしょ?

 高位の神官って神饌以外で肉食もしないし、女犯も男色も避けるしでひたすら清らかに生きてるって言いますけど、お二人って実のところどうなんスか?」

「ルジェ。口が過ぎる」

 ラウルの叱責に構わず、ユリウスとアレックスはいったん目を合わせてから苦笑する。

「そうだな……今にして思えば一度くらい抱かれてやっても良かったのかもしれないけれど、結局ここまで来てしまったからね。お互いもう枯れてしまったよ」

「本当にな。潔癖志向なユーリくんに付き合ってる間にこんな爺になっちまった」

 正反対のような二人が、同じような仕草を見せる。長い年月を共に過ごした強すぎる繋がりを感じさせた。

「はぇー」

 感心したようにぽかんと口を開けるルジェを差し置いて、改めてラウルが二人を急かす。

「参りましょう。法話が始まってしまいますよ」

「へいへい」

 そして、四人は回廊を渡り、聖堂正面へと向かう。

 今日は春の神樹祭。新しい神樹や命の芽吹きを祝う日である。最高神官たる法王カリストがバルコニーにて法話を施すことになっており、三色の大神官も列席することとなっている。

 道すがら、なおもルジェが不躾に話を続ける。

「確か、お二人は出会ってから五十年でしたっけ。後悔はないんすか? 二人で教会を離れて幸せになるとか」

「無いといえば嘘になるけれどね。今僕たちがこうして馴れ合いができるのは、その五十年を経たからこそなのだからね」

「そういうこった」

 俗っぽい話題にも、アレックスはおろかユリウスすらも動じることなく受け答えをする。

「ふたりとも一途すぎて怖いっすね」

 そろそろ叱責すべきかとラウルの目が怖い色を帯びてくるのをよそに、ユリウスが指を立てて主張する。

「ルジェ君。僕とアレクが愛し合っているという前提で話をしているが、そもそもそこに誤りがある」

「おいおい、違ェのかよ」

 アレックスの抗議に、ユリウスはくすりと笑う。

「僕は敬虔な一信徒、一神官でしかないのだよ。全ての愛は地底樹に捧げている。――とはいえ他の全部はアレク、君のものだよ」

「ならいいさ」

 言いながらアレックスは上機嫌でユリウスの肩を抱く。

 ちょうど、聖堂正面、春の尖塔の石造りの階段に差し掛かったところだった。

「それはもう愛なのでは?」

 その問いに返事こそしなかったものの、ユリウスとアレックスは目配せをして、いたずらっぽく笑いあった。

 見習いであるルジェの見送りはそこまでだった。ユリウスとアレックス、ラウルの三人は階段を登り、バルコニーに到着する。

 少し手前でユリウスはいったん立ち止まり、白き帯をしっかりと羽織り直す。その間にアレックスがユリウスの白銀の髪をゆるく指で梳いて後ろに流す。 

「今日もいい男だぜ」

「君もな」

 ユリウスもお返しのようにアレックスの前髪を流し、精悍な顔立と、眼帯をそっと撫でる。呆れ半分で眺めているラウルの前で、しかし二人は身を翻して前を向いた瞬間には公人としての顔になる。

 気高き純白の大神官と、不屈の大盾たる神殿騎士。思わず見惚れそうになるが、黒の大神官であるラウルも気を取り直してそれに続き、そうしてバルコニーへと足を踏み出した。



 春の陽気の中。聖堂の前の広場には数多くの信徒が集っている。広場よりも先、法王の肉声などとうてい聞こえないであろう街の路地にまで信徒の波が広がっていた。法王による法話自体は年に数度あるものの、三色の神官が集って行うのはこの春の神樹祭のみだった。一目で良いから彼らの姿を拝みたいと望む者は少なくない。

 エスレーヤ王国の南西に位置する宗教都市、聖都レピエステ。最も地底樹に近いとされるアルカラル大聖堂を中心として地底樹信仰の民が集う拠点である。四方に街道があり、神官らが植樹の巡礼行へ出たり、他国からの巡礼を受け入れ、栄えている。

 信徒たちのざわめきは三色の大神官――白の大神官ユリウス、黒の大神官ラウル、青の大神官リューナールが尖塔の中ほどにあるバルコニーに姿を見せた時点で、次第に静まっていった。そして、誰もが息を呑んで見上げる中、法王カリストがゆっくりとバルコニーへと登壇する。

 静寂の中、幾千もの信徒が彼の言葉を待つ中。法話が始まった。

「今日、我々はこの地に集いました――」

 穏やかながらも、よく通る声。できるだけの信徒に声を届かせるべく、法王は語り続ける。

 ユリウスは法王の向かって右後方に侍していた。

 カリストはユリウスの同期だった。先代の法王が身罷った際、大神官を辞した神官によって構成されている元老会により法王に選ばれたのはカリストだった。それを不満に想ったことはない。自分はできるだけのことをしてこの場にいるのだ。法王になるために敬虔に生きているわけではない。

「――地底樹アルカラルは芽吹きの日を迎えます。我々一人一人を苗木として、地の底から御力を届けて下さいます。

 ここで、過ぎし一年を振り返りましょう。夏。日照りがありました。冬。強い雪嵐がありました。我々は多くの試練と困難に直面しました。そして、共に乗り越えてきたのです。

 地の声に耳を済ませましょう。地底樹はけしてわれわれを――」

 そのときだった。

 法王カリストの法話の裏で、チリチリと小さな音がしていることに、そばで侍していたユリウスが気づく。音は断続的に続き、次第に大きくなっているようだった。

 やがて、ガラ、と大きな何かが落ちる音がして、他の面々も異変に気づく頃。

 ユリウスは誰よりも早く法王の元に駆け寄っていた。

「猊下……っ」

 叫びながら、彼の腕を掴み、自分の身と入れ替えるようにして奥へと押し出す。

 バルコニーの先端、先程まで法王の立っていた場所――いま、ユリウスが居るその石畳の並びが割れたのとほぼ同時だった。

 直後、轟音とともにバルコニーがぼろりと崩れ落ちる。ユリウスの身体がぐらりと揺れ、足場を失って宙に浮く。

「ユーリッ!」

 怒号のような叫びとともに、落ちていくユリウスに太い腕が巻き付く。アレックスだった。神官よりもずっと後ろに立っていたはずの彼は、法王を護るべくユリウスが飛び出したのと同時に、ユリウスを護るべく手を伸ばしていた。

 息を呑む神官たちの眼の前で。状況を遅れて悟った信徒たちの悲痛な声が唱和する中で。

 春の尖塔から二人は落下する。無数の瓦礫とともにそのまま広場へと崩落する悲痛な未来を誰もが確信した瞬間、

 ――二人を包むように、白銀の光が生じた。

 目もくらむような光球が中空に浮かんでいた。まるで太陽が地表に現れたようだった。

 唖然と立ち尽くす者、あまりの眩しさにひれ伏す者――その場に居た誰もが状況を把握できていなかった。

 中にいる二人が見えなくなるほどの眩い光球は、まるで羽のようにゆっくりと広場の石畳へと降りていく。

 信徒の群衆を整理していた神殿騎士団の面々が警戒しながら集まる前で、光はやがてふわりと石畳に接地し、次第に薄れていく。

「ユリウス様……っ」

 神殿騎士の輪を掻き分けて、黒の大神官ラウルが真っ先に駆け寄る。光球は薄れながら収束し、やがて中に居た二人の姿が視認できるようになる。

 バルコニーの崩落した瓦礫の上で、二人は固く手を取り合っていた。両者ともに放心状態で、そして――

「なっ……!?」

 ラウルはようやく見えるようになった二人の様子を見て血相を変える。

「ここは危険だ。お二人を……聖堂へ」

 騎士にも声をかけて二人を引き上げ、半ば連行するかのように両脇を固めて物々しく去っていった。



 そうして騒ぎの元凶の一団が聖堂へと向かった後。

 聖堂前の広場では、信徒たちのざわめきが次第に強くなっていった。

 法王の立っていたバルコニーが崩落し、彼を庇った白の大神官と神殿騎士が転落し、突然生じた強い光により法話会が中断された。本来ならば法話を受け、祈りを捧げ、新しい芽吹きの季節を祝い祈る神樹祭がこのような状況になってしまったため、誰もが動揺し不安に包まれていた。

 ひとまずの事態の収拾を図るべく騎士たちが整列し信徒たちを落ち着かせようとしていたときのこと。 

 いつの間にか、光球が着地したその場所に、石畳を突き抜けて一本の細い若木が芽吹いてることに一人の神殿騎士が気づく。

 青々とした葉を拡げて春の陽気を受けるそれは、神樹だった。

「……秘蹟の萌芽…………」

 騎士が呟くと、やがてその言葉はさざなみのように信徒に広がっていく。

 秘蹟――生涯を地底樹に捧げた誰よりも清らかで誰よりも敬虔な信徒にのみ与えられると言われる、奇跡。

 地底樹信仰の長い歴史の中でもほんの数度しか起こったことのない、極めて珍しい事態なのだ。

「……秘蹟が起きた。神樹が芽吹いた」

 感嘆の吐息が、やがてくぐもった歓声へと変化していく。

 感極まった信徒たちは指を組んで地と空に祈りを捧げる。

 祈りの言葉が唱和し、壮大な旋律が生まれる。法話は中断されてしまったものの、それ以上に価値のある神威を目の当たりにした彼らはいっそう信仰を深くしていくのだった。

 

 

 そんな喧騒をよそに。

 よく分からないままに聖堂の奥へ引っ張られてきたユリウスとアレックスの二人は、聖堂の隅で神官やら神殿騎士やらに囲まれて座らされていた。

 目が眩むような光に包まれていたため、自分たちでは何があったのかを把握できていない。ようやく視力が戻り始めて、アレックスは眼の前にいる、自分が命がけで護った相手の顔をぼんやりと視認して――

「……は?」

 唖然とする。

「いや、お前……ユーリか?」

 大きく首をかしげ、角度を何度も変えながら、何とか見え始めた相手のかんばせを穴が空くほど見つめる。

「そうだが……君こそ……誰だ……」

 同じく視力を奪われていたのであろうユリウスが、見え始めた色彩に訝る声を出す。

「誰だってお前ェ、」

「いや、薄々分かってはいるのだが……アレク、なのか……? だが、声が少し……」

「そうに決まってんだろ。お前こそ――」

「お二人共、まず落ち着いていただきたい」

 一番落ち着いていない人物がどたばたと駆け寄ってくる。黒の大神官ラウルは肩で息をしながら、二人の前に立つ。そして少し躊躇してから、携えていたものを二人の眼前に差し出してきた。

「鏡です。……どうか気を確かに、落ち着いてご覧になってください」

 二人はそのままそれを覗き込んで――絶句する。

「嘘だろ、おい」

「どうして、こんな」

 言いながら、自身の顔をぺたぺたと触って確かめる。次いで、お互いの顔も。

 視力が完全に戻ると、二人は手や腕、足の感触までも確かめ始める。ユリウスはいっそう華奢で、アレックスは逆に筋肉量が多く、お互い式服の丈が合わなくなっている。

「……秘蹟です。恐らく、あなた様の」

 苦悶の表情のラウルは、言いにくそうに告げる。

「秘蹟……確かに、落ちたときに地面に叩きつけられないで何かが起きたのは分かったが……」

 ユーリとアレックスは再び、鏡を覗き込む。

 そこには――五十年ほど前、銀の髪をした麗しい青年神官と赤毛の豪放な傭兵、そんな二人が出会った頃の姿が映し出されていた。

 

 ◆


 たとえば、心の底から信頼しあい、長く永く共にあった二人がいるとする。

 すでに両者ともに老齢に至っており、残るは穏やかな余生のみ、そう思い込んでいる二人がいるとする。

 出会ったときには正反対の性質だったというのに、幾度もの衝突の末、降りかかる艱難辛苦を共に乗り越え、紆余曲折を経るうちにまるで双樹のごとくぴたりと寄り添う存在となって、いつしか情愛も性愛も超越したような間柄になっていたとする。

 二人はお互いの信念信仰のために一線を越えることだけは無かった、それでも十分満たされていた、そんな二人がいるとする。


 さらに付け加えると、「今にして思えば抱かれてやっても良かったのかもしれないけれど」などと嘯いていたとする。


 たとえば、そんな二人がある日突然若き日の姿に戻ってしまったとしたら――?




「ど、どうすれば……」

 困惑しきった若き青年神官の声に応えられる者は、誰もいなかった。

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