第4話
レオの一挙手一投足を見守っていたノワル。
レオが今、マナを込めている鍵のようなモノ。それは聖霊王と呼ばれる存在から、
聖猫アンシャの真の主が、そのベル・コネクトにマナを込めることにより、変化が表れるとは訊いていた。だが、どのように変化するかまでは教えてくれなかった。
ノワルはある程度、何かある、と心構えは出来ていたので、レオが持つベル・コネクトから突然溢れ出した光の奔流に、目を剥きはしたが、想定内であった。
ただ、あまりの眩しさに、顰めるように目を細め、顔を少し逸らしてしまう。
やがて目が慣れてきたノワルは、レオを通してベル・コネクトから溢れ出る光を、改めて凝視する。
「ああ、これは……凄い」ノワルが言った。
その光の感覚がノワルに伝わる。これはマナ。おそらくその光は、レオのマナを具現化させたものだ、とノワルは感じた。純粋なマナの総量と質が、その
ただの光ではない虹の如き美しさに、ノワルは語彙力を失う程、只々感嘆した。
光がレオを包み込んでから、暫しの時が流れた。
だが、一向に収まる気配をみせない光に、思わずノワルは「レオ様!!」と気が急くように叫んだ。
すると、その声に応えるかのように、光がベル・コネクトに戻るかの如く収束しはじめる。
やや経って、光が完全に収まると、レオは力が抜けたかのように地面に両膝を突き、そしてそのまま前方に倒れ込んでしまった。
「レオ様!」
慌てるように叫びながら駆け寄って来るノワルを確認しながらレオは「ベル……」と呟くように言って意識を手放した。
「今のは……なにかしら?」
自宅の裏手側に近い間取りにある台所で、晩御飯の準備をしていた、レオの母であるエリーザ。銀色の長く美しい髪の毛を、料理中ゆえ、後ろでまとめている。
ふと、台所の窓から外を見た。雑木林の方面から、僅かではあるが、マナが揺らめいたのを感じたのだ。
裏手の雑木林には、夫であるオスヴァルトが製作した、それなりに強力な結界の魔道具を設置している。そのことにより、魔獣や怨獣の類いは生息していない。
そんな、雑木林にマナの揺らぎを感じたとなれば、それは、オスヴァルトの魔道具性能を超える何かが侵入した、ということになる。
台所の窓から望める雑木林を見据えて、エリーザは妙な胸騒ぎを覚えた。
料理中のマナコンロの火を消し、エプロンをしたまま、誰に告げることも無く、エリーザは台所のすぐ横にある勝手口から、躊躇せず飛び出した。
チャクラで身体能力を向上させ、雑木林の中へ向かう。陽が沈みかけているのも相俟って、暗い。エリーザは、チャクラの一部を視力向上に回した。
軽快に木立の間をすり抜けると、やがて、先日レオが木材調達のために伐採した場所に近付く。
途中、何かが進行を妨げるような感覚があったのだが、エリーザの持つアイテムのおかげで、難なく辿り着くことが出来た。
「止まりなさい」エリーザがドスの効いた声で言った。
視力を向上させているので、何となくだがわかる。黒色と思しき服を纏った男性が、倒れ伏せている愛息に、しゃがみ込んで手を伸ばそうとしているところだった。
エリーザとしては、一気に殴り掛かりたいところではある。だが、相手の方が息子に近いうえ、情報がほぼない。
しかも、夫であるオスヴァルト作の結界を、無視するほどのマナを揺らがせたかもしれない男だ。エリーザはグッと堪え、声を掛けるだけに留めたのだった。
しかし男は、エリーザの言葉に素直に従い、その手を止め、上体を戻し立ち上がった。
「おや。これは、これは、エリーザ様。お久しぶりでございます。周囲に結界を張っておりましたが、なるほど。オスクネス様の護符を携帯しておられましたか」
少しの動揺もみせることなく、男がエリーザに身体を向け、胸に右手を添えながら、恭しく紳士的なお辞儀をする。
男の台詞にエリーザは、眉をひそめて反応するも、若干スカを喰う気持ちだ。
だが、その姿を視界に収めると、脳裏に、かつての居場所にあった記憶が蘇る。
「あなた……。もしかして、ノイアー?」
「覚えておられましたか。王宮のなんの変哲もない事務官の名を」
「なんの変哲もないって……。あなた、本気で言っているのかしら、呆れるわね。まぁ、いいわ。それよりも、そのなんの変哲もないあなたが、なぜオスクネス様の護符の存在を知っているのかしら。それに、この状況を説明してくれる?事と次第によっては、覚悟してもらうことになるけれど」
エリーザの記憶ではこの男――ノイアーは王宮の中枢に近い位置で事務官をしている、という覚えがある。
事務官の中でもトップクラス。将来有望。大臣候補。それ程に王宮に認められた存在であると云える。
とはいえ、闇の大聖霊オスクネスから護符を賜ったのは、エリーザが若かりし頃の出来事であり、箝口令とまではいかないが、そのことは聖霊と家族しか知りえないことである。
この男がなぜ知っているのか。
更に愛息が倒れているこの状況だ。警戒レベルを上げたエリーザから、怒気のこもった静かな冷気が放たれる。エリーザの得意属性である氷のマナが溢れ出ているのであろう。周囲の温度を一段も二段も下げていく。
だが、それでもノイアーと呼ばれた男は、微塵の動揺も見せず、飄々とエリーザに相対する。
「相変わらず素晴らしいマナでございます。なるほど、左様でございますね。ここは慎重に答えたいところではございますが、何と申し上げましょう……。レオ様には、とある試験を受けていただいた、では納得していただけませんよね」
「そうね。まったく納得できないわ」
口角は上がっているものの、目は全然笑っていないエリーザ。周囲の温度が、また一段階下がったようだ。
ノイアーと呼ばれた男は、その冷気を感じ取るように、周りを見渡したあと、ふう、と白い息を大きく一つ吐いた。
「まぁ、どちらにせよ、レオ様をご自宅までお運びし、そこで皆様にご説明する予定でございましたから……」
ノイアーと呼ばれた男の瞳から、僅かに紫色の光が漏れた。そこに僅かなマナの揺れを感じたエリーザは、警戒をさらに強める。
だが、次の瞬間、ノイアーの身体が急激に縮み始めた。エリーザは目を剥いて驚愕する。
数舜の後、収縮を終えると、そこには一匹の黒猫の姿あった。
「ノワル様……」エリーザが言った。
「ええ。ノワルでございます」
「なぜ」
「ヒト化魔法≪ヒュマジオン≫。ベル様から特別に与えられた魔法でございます」
「いえっ、そういうことではなく。いや、それも気になるのですが、それよりもなぜノワル様がレオに――」
「あー、それもそうなのでございますが、わたくしのことを信用していただいているのであれば、その強大なマナを一旦収めていただけませんか」
「あっ。申し訳ありません」
覇気のようなマナを放出したままだったエリーザ。ノワルの指摘に、慌ててそのマナを霧散させた。
「いえいえ。即座に殴り掛からなかったところまでは、良い判断でございましたが、普段冷静なあなた様が、ここまでマナに怒気を孕むとは珍しい」
「ええ。まだまだ未熟なもので、返す言葉もありません」
「まぁ、大切なご子息が倒れているうえに、その傍らに怪しい者が見て取れれば、そのお気持ちをお察しいたすところではございますがね」
そりゃそうでしょ、と言いたいエリーザではあるが、高潔な血の者として、時には冷酷な判断を下さねばならないことを知っている。だから、エリーザは文句を呑み込み、別の言葉を吐き出す。
「それで、ノワル様。なぜレオはそこに倒れているのですか?」
「あ。その前に、失礼」
ノワルはエリーザの質問に答える前に一言断りを入れ、レオの右手に近付き、その手に納められているベル・コネクトを咥える。そしてそのまま自身の影に頭を突っ込み、納めた。
「今のは?」
「あー、そうでございますね。お答えしたいのは山々ではございますが、レオ様をこのままにしておくのも心苦しい。説明はご自宅にレオ様をお連れしてから、ご家族の方々共々説明を訊いて頂く、ということでよろしいでしょうか?」
「あ。え、ええ。それもそうですね。わかりました。では、レオはわたしが……」
「いやいや。麗しき女性の手を煩わせるのは、紳士の恥でございます。わたくしが先程お見せした、ヒト化の魔法を使ってレオ様をお運びいたしますので、自宅までの案内をよろしくお願いいたします」
「それは……、わかりました」
紳士的な発言をしているが、現在の見た目は猫である。エリーザは、思わず苦笑しつつも、頷いた。
もちろんノワルとしても、この世にチャクラという身体能力を向上させる技術があるわけで、エリーザも余裕でレオを自宅に運べるのはわかっている。
ただ、ノワルとしては、画的に納得しなかったのだ。あくまで紳士。レオの自宅の場所は知っているし、方便だ。
ノワルは改めて≪ヒュマジオン≫を唱え、ヒト化し、お姫様抱っこをするように、レオを抱え上げた。
「ヒト化の魔法……。初めて知りました」
「まぁ、それは仕方がございません。アンシャにお与えくださった、ベル様の
「お父様は、知っていたのですね」
「左様でございますね」
「他にも沢山秘密がありそうですね、聖猫様には」
「はて。どうでしょうかね」
「ふふっ」
エリーザが口を軽く押さえて笑った。
その姿を見たノワルは、エリーザと初めて出会った頃のことを想い出す。普段無表情に近いノワルも、僅かに口角を上げた。
「それでは参りましょうか」ノワルが言った。
「ええ」
エリーザは、切り株の上に置いてあったが買い物カゴを手に取り、先導する様に歩き始めた。ノワルがそれに従うようについて行く。
「ところで、エリーザ様」
前を歩くエリーザに、ノワルが声を掛けた。
エリーザはその声に立ち止まらず、視線を前に向けたまま、僅かに後ろに顔を向け、「なんでしょう」と応え、そして前方に顔を戻した。
「なぜ、この場所にいらしたので?」
「それは、この雑木林から僅かにマナの揺らぎを感じましたので」
ノワルの質問に、歩きながら少々声を張ってエリーザが答える。
「なるほど。左様でございましたか」
「ええ、それがなにか?」
「いえ、お気になさらずに」
「そ、そうですか。わかりました」
エリーザの納得出来ていない雰囲気を感じつつ、腕に抱えるレオをみたノワル。
先程よりもやや口角が上がり、温かい笑みを浮かべる。
「流石は我が主。僅かとはいえ、聖霊魔法の結界を貫通するとは」
前を歩くエリーザには届かないほどの声量で呟いたノワルの言葉は、周囲に生える木々の騒めきに紛れ、消えていった。
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