第3話

 体内のマナを制御することなく、鍵にマナを込めていい。そう言われれば、簡単なのかと思うだろうが、実は存外難しい。


 マナは全身を巡っているものの、体内にあるマナの根源は、正中線上の胸部ほぼ真ん中に存在するマナ器官だ。因みにチャクラ器官は、ヘソの内側に存在する。それと、温度で例えるならば、マナは冷、チャクラは暖だ。


 話を戻すが、このマナ器官から流れ出るマナを捕まえることが第一段階になる。


 マナを捕まえた。レオが、上手くいった、と心の中で握り拳をつくる。


 実はレオ。このマナを捕まえるということに関していえば、意外と苦手ではない。


 マナ制御の訓練が出来なかった分、チャクラ制御の訓練に余念がなかった。だからか、チャクラ制御に至っては自信がある。


 マナの性質――云わば、温度の違いが分かれば、レオにとってマナを捕まえることに関してだけでいえば、寧ろ得意ともいえる。


 捕まえたマナを手に集中させる。大量のマナが体内を巡ったのち、鍵を握る手が冷える感覚を覚える。上手くマナを手に集めることが出来ているようだ。


 本来ならば、ここからが一番大事で、かつ難しい。それが、マナの制御だ。


 チャクラは大雑把な感覚でも、それなりに身体能力の向上に利用できる。


 それに対し、マナの利用法の大部分は、魔法への変換だ。


 マナの放出は、ただ体外へ出しても、大気に還るだけだ。


 呪文の詠唱、魔法名、そして放出。3つの過程を踏んでようやく、マナを活用することが出来る。呪文の詠唱は、マナを使った魔法陣の構築。魔法名は陣の完成を意味する。その際の出力が繊細なのだという。


  必要以上のマナの出力消費は、自身や周りに危機をもたらすこともある。だからこそ、マナの制御は欠かせない。


 魔道具であっても、その例にたがうことはない。詠唱、魔法名の代わりに、魔道具内に繊細な陣が刻まれているのだが、出力を間違えれば起動しないし、壊れもする。魔道具も安いものではないのだ。おいそれと練習できるものでもない。


 属性持ちならば、詠唱と出力の調整を繰り返すうちに、この魔法はこれくらい、という指標と慣れが生まれ、身体からだに刻み込まれていくのだ。


 属性を持たないとされているレオにとって、何といってもそれが分からない。使えない属性魔法の詠唱をしても無意味なのだから。


 しかし、今手に持つ魔道具と思しき鍵には、マナの制御――特に放出において、制限など必要ない、とノワルが言った。だから、いけるはず、と。


 レオの背中に、一筋の冷たい汗が伝っていくのを感じながら思い出す。













 つい先日、成人を迎えたレオ。


 その約半年前のこと。マナ制御の練習ができる魔道具が欲しい、とレオは、工房の作業台に向かって椅子に腰を掛けていた父親であるオスヴァルトに、懇願するように頭を下げた。


 普段あまり我儘を言わないレオの突然の行動に、レオの髪とは違うぼさぼさな金色の髪と、薄い無精髭を生やしたオスヴァルトは、目を丸くしたのだが、すぐにふっと微笑んだ。


「俺もそう思っててよ。ほれ」


 オスヴァルトがレオに向かって軽くほうったそれは、円の中が五芒星になっているトップのペンダントだった。レオは慌ててそれを捕らえるように受け取った。


「これって…」

「ついさっき完成したんだ。そのペンダントトップが、マナ制御練習用の魔道具になっているんだわ。もっと早く渡してやりたかったんだがな。結局、製作に3年も掛かっちまった」


 難しかったんだぞー、という父親を見て、レオは困惑する。


 そんな息子を横目に「なんでもっと早く思いつかなかったんだろうな」と言って、オスヴァルトは苦笑する。


 その顔を見たレオは、深く息を吐き、泣き笑いの表情になる。


「しようがないよ。俺以外の奴が使うことなんてないだろうし、ましてそんな需要のないものなんか作ったって――」

「レオは」

「えっ」

「レオは小せぇ頃から他人に気を遣ってばかりだったろ」


 オスヴァルトが呆れ顔で言った。


「いや、そんな――」

「そうだったんだって。マナ制御にしたって、周りの奴らがどんどんできるようになっている中で、自分は出来なくて陰で泣いてただろ」

「な、なんで知って――」

「マルクスから訊いたんだよ」

「クソ兄貴め……」

「それでもお前は、表では俺たちに気を遣わせないためによぉ、無理に笑顔をつくっていただろ。それに、チャクラ制御に力を入れることで、何でもないような態度を取ってもいただろうが」


 知ってたよ、というオスヴァルトの言葉に、レオは表情を暗くしたまま押し黙ってしまった。


「お前がマナ制御のことで悔しい思いをしていることや、苦しんでいることにも気付いていたさ。寧ろ、それに気付いていながら、忙しさをいいわけに、レオの苦しみを蔑ろにしちまった。親として最低だ。本当にすまない」

「やめてくれよ。そんなことな――」

「あるんだよ」


 オスヴァルトは、レオの言葉を遮るように続ける。


「3年前、俺達が王都から離れなきゃいけなくなった理由を訊いて、お前は悔しそうな表情を浮かべていただろ」

「それは……」

「そん時、お前はこう思ったんだろ?自分に属性があれば、魔道具のひとつでも作れりゃ、少しでも俺たちの役に立てるかもしれない、ってよ」


 レオの図星を衝かれたような苦笑を見て、オスヴァルトも苦笑しつつ続ける。


「でも自分は、マナ制御もできず、魔道具も碌に触れねぇ。自身がなんの役にも立たないって……そう考えたんだろ?」

「なんで知って……」

「何で知っているもなにも、何年お前を見てきたと思ってんだよ。親だぜ?」


 オスヴァルトは天井を見上げた。


「そん時……お前を見て思ったんだよ。あー、レオにこんな表情させちまってんのは、俺のせいだわ、ってな」

「わかった。親父の親としての謝罪は……受け入れるよ」

「ありがとよ」

「でもさ」

「あん?」

「作ってくれたじゃん、これ」


 レオがペンダントを、自身の目の前に掲げ笑みを浮かべる。


「ありがとう。親父」


 オスヴァルトは目を剥いた後、立ち上がり、レオに近付いた。


 レオの髪を、ぐしゃっ、とするように少し乱暴に撫でると、オスヴァルトは「何言ってやがるんだ」と言って続ける。


「レオ。俺から見てもお前は、基本の製作術をほぼ完璧に熟せているんだ。それは、お前の努力だろ。それを誇れ」

「でも、俺はマナ制御が……」

「だから、それを作ったんだろうが。子供の努力に応えるのも、親の務めってもんだ。当り前のことで感謝される云われはねぇよ」

「親父……」

「おいおい、情けねぇ顔すんなって。まぁ、本当に情けねぇ奴なら、属性を持てなかったことを知った時点で、何もかもを諦めていたかもしれねぇがな」


 レオの態度に、少々呆れ顔になっていたオスヴァルトだったが、再度口角を上げてレオを真っ直ぐ見遣る。


「そんな中でお前は諦めなかったんだ。お前がなんの努力もしていなかったら、親である俺ですら匙を投げていたかもしれねぇからな」


 オスヴァルトは天井を仰ぎ見て、軽くかぶりをふって笑う。そして再びレオを見遣り、レオの手にあるペンダントを指差し、顎で軽くしゃくった。


「それ使って一人前の大人になれ、レオ。マナの制御さえ覚えりゃ、魔道具をそれなりに使えるようになる。そうなりゃ、お前もいっぱしの製作師メーカーだ」

「俺も製作師メーカーに……」レオがペンダントを見て言った。

「いやいや、まて。俺が言いたかったのは、そういうことじゃねぇ」

「は?」


 レオはオスヴァルトに対して、怪訝な表情を浮かべた。


「いいか、レオ。お前の人生はまだ長ぇ。別に俺はレオに無理に製作師メーカーになれって言っているわけじゃねぇ。マナが制御出来りゃ、マナを込める武器や防具なんかも使えるようになるからな。レオは人一倍努力できる人間だということを、俺は知っている。その努力は人生の選択肢を増やす、ってことを言いたかったんだ、俺は」

「なるほど?」

「なんつーか、そう。お前のその努力はきっと自信に繋がる。その自信は、作製師メーカーになれるっていう一点だけじゃなく、やった、っていう努力の過程と事実だ。それはきっと、お前に新たな一歩を与える」


 オスヴァルトは真剣な眼差しをレオに向けた。


「踏み出せよ、レオ。それがお前の新しい道になる」










 握られた鍵に不安を抱き、ある意味現実逃避していたのだが、父親であるオスヴァルトの言葉を思い出し、レオは現実に引き戻された。


 そっと胸元のペンダントに触れ、微笑を浮かべる。


 ほんの半年前の最近。されどどこか懐かしく感じる父親の助言。


 たしかに今回は、マナの放出に関する制御はいらないのかもしれない。


 だが、そのマナを身体の局所に集め、魔道具に注ぐ技術は、間違いなく胸元のペンダントのおかげだ、と言って良い。


〝踏み出せよ、レオ〟


 父親にもらった言葉が頭の中に響く。だからこそ、レオは鍵に力を込めて言う。


「これが、俺の新たな一歩目だ」


 鍵に自身のマナが止めどなく流れるのを感じる。身体から大量のマナが抜けていったことで、僅かに脱力感を覚えた。


 その瞬間、手元の鍵から光の奔流が溢れ、レオを包み込んだ。

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