エンカウント
日陰四隅
第1話 エンカウント
「…………寒っ」
予備校から出て見上げて空から雪が舞う年の瀬も迫った12月。世間ではいつの間にか設置されたモミの木に飾り付け、商店や街中にはきらびやかな電飾が輝き、まさにクリスマスムード一色といった風だった。
サンタさんにお願いするプレゼントは何がいい? 答えは志望校の合格通知だ。
世間一般は浮かれムード一色。そんな極彩色な日常とは裏腹に、こちらは高校受験戦争の真っただ中。今年は華やかしい祭り事とはまったくの無縁で、黒と赤の二色の地獄にどっぷりとつかっている。
ちらつく小雪に通りがかるカップルなんぞ見つけようものなら呪詛を吐き出す一歩手前だが、もっとも、肝心のそいつをぶつける二人組なんてこの通りにはいない。
何せここはド田舎。都心から電車でおよそ2時間の辺境の地。水郷の里などと謳っているが、とどのつまりは田んぼと川しかない陸の孤島。ちなみに、地図で見ると二本の大きな川で本州と寸断されているので、あながち本当に島といえなくもない。
という訳で、そんな片田舎の辛うじてシャッター通りを免れている駅前の、うっすら雪の積もる通りになんて人っ子一人いやしない。
明かりがついている建物はせいぜい居酒屋かコンビニかで、およそ若人がたむろする場所なんて存在していない。さらに現代っ子は片手一つに世界が広がっているので余計に外出する機会も存在しない。おかげで明かりはついているのに町は死んでいる。
そんな人気のない通りを一人、僕こと篠塚裕志(しのづか ゆうじ)は自転車で帰路についていた。
草臥れた町並みを左右にうっすら雪の積もった道を偶に通り過ぎる車を横目に進んでいく。
高校受験を目前に控えて最後の冬休みが待っている。成績の方は合格ラインには載っているものの、不安がない訳ではない。お世辞にも出来の良い頭とはいえずに、それでも努力の結果は目に見えている。あとは最後の冬休みに追い込みをかければ受験それ自体は何ら問題はないだろうが、けれども、しかし、という不安がこみあげてくる。元々そこまで強い精神性は持ち合わせておらず、人並みより少し弱めのメンタルを自負する自分はよく考えようと思えば思うほど、悪い方向に気持ちが向いていく。いや、でも問題はないのだから今の状態を継続すれば、けれども云々。
そんな風に思考のどつぼにはまっていると不意に空が明るくなった。直後、大気を叩く強烈な音。
思わずびっくりしてうっすら積った雪に自転車のタイヤがとられた。バランスを崩
しタイヤが大きく左右に揺れたが地面に足を付き事なきを得た。
溜息を吐き空を見上げた。その時、どんよりとした空に再び光が奔った。次いで、
再びの雷鳴。
冬に雷なんて珍しい。この辺じゃ今まで一度もなかったことだ。僕は立ち止まったまま、物珍しさからポケットからスマホを取り出し空に向けた。
液晶に映し出される灰色の空を眺めて録画のボタンを押す。鉛色の夜空に幾度も亀裂が奔るように光る雷鳴を映した。
本当に珍しい。
クリスマスに雪でロマンチックね、なんてなるがこれはどうなんだろうか。おそら
くは微塵もならないだろうが。まぁ、ポジティブに空がイルミネーションしていると考えればロマンチックといえばそうなる、だろう、多分。ならないか。
しかし、随分とせわしない雷だ。何せ、さっきから続けざまに鳴り響いている。これじゃロマンのかけらもない。ただうるさいだけだ。
そうして続けざまに光る空を見上げていて、不意に違和感を覚えた。
いや、何がおかしいかといわれてもうまく説明は出来ないのだけれども、何か不自然なのだ。
轟音を上げる稲光を画面越しに眺めながらその違和感に気付く。この雷は雲の中で起こっていないのだ。
――――何が起きている?
再び雷が空を奔った時、その起こりを追った。そしてそれは、僕の左手にある山の斜面に作られた揚水機場の更に奥へと続いていた。
瞬間。
「…………なん、だ。アレ?」
大きな音と閃光が空を焼いた。そしてそれは地上から空に向けて発生しているように見えたのだ。
――――ありえない。
それは電線や発電機、ましてや変電所から漏電や断線して起きているような電気量ではなかった。まごうことなき自然界にて起きうる放電現象の域に達していた。
また、百歩譲って変電所の故障で起きたと考えてもこの連続して起こる稲妻の説明がつかない。人工的に起こした雷だって下に向かって単発ずつだ。こいつは明らかに連射している。
その時、一際強烈な閃光が灰色の空を覆った。その強い光に思わず目を伏せ、ついで強大な爆発音が鼓膜を叩いた。
轟音にたまらず耳を塞ぐ。立て続けに一体何なんだ、と思った瞬間今度は猛烈な風が吹きつけた。
————本当になんなんだよ!
爆発でも起こったような衝撃にたまらず倒れそうになる。それを、身を丸めてやり過ごし、収まったところで顔を上げると、揚水機場のある山の稜線が赤く輝いていたのだった。
「…………は?」
思わず声がこぼれた。いや、これ本当に何か爆発したんじゃないだろうか。そうに違いない。だって、その赤く光る空から真っ黒い煙が立ち上がっていたのだから。
本当に何が何やら。真冬の珍しい雷だと思ったらどうやら自然現象ではないらしく、人工的な産物だと思われるが雷のような巨大なエネルギーを頻繁に起こせるような設備の話なんて聞いたことなく、挙句の果ての大爆発。
空襲でも受けたんじゃないかと考えた方が自然じゃないか、と思っているところにサイレンがけたたましく鳴り響いて我に返った。
手に持っていたスマホを再び空にかざす。
揚水機場と山の稜線から赤く染まる空。黒く立ち上る煙は灰色の空に溶けていく。
なんだかとんでもない現場に居合わせたな、と思っていると不意に赤い空に黒い点が飛んでいくのが映った。
————UFOか?
そう思って馬鹿らしくなる。写真なんていくらでも加工できるこのご時世にそんな物。ただ、飛んでいるそれ自体には少し興味をひかれた。何せ、この大爆発を起こしたであろう物体の痕跡の一部かもしれないのだ。
反射的にカメラを拡大し、その物体を追う。急に変わった画像はうまくピントが合わずにぼやけて見えた。しかし、次第に被写体とピントが合い、それが鮮明になるにつれてありえないものが映った。
赤く染まる闇夜に浮かぶそれは人を抱えた少女の姿だった。
その光景に呆然となる。
何故女の子が? というか、どうやって空を跳んでいる? 爆発の原因は彼女なのか? そもそも、これは現実なのか?
整理の付かない、とりとめのない疑問が頭の中に一斉に押し寄せる。その目の前に広がるを情報を僕の脳みそが処理することを拒否していた。けれども、僕の手は無心でその姿を追っていた。
不意に画面に映る少女が振り向いた。振り返った少女の顔立ちはまるで精巧に作られた人形のようだった。瞬間、僕の考えは吹っ飛んだ。僕はその少女に目は奪われたのだった。
振り返った少女は地上を見下ろしていた。否、その視線は明らかにこちらを見ていた。その視線にドキッとする。
落下する少女をカメラで追い続ける。彼女はそのまま稜線へと消えた。
僕はスマホを手に持ったまま固まっていた。
けたたましいサイレンは遠く鳴りやまない。
小雪の舞う冬の夜。僕はその場にいつまでも佇んでいた。
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