第9話 先生
謁見の間で言ったこと。ユウトに秘められている"ウェル"という能力を、どうすれば目覚めさせることができるか明日調べてほしいというものだ。
「お姉様、先ほど仰っていた"適任者"というのは?」
アリスがソーラに尋ねる。ソーラは胸元からユウトを解放し、先ほど寝ていた深緑のソファに座って答えた。ユウトも、アリスにソファに座るよう促されたので、ソーラとは反対側のソファに座った。
「あーあれね。」
ソーラは腕を組んで、アリスを見た。
「シエナに頼もうかなと思って。シエナなら、"ウェル"についても何か知ってそうだし、協力してくれたら心強いじゃない?」
ソーラがアリスを見て言った。
「なるほど、シエナ先生ですか!それは確かに適任ですね。あ、でも……」
「?」
「シエナ先生が協力してくだされば何よりですが、最近学長に就任されたばかりですし、色々お忙しいのでは……」
アリスが不安げな表情でソーラを見る。
「あー。まあ、確かに。」
ソーラは宙を見て考えているようだったが、すぐに言った。
「まあでも、"断ったら大学の予算減らすからね"って脅せばいいし、多分大丈夫でしょ!」
「そ、それは可哀想な気がします。」
ソーラは楽観的な様子だった。「先生」「学長」「大学」という言葉から、その"シエナ"という人が教職についているということは、ユウトにもすぐ想像がついた。また、ソーラやアリスの様子だと、シエナという人は2人からとても信頼されているように思えた。
ソーラは、反対側に座るユウトの側にさっと移動し、彼の耳元にその形の良い口を近づけ、甘く響く声で囁いた。彼女は、わざとらしく自らの豊かな胸の双丘をユウトにぴったりと押し当てた。豊かな乳房がユウトの肘に当たり、優しくひしゃげていた。
ソーラの吐息が、ユウトの耳を優しく刺激する。
「ちなみにね、ユウト?」
「シエナも"おっぱい"大きいけど、私の時みたいにちらちら見ちゃダメなんだからね?」
ソーラはとろけるような甘い声で、少年の深くにある本能的な部分をわざと刺激するように言った。
「もし"おっぱい"が見たくなった時は……すぐソーラお姉ちゃんに言うのよ?」
「え、ええっ!?」
「そしたら、いつでも、好きなだけ、ユウトに"おっぱい"見せてあげるからねっ。わかった?」
「いっ!いやっ!大丈夫ですっ!」
ユウトは顔を真っ赤にし、バッとソーラから離れて、狼狽えた表情でソーラを見た。当のソーラは、少年へのからかいが成功したことが嬉しいのか、ユウトの慌てぶりを見てくすくすと笑っていた。謁見の間での「王」としての威厳に溢れたソーラと、年下の少年を飼い慣らすようにいじめる「年上の女性」のソーラ。そのどちらも、ユウトの中に深く、そして強く印象付けられていた。
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「じゃあ、そろそろお腹も空いてくる頃ですし、お夕飯にしましょうか!シンテット、準備をお願いしますね。」
「承知致しました。アリス様。」
アリスがにっこりと微笑みながらシンテットに言った。シンテットは答えるとすぐに居間から出て行った。確かに、窓の外を見ると次第に暗くなってきているようだった。それから少し経って、シンテットが夕飯の準備ができたことを知らせにきた。
ユウトはアリス達に連れられて、居間から移動した。廊下を出て、突き当たりのドアを開くと、そこは大きな長方形のテーブルがあるダイニングのような場所だった。テーブルには、たくさんの料理が美しい陶器の皿に載せられて並んでいた。まるで、フレンチのフルコースのようだった。
おそらくこの世界の食材を使った料理だからか、ユウトにはそれらの料理は見慣れないものだったが、どれもとても美味しそうな香りを漂わせいて、ユウトの空腹を促進させた。
使用人のシンテットは一緒に食べないのか、アリス達に礼をすると、ダイニングから静かに出て行った。
アリス、ソーラ、ユウトの3人で、テーブルで食事をした。シンテットが用意してくれた料理は、どれも素晴らしいほどに美味しかった。そしてどの料理も、食べるとホッと気持ちが和らぐような不思議な温かみがあった。また、ユウトが料理を食べようとすると、必ずアリスがそれがどんな料理なのかを丁寧に説明してくれた。
食事中、アリスとソーラはユウトがいた世界の話を非常に聞きたがった。ユウトがいた世界はどんな場所なのか、どんな人々が住んでいるのか、どんな食べ物があるのか。2人のメオレアの女性達は、異界のユウトに対して興味深々だった。
ユウトは色々と説明をした。自分は「地球」という星の、「日本」という国の、「東京」という都市に住んでいて、「高校」という学校に通っていた、普通の学生であること。そういった説明をすると、ユウト自身、改めて「自分は異世界に来たのだ」ということを強く実感した。
アリスは、ユウトの世界には「飛行機」や「電車」などの高速で動く乗り物があるということに深く感動しているようだった。この世界での移動手段は、「徒歩」か「ホルス」という馬に似た動物に乗る、あるいは馬車のように荷台を引かせるしかないため、飛行機や電車のように、「大勢の人間を乗せて遠い場所へと高速で運ぶ物体」があるということに、アリスは驚きを隠せないようだった。
一方でソーラは、食べ物に興味があるようだった。ユウトがハンバーグやカレーライス、ラーメンなど、ユウトの世界ではごく一般的な食べ物について紹介するたびに、「い、異界にはそのような美味しそうな食べ物があるのね……!」と、うっとりとした恍惚の表情を浮かべていた。
「よだれが出ていますよ、お姉様。」
そう言ってアリスはくすくすと笑った。ソーラは慌てて口元を隠し、その美しく整った顔を赤らめた。それを見て、ユウトもつられて笑った。
同時にユウトには、心の奥に込み上げてくるある強い感情があった。
(誰かと一緒に食卓を囲むのって、久しぶりだな……)
父が生きていた頃は、父が仕事から帰ってから必ず母と3人で一緒に夕飯を食べた。しかし、父が死んでからは違った。母はユウトを養うため、夜遅くまで働いた。そして、いつもユウトが寝た後に彼を起こさないよに静かに帰宅した。
そして、一方のユウトは、仕事の疲労でぐっすりと眠っている母を起こさないよう、朝にそっと支度をして家を出て、新聞配達に出かけるのが習慣になっていた。
(母さんと最後に一緒に食事をしたのはいつだろう。)
そう考えると、ユウトは無性に泣きそうになった。しかし、アリスとソーラの前だったので、ぐっと堪えた。
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食事が終わると、ユウトはシンテットによって王宮の「大浴場」へと案内された。
ダイニングを出て、廊下を進んでホールまで戻る。ホールの脇から伸びる別の廊下を進むと、大浴場の扉が見えた。扉を開けると脱衣所のような空間があり、その奥に大浴場へ続く扉があるようだった。
シンテットはユウトの着替えをおもむろに手伝おうとしたが、ユウトはきっぱりと固辞した。脱衣所で服を脱いで、大浴場に入る。
そこは、かなり広々とした空間だった。天井が高く、採光窓からは柔らかい月の光が差し込んでいる。滑らかな大理石の床は足裏に心地よい感触を与え、歩くとかすかに水が弾ける音が響く。
大浴場内の中央にある大きな浴槽も、上質な大理石で出来ているようだった。湯船には温かそうな湯が一杯まで満たされ、湯煙が立ち上っている。
ふと大浴場の壁を見ると、金をあしらった繊細な彫刻が施されており、細部にまでこだわりが感じられた。浴場内は、幻想的な雰囲気が漂っていた。
ユウトは、軽く身体を洗うと、浴槽にゆっくりと浸かった。まるで絹のような肌触りの湯がユウトの全身を包み込み、体の芯を優しく温めてくれた。どこかでお香が焚かれているのだろうか、遠くから花のような爽やかな香りが漂ってくる。
ユウトは、この国に来て初めて、心からリラックスすることが出来た。大浴場の中は、お湯が浴槽から溢れるちゃぷちゃぷとした音と、ユウトの呼吸の音だけが響いていた。
「気持ちいい……」
この世界に来てまだ一日しか経っていないのに、本当に色々なことがあった。ユウトは、湯に浸かりながらそれらをゆっくり振り返ろうとしていた。
しかし。
「ユウト様。お湯加減はいかがですか?」
脱衣所からアリスの声が聞こえる。
「あ、アリス。すごく良い感じだよ!」
ユウトが湯に浸かりながら答える。
「そうですか!良かったです。」
「では、いま私もそちらに参りますね。」
「……えっ!?」
脱衣所の方で、スルスルと布が擦れるような音が聞こえる。もしかして、これはアリスが服を脱ぐ音だろうか。
「な、なっ、なんでアリスも入るの!?俺、もうすぐ出るから、その後でも良いんじゃないかな」
「いえ、私はユウト様のお世話係です。」
アリスの鈴のような美しい声が鳴り響く。
「ユウト様のお背中を流すことが、私の役目なのです!」
「い、いや、それは流石に……!」
ユウトは焦った。先ほどソーラにいじめられ、今度はアリスと一緒にお湯に浸かることは、少年の理性が制御不能になることを確実に予見していた。
ユウトは、アリスの裸体を脳内で想像した。
ソーラほどの大きさはないが、ふっくらとした形の良い胸。ドレス越しでもわかる、しなやかにくびれたウエスト。すらりとした長く美しい脚。それらの魅力が織り混ざり、彼女の裸体は美しいコントラストを描いていた。
ユウトの想像の中で、裸のアリスが浴槽に入ってくる。彼女の足が湯船につくと、水面に美しい波紋が広がった。波紋は浴槽を支配し、ユウトにも優しい刺激を与える。アリスの白磁のような美しい肌が、温かい湯によってほんのりと紅潮する。
次第に、彼女の肌には玉のような汗がじっとりと浮かんでくる。採光窓から注がれる優しい月光によって、彼女の美しい肌が照らされていた。月光に照らされたアリスの雪のような肌は、どこまでも滑らかで、「美」そのものだった。
ユウトにとって、その「想像」が「現実」になることは、この上ない幸せのようにも思えたが、最後の砦である羞恥の心がそれを防いだ。
「あ、ありがとう、アリス!すごく嬉しいよ。でっでっ、でも、今日はもう身体を洗っちゃったから、大丈夫!」
ユウトの声は上擦っていた。
「また、今度お願いするよ。」
アリスは少し納得がいかないようだったが、しずしずと脱衣所を出て行った。大浴場には、紅潮した少年の吐息がかすかに聞こえていた。
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