H2O

@Yuuhi_K

水の化学式。

Q.もし、ずっと一緒に存在できないなら、どうする?




鳴り響くチャイム。新たな学年の開始を知らせる音。小さい割には豊かなこの街で繰り返される代わり映えのしない日々。それがまた始まろうとしている。



教室に入る。

みんなが一瞬こちらを見るが、私に声をかける者は誰もいない。


仕方ない、先天性色素欠乏症の私は異端なのだから。

虐められているわけではないが、仲の良い人がいるわけでもなく常に孤立している。


それが私、水野素乃だ。この世に生まれ落ちて早十六年、この日々が当たり前となっていた。


しばらくして入ってきたのは担任の先生。この小さな街では少子化が進行していて同年代の子も少ないため、各学年につきクラスは一クラスしかない。そのため顔触れも変わるはずがない。


しかし、今日はいつもと違った。

「今日からこのクラスに転校生が来る。」


そう先生が言った後に教室に入ってきたのは明るめの茶色の髪の少女だった。


「初めまして!安酸(やすかた)そよって言います!東京から来ました。穏やかなこの街に来られてうれしいです。これから仲良くしてください!」


この街には似つかわしくない明るい雰囲気の少女。すでに制服のセーラー服を着こなしていた。


「みんな仲良くしてやってくれ。席は…水野の隣でいいか。」

「…!!」


唐突な名指しに驚いたが、このクラスで唯一空いている席が私の隣の席だから妥当な判断だ。


面倒くさい話ではあるがしょうがないと思い、隣に彼女が座るのを音だけで確認した。


朝のHRが終わってすぐ、

「これからよろしくね!」

という声が隣から聞こえた。


振り返ると安酸さんが笑顔でこちらを見ている。私には意外な経験だった。


というよりもこんな好意全開で声をかけられたのは、高校生になって初めてかもしれない。


私は緊張しながら彼女へと言葉を返した。


「こちらこそ。」


すると彼女はもともと笑顔だった顔をさらに綻ばせた。


その笑顔は、私が初めて向けられた類のものだった。その日から私の学校生活は何かが変化した。



「そのちゃん!次の授業、移動教室だよね。一緒に行こ!」

「うん。少し待ってて。準備してくる。」


彼女が来て時が経ち冬に差し掛かってきた頃には、私たちは何をするにも二人で行動してい

た。


最初は隣の席の私が学校の特別教室を案内する役割となり一緒に行動していただけだったが、その役割を必要としなくなっても彼女は私と一緒にいてくれた。

この数か月で校内での私の立場も察したはずなのにも関わらず。


特に、そよさんと一緒の帰り道は私にとって夢中になれるものとなった。


それはさておき、次の授業は化学の実験だった。ひとつ前の授業が長引いたため急いで化学室まで行き、何とか開始のチャイム前に到着することができた。


安堵があったがそれよりもこれからの授業を憂鬱に感じていた。実験となると決まってグループを作らされるが、私は毎回あまりものになる。今日もいつも通りそうなるのだろうな、


と思っていると授業が始まって早々に

「そのちゃん!一緒にグループ組も!」

という声が聞こえてきた。


私に気軽に声をかける人なんてそう簡単には居ないので、間違いなくそよさんの声だ。


「別にいいよ。」


その声に嬉しくなるものの、ちょっとした恥ずかしさもありそっけなく返してしまった。


なんでいつもこう返しちゃうんだろう。今まで変な目で見られていて、人と会話する機会がなかったことを半分言い訳にしながらそう考える。


「ふむ、グループは決まったな。ではこれから表面張力の実験を行うぞ。」


ふと先生の声が聞こえ、とりあえず自分の中の雑念を払い目の前の授業に専念しようと試みる。



それからというもの、実験自体はつつがなく進んだ。


そよさんが間違えて高価な純水を使おうとしたり、水道水をぶちまけたりしたが無事に時間内に実験を終わらせることができたので、つつがなくといっていいだろう。


実験が終わり少し時間が余ったところ、そよさんが唐突にこんな話をし始めた。


「水って不思議だよね。生活になくちゃいけないものなのに、密度の問題みたいに特殊なものでもある。そのちゃんもそう思わない!?」

「え、うん。そう…かもね。」


初めてこんな視点を持っている子と接した。うろたえながらも確かに、と感じる。


今までそよさんのことは元気溌剌で自分の信念をしっかり持っている方だと思っていたが、それ以上に私にはない視点を持った不思議な子かもしれないと思った。


この日の出来事はいつまでたっても鮮明に覚えていることとなるだろう。



私がそよさんへの認識を改めてから一か月後、その日教室に入ると、いつもの明るい挨拶がなかった。


不思議に思って教室中を見渡すが、そよさんの姿がない。今日は数カ月ぶりに空虚な一日を過ごすのかと思うと残念な気持ちになる。


しかし、HRで先生が言うにはただの体調不良ということで、すぐにこの日々も終わるだろうと持ち直した。今日も目立たず生きていこう、そう思って過ごしていても雑音は聞こえてくる。


「にしてもさ、安酸さんってほんと何?」

「ね、それ思ってた。都会から来たってだけですっごい生意気!」

「あーゆー空気の読めない子がいると困るよね。」

「ね、水野ちゃんもそう思わない?」

「え…。」


休み時間、急に私に話が振られてきた。


クラスメイトが私に声をかけるなんて初めてに等しいことだ。しかも私が一番親しくしているそよさんへの悪口。


どう反応すれば良いか分からず

「そう…かもしれないね。」

と曖昧な返事をしてしまった。


これはクラスメイトも気を悪くするかもしれない、と思ったが返ってきたのは

「だよねーー!」

という肯定的な意見だ。


初めてクラスメイトとの交流の輪に入れた気がした。だけど何か私の心にはポッカリと穴が空いている感じがした。



それから数日後、そよさんは無事体調不良から復帰し学校に来ていた。


ほっとして私がそよさんに声をかける前に、別のクラスメイトがそよさんへ声をかけた。


「あんた、もう来ちゃったの?」

「まだ風邪になってれば良かったのに。」

「クラスの雰囲気悪くなるからさっさと消えて欲しいんだけど。」


私は数々の暴言に耳を疑った。まさか本人にまでいうなんて。


ここで私が否定するべきなのは分かってる。でも、勇気が出ない。先日、会話の輪に居させてもらった気がして申し訳なさや、また仲間はずれにされるのではないかという恐怖がある。


その日一日は、私は遠目で悪口を言われているそよさんを見ることしか出来なかった。


帰り道、私とそよさん以外誰もいないところを見計らって私はそよさんに声をかけた。


「そよさんっ、今日大丈夫だった?助けにいこうとしたけど、足が震えて…、ごめんなさい……。」

「いいよ。全然気にしないで!心配して声もかけてくれたんだよね?むしろありがとうだよ!」


いつもと変わらないその声音にほっとしたが、このそよさんの優しさに頼りっきりではいられない、そうとも感じた帰り道になった。



花の手向けられた花瓶。


それが、次の日に私が教室へ入って一番最初に見たものだった。


びっくりしてソレが置かれた机の位置を確認してみると、案の定ソレはそよさんの机に置かれていた。


持ち前の先天性色素欠乏症により変な目を向けられていた私にさえ、彼女らは手を出したことがない。それどころか昨日のように悪口を直接言われたことだってなかった。


それが、どうしてこんなことになったのか分からずに動揺した。そよさんは私なんかにも優しく接してくれる良い子だ。いじめられる筋合いなんてない。


前は逃げるように彼女たちに同調してしまったが、今回こそは逃げない、と思い震える声で尋ねた。


「ねぇ、あの花瓶ってあなた達が置いたものだよね?流石にそこまではやらなくていいんじゃないかな?」


彼女達は私が口ごたえすると思っていなかったらしく、少しの間互いに見合わせた後に私にこう返した。


「なんで私たちが咎められなきゃいけないの?あの子はよそ者なのよ?」


そう言われて言葉が詰まった時だった。


「おはよー!」

「っ…!」


そよさんが来てしまった。


「あれ、そのちゃんたちどうしたの…って、え…?」


まずい、そよさんがか置かれた花瓶に気づいてしまった。


どうにかしなくてはと思ったがよい言葉が思いつかない。そうこうしているうちに、花瓶を置いた子達がそよさんに詰め寄った。


「あんたまだ居るんだ。さっさと別の街に行けばいいのに。」


私は止めようとしたが、


「水野さんも変に口出ししないでよね。あんたも異分子に近いし、こいつみたいになるよ。」


そう言われて固まってしまった。


結局この日一日そよさんとは話せず気まずいまま一日が終わってしまった。



複雑な思いで一人の帰り道を歩き家に着いた。


後で思い返すとこの時の私は精神的に参っていたのだろう。普段では絶対にしないことをしてしまった。


「お母さん、学校でできた新しい友達がさ…。…というわけでいじめに近いことをされてるんだけど、私はあの子に救ってもらったからなんとかして助けたいの。私にできることが何かないかな…。」

「あら、何を言ってるの素乃。話を聞くにその子は他所から来た子なのでしょう。だったらいじめている方の子たちの方が正しいわよ。」


私は耳を疑った。

お母さんまでもがそよさんが良さから来ているという理由だけで、いじめを正当化している。


「どうして…?どうしてお母さんもクラスメイトのみんなもそうやって言うの?そよさんも同じ人間だよ。」

「そういえばあなたはまだ十六歳だったわね。しょうがないしこの機会に街について教えるわ。本当は十七歳になってから教えるのが伝統だから周りには内緒にね。」


そう言ってお母さんはこの街は規模に対し莫大なお金を稼いでいること、その事業を守るため他からこの街に引っ越そうとする人を受け入れていないこと、そよさんのお父さんはこの街出身なので例外的に受け入れたことを教えられた。


「だからその娘さん自体はこの街での存在自体が許されてないから、ちょっとした酷いことぐらい妥当なのよ。」


意味が分からない。巫山戯てる。そんな理由でそよさんをよそ者として扱うなんて正しいはずがない。


「そんなの嘘に決まってる!冗談言わないでよ…。」


震える声でそう言ってもお母さんは笑顔とも真顔とも取れる表情のままだ。


いたたまれなくなって私は家を飛び出した。絶対お母さんの話なんて嘘だ。


他の人はそんなこと言わないはずだ。違うっていう証拠を見つけ出さなく…ちゃ?


何か視線が突き刺さる。いつもの帰り道がいつもと違う。小さな声が聞こえてくる。


「あの子よそから来た子と仲良くしてるっていう。」

「あら、そうなの?見た目も変なのに考えも変なのね。」


あれって近所のおばさんたちだよね?そんなこと言わないに決まってる!絶対に私は間違ってないんだ…!!



走って走って走り抜ける。視線がなくなるまで。無我夢中に走る。私の考えが普通だと言ってくれる人を見つけるまで。


もうどれぐらい経ったか分からない。でも走る。それ以外どうすれば良いかわからない。息が上がってきた気がする。でも止まれない。


気がつけば海の方まで来ていた。そこに見えたのは一つの人影だった。私はそれに僅かな希望を見出し必死に手を伸ばそうとし…た…?


「そよ…さん?」


そこにいたのは紛れもなくそよさんだった。どうして彼女もここにいるの?私は困惑しながら声をかけた。


「…偶然だね。まさかこんなところで会うなんて。」

「そうだけど…。どうしてこんな所に?」

「偶然聞いちゃったんだ。この街のこと。」

「っ!」


まさか、そよさんもあんな酷い話を聞いちゃったの?


「笑えるよね。私何も悪いことして無いのに、生まれが理由でこんな扱いが当たり前になるなんて。」

「それはっ、おかしいに決まってる!」


「あはは、ありがとう。でももうどうでも良いんだ。折角みんなに好きになってもらえるよう【良い子】をやってきたのに。全部無意味だったの。」


「そんな…、せめて私にできることを教えて!」

「じゃあ聞いてくれる?私のくだらない話。」



私は物心ついた時からお母さんの仕事の影響で引越しを繰り返してた。


その影響で、どうせ友達が出来ても私からすぐ居なくなるから意味が無いって思うような根暗な子供だった。


でもお母さんの仕事は尊敬してたし嫌って思うことはなかった。

でもお父さんは違ったみたい。


というかお父さんより稼いでるお母さんに劣等感を感じてたみたいで、いつのまにか両親の関係は破綻しそうになってた。


それで離婚ってなって、私を連れてお父さんは故郷に定住しようとしたの。


私もここにずっと住むことになるならって勇気を出してみたんだけど


「ダメだったみたい。」

「そんなことない!そよさんのおかげで私は救われたの!私にできることがあったら教えて…!」


私は咄嗟にそう返した。私の頭の中はそよさんを助けたいという思いでいっぱいになっていた。


「ありがとう。でももういいの。疲れちゃった。」


そよさんが海の方へ歩き出す。


「待って!何しようとしてるの?」

「何って特に何も。」


短いやり取りをした後またそよさんが一歩踏み出す。


「じゃあ私も一緒にいく!私だってここ街での存在意義なんて無いようなもの。だったら最後ぐらいは私を救ってくれた貴方の役に立ちたい!」


「何言ってるの。私が何をしようとしてるか分かってないの?」


私は必死に叫ぶ。


「分かってる!それでも…それでもっ…!」


セーラー服の襟が濡れてきた。


「分かった。ありがとう。」

「!」


嬉しい。これでそよさんの役に立てる。それから私たちは無言で海の方へ歩き出した。



しばらくして私たちは足全体が海へ浸かるとこまで歩いた。これから私たちは一緒になる。


そう思っていた時


「そのちゃん、あのね。私も裏表なく接してくれる貴方の救われててたんだよ。」


初めて聞いた。そんな話。でも言われて悪い気なんてしない。


でもそろそろ雑談も終わらせることにしよう。そよさんもそう思ったのか掛け声が聞こえる。




「せーの。」



「「ありがとう」」



『…―――それでは続いてのニュースです。昨夜、◯◯町にて女子高生二人が行方不明となりました。警察が捜索していますがまだ見つかっておらずーーー…。』



A.やがて水となる。



◆◇◆



あとがき

化学式大好き人間です。こんにちは。ここまで読んでくださってありがとうございます。今回のこの作品は化学の授業中水分子ってイオンがお互いがお互いを安定させていてエモいなって思ってノリと気合いで書かせていただきました。楽しんでくださったら幸いです。



<ちょっとしたキャラ設定>

・水野素乃

  今作の主人公。アルビノで異分子扱いされていた。名前の由来は水素そのもの。初期案では「水野素乃」は「の」が苗字と名前で被るため水原だったが某あの人と被るため苦渋の決断をした。


・安酸そよ

  今作のヒロイン的存在。ほわほわ系女子。いい子。でもその性格に反し少し達観してる。酸素の酸の字がつく苗字は頑張って探した。ほわほわ感をそよが人を名前呼びする際にひらがな表記になることで出そうとしたが出せてるか分からない。

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